違うんだけどなぁ

 「そして想定される敵となると……」

 と地図に書き込まれた魔獣の出現記録を指で叩く。


 「ゴーレムだ」


 もはや魔獣じゃないじゃん……。


 一同がその指先の指す文字を見つめ押し黙った。

 

 「魔眼の映像によると、出現しているのは魔獣とは限らない。ゴーレムはトロールと同じ土属性のモンスターだ。捕食のために動いているわけではない。召喚者の命令によって遠ざけてる」


 「つまり……ドラゴンズ・アイの秘密からってわけかい?」


 怪訝な顔でオキナを見ると、細く綺麗な眉を片方だけ器用に上げて視線を返す。


 「かも知れない。仮定に過ぎないが秘密に近いのではないかな? わざわざモンスターを出現させてまで守りたいのだから」


 何のために探索するのか? もう一度目的を明確にしておきたい。とオキナが前置きする。


 「ドラゴンズ・アイの秘密を探り、未知の我が国の脅威を取り除く。

 その為に魔獣の森の奥にある竜石を見つけて手掛かりを探す。その上で我が国の脅威になるものかどうかを判断する。これが今回の探索の目的だ。

 なんらかの意志が働いて、隠そうとする意図があるのなら、そこに魔獣どころかモンスターも想定している方が良い」


 「それは国や組織、人間とは限らないからってわけかい?」


 その通りだと頷く。


 「と言うわけで対モンスターも視野に入れた戦術なんだが……」

 要約すると、魔法班と物理班の二段構えだ。

 魔法班は五行相剋で敵より上位の属性魔法で先制し、物理班は接近戦で撃退する。


 例えばゴーレムだと属性は土だから水に弱い。

 ナナミのウォーター系で弱らせ、コウの風属性の魔法で足止めする。

 魔石を破壊すればゴーレムは消滅するから、俺やリョウ、カイ、シンとモウの物理班で魔石を破壊する。


 魔獣は攻撃班が足止めし、魔法班で撃退する。

 その他の下位魔獣はサラメとノサダのドクダミ香で近づけない。


 役割分担を明確にしておく事で、魔法の無駄打ちを避けて魔力の消費を抑える。

 魔法班はコウ、物理班は俺、全体の指揮はオキナが担う。


 こんな方針でどうかな? とオキナが一同を見回す。

 誰も異存はないようだ。



 方針が決まると腹が減って来た。ゲルの外から食欲をそそる匂いがしているせいだ。


 「飯ができたぞいっ。会議も良いが、腹が減っては戦はできぬじゃ。食らおうぞい」


 会議を中座したノサダとサラメの声がする。

 見ると大鍋に猟師鍋ならぬ冒険者鍋ができているようだ。腹の虫かキュウッと鳴る。

 あたりを見回すと同じ様に視線がぶつかった。


 「難しい話は終わりだ。まずは腹を満たそう」

 オキナの声を皮切りに思い思いに鍋のところまで集まってくる。いつの間にか日が暮れて、魔獣の森は闇に包まれていた。

 即席の竈門からチョロチョロと火が当たりを照らし、鍋からは美味そうな匂いが立ち上っている。


 「ナナミ。今日は良く頑張ったな」


 ナナミに近づくとポンポンと背中を叩き、鍋の中身を覗き込む。

 いの一番で言わなくてはいけなかったんだが、面と向かうと恥ずかしい。

  

 「結局コウヤ様に助けられたけどね。健気な私を可愛いって言わなきゃバチが当たるに決まってるっ」


 「違ぇねぇや。ありがとうなナナミ」


 「可愛いは?」


 「そりゃあ可愛いじゃねぇな」


 「じゃあなんなのよ?!」


 「カッコ良かったって事。んで、危ない目に合わせてすまなかった」


 「今の気持ち的には可愛いの方が良いかなぁ……」


 「ああ。可愛いいさ。だけどな、カッコ良かったぜ」


 「なにそれ?」


 「カッコ可愛い」


 「ちなみに可愛いって事?」


 「なんだそりゃ?」

 

 皆の生暖かい視線に気づく。

 日本人独特の気恥ずかしさが押し寄せて来て、違うから、そんなんじゃないからって両手を突き出すとブンブンと振る。


 カイがにこやかに近づいて来た。


 「大王よ。ここは貴方の大地だ。土地も、空も、吹き抜ける風も貴方の物だ。ナナミを包んでやって下され。

 大王こそがナナミを守ってやれる盾になり、家になると思っておりまする。私もそれを願う一人。そして”孫”……」


 「待ていッ! それネタかよッ? カ……親父殿よ。節度ってモンがあるぜ。とりあえず飯を食おうや」


 慌てて押し留めると椀に鍋を掬って差し出す。

 中身は森の入り口で捕れた一角兎ホーン・ラビット

の肉と、水の補給と解体で立ち寄った小川で捕れた水菜が浮いている。

 それに乾燥野菜を注ぎ足したのか、赤い人参とジャガイモの様な根菜。

 一口啜ると、いい塩梅に酸味と塩気が効いていた。コンソメスープの味わいに似ている。


 「ハァ、沁みるなぁ……」

 誰からともなく声が上がる。


 「もっと肉が食べたい」

 ナナミには少し物足りなかったようだ。

 それなら……と、ノサダが乾燥肉を鍋に投入し、少し柔らかくなったところで注ぎ足してくれた。

 

 「ありがとうっ」


 今日一番の笑顔になる。あっという間に平らげてしまった。


 腹が身たれば眠くなる。

 たわいない話をしながら、ぼーっと火を眺めているうちに眠気が襲って来た。

 目をしばたかせて誤魔化していると、先にナナミが船を漕ぎ始める。コテンッと俺の肩に頭を預けて来た。


 「ワシとノサダが番をするから先にお休みなされ」


 サラメがギョロリとした目を弓のように細くして、人差し指を口に当てて小声で言ってくれる。

 お言葉に甘えて一番奥のやつっ、と指さされたゲルにナナミを連れて行く。

 

 二人用かよ……。

 

 気恥ずかしさに振り返ると、カイと一瞬目が合って逸らされた。

 

 違うんだけどなぁ……。

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