トロール③


 「道は開けたっ、走れッ」

 

 後続の連中に声をかけて走り出した。

 ここを突っ切れば第一キャンプまであと二キロ。戦い慣れた平地がある。草地な分だけ樹木もまばらで、コウの得意な火属性の魔法も使える。


 「側面っ、二時と十四時方向っ」

 コウの声が響く。山道の両脇からザザザッ、とトロールが襲って来るのが見えた。


 どうする? 俺のいる先頭には敵がいない。側面の援護にまわるべきか?!


 「コウヤ殿ッ、君が止まれば皆の足が止まるッ。先行してキャンプ地の確保をッ」

 オキナが前を指さす。


 「コウヤッ、ここは任せろっ」コウのよく通る声が響いた。


 「了解ッ、遅れんなよッ」と言い残して駆け出す。


 バキッ、と樹木をへし折る音がして下枝から巨大なトロールの顔がのぞいた。

 顔中髭ひげおおわれてギラギラと光る目が、なんの感情も浮かべずに見下ろしている。


 「ヒィッ」


 ラサメが短い悲鳴をあげると、髭を震わせながら駆けて行く。ノサダも悲鳴こそあげないが真っ青な顔色で駆ける。

 流石のベテラン冒険者もトロール相手に戦った事はないのだろう。彼らのランクから言えば、イの一番に逃げる対象だ。


 「ゴァァァァーーーッ」


 「グォォォォーーーッ」


 髭まみれの顔が裂けたかと思うと、山を揺るがす咆哮を上げる。


 コウ、本当に大丈夫なんだろうな?!


 足を車輪の様に回転させながら、トロール二体をすり抜けてキャンプ地へ向かって走る。

 ドンッ、ドンッ、と地を揺るがし近づくもう一体も置き去りにした。


 俺に託された仕事はキャンプ地にたどり着き、そこに居る魔獣やその他の脅威を打ち払っておく事。


 そして後続を収容した後、追撃をしてくる物を排除する事。

 つまり拠点を構築しておく事だ。

 それは良く分かっている。

 だが、すぐそこに脅威にさらされる者達がいる。


 後ろ髪を引かれる思いでキャンプ地まで駆けていく。

 俺より先導して狼族のシン、俺より少し遅れて熊族のモンが駆けている。

 嫌な予感がする。

 俺は立ち止まるとシンに声をかけた。


 「シンッ、悪いがモンと一緒に先に行ってくれ。様子を見て後からすぐ追いつく」


 「……了解」

 ちょっと逡巡する仕草を見せるが、すぐに頷いて再び走り出した。

 

 「わかったっ。ダンナも気をつけてッ」


 モンはニヤッ、と笑いライオットシールドを絡げ直し走り出す。


 「ああッ、あんた達も」

 そう言うと駆けて来た道を逆に走り出した。


 山道の山並みに沿ったカーブを曲がると、トロール三体に囲まれたコウとオキナ達が見えた。


 「ウォーター・カッターッ!」


 パシャリッ、とバケツでばら撒いた様に水がトロールに降りかかるとすかさずコウが


 「ダブステップッ!」と雷撃を当てる。


 バチーーンッ、と弾かれた様にトロールが仰反る。濡れた体を痙攣させるとその水の中から回転する刃が発生してさらに刻んでいる。 


 「「グァァァーーーッ」」


 痛みに正気を失った様に、手にした棍棒を無茶苦茶に振り回し始めた。

 狙いが逸れた棍棒が突き出た岩にぶち当たり、バァンッと火花を散らして砕き飛ばしている。


 「ゴァァァァッ」


 痙攣が収まると棍棒を握りなおし、コウを目掛けて叩きつけた。分厚いシールドが展開されダメージは無い。


 バンッ、バンッ、と二度三度叩きつけ効果がないのが分かると山の斜面に駆け上がって行く。

 

 諦めたのか……?


 事前に準備してあったのか人の頭ほどもある岩を落とし始めた。コウのシールドは火山弾ボルガニックすら弾く。それくらいの岩なら全くダメージは無い。

 それでもゴロゴロとした岩を投げ下ろしている。


 「大丈夫だ。私がシールドで弾いている間に、全速前進ッ」コウの声が響く。


 なんだ? 何かがおかしい。

 トロールは魔獣と言うより、土の精霊だ。魔法だって使える筈なのに攻撃が投石だけなんて単純すぎる。


 思う間にパラパラと土塊が落ちて来た。

 土の匂いがする。

 「コウッ、山津波だっ。止まれッ、巻き込まれるぞっ」

 

 ゴォッ、と滑り落ちて押し寄せる岩と大量の土塊。

 樹木を薙ぎ倒して山道を飲み込むと山の斜面を駆け下っていった。

 

 「ナナミッ! コウッ!」


 胸の高さまで埋もれた山道を塞ぐ大量の土砂に飛びついてよじ登る。

 天頂まで登ると、視界を塞ぐ樹木を持ち上げて下方の斜面に転げ落とす。

 やっと塞がれた反対側の様子が見えた。


 「大丈夫だっ、コウヤ」コウの澄んだ声が響いた。


 幸い直撃は免れたようでパーティーのいる山道は無事だ。コウは大量に押し寄せて来た土砂をパーティー全員を覆うシールドを展開して、降りかかる大量の土砂を受け止めていた。


 「怪我人はいないッ」


 大丈夫だ。安心しろとサムズアップする。

 それでもシールドを外せないのは、トロールの追撃を恐れての事だ。

 

 ボーリングの玉くらいの岩を投げ下ろされたら無事で済む筈がない。だが、逆にシールドが邪魔をしてこちらからの反撃も出来ない。


 「「「グォォォォォ――ッ」」」


 トロールの咆哮が響き渡る。

 なんだ? 一斉に襲い掛かろうって合図か?


 咆哮の聞こえた山の斜面を見る。

 パラパラと土塊が落ちて来た。山津波の第二弾か?

 自力で倒せないと見て、生き埋めにするつもりか? バラバラに逃げ出すところを個別に仕留めるつもりなのか?


 ゴトンッ、と地面が揺れた。

 ドンッ、ドンッ、ゴロンッ、と地響きがして大量の土砂が降りかかってくる。


 「なぁぁぁぁぁぁっ?!」


 見ると二トンダンプ位はありそうな巨大な岩が転がり落ちて来た。


 「嘘だろ?!」

 

 視界いっぱいに広がる巨岩とドーーーンッと空気を震わす轟音。考える間も無く左手をかざす。

 『亀ッ――ディストラクションッ!』


 海亀の口が開くと、ズォッと空気中の水分が蒸発し熱線が閃いた。

 バシュ! 乾いた音と共にあたりが一瞬、眩い光に覆われる。 

 パァンッ、と重い物が弾け飛ぶ音と焼ける様な熱波が収まると、目の前にあった何もかもが吹き飛んでいた。


 俺たちを飲み込もうとした巨岩も、その後ろにあった山の斜面も、そしてその後ろの山並も。

 目の前の視界にあった全てが消し飛んで、ポッカリと空いた空間から樹木に遮られていた日差しが差し込んでいた。


 「はぁぁぁぁぁぁぁ――っ?!」


 コウを除く全てのパーティーのメンバーがアングリと口を開けて何も無くなった空間を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る