トロール②
「キャンプ地にたどり着いたら迎撃する。
オキナの声を皮切りに盾役と射手が配置についた。
「コウヤが準備が出来たら言ってくれ。一塊になったら一気に駆け抜ける。あと約二キロで第一キャンプに到着する。
コウが後ろに声をかけ、俺を振り向いた。
「コウヤッ、後ろから援護する。初太刀だけ注意して。間合いが普通と違う」
へへッと笑う。
「誰に物言ってるんだ? 俺の心配よりナナミを頼む」
「そっちこそっ。敵は消し炭にしてやるから心配しないで」
「了解ッ! 任せたっ」
ナナミと目が合う。
『大丈夫だ。心配いらねぇよ』と笑ってやると、
「コウヤ様っ」
塊になった一団を掻き分けて近づいて来た。
「おまじないっ」そう言うと頬に唇を押し当てる。無事に帰ってこなきゃ承知しないんだから。
目がそう訴えている。
「あんがとな。おかげで無敵になったぜ」
ニパッと笑ってやった。
「そんじゃ、行こうぜ」
一声かけると一気に駆け出した。
「グォォーーーッ」
大気が揺れる。ギャァ、ギャァ、と魔物たちの叫び声に森が揺れた。トロールの咆哮だ。
並の人間ならこれだけでへたり込んでしまう。
トロールは突っ込んで来る俺たちを薙ぎ払おうと、水平に構えた棍棒を振り回して来る。バチーーンッと硬いものがぶつかる音がした。
咄嗟にシールドを展開していたがシールドごと体を持っていかれる。
「のぉぉぉっ!」
こんな強烈な打撃を喰らったのはライガの横薙ぎ以来だ。
「こんのクソ力がッ」
シンと一緒に転がされて、落ち葉だらけになりながら立ち上がる。
「シンッ、大丈夫か?」
無言で頷くシンを助け起こすと、吹き飛ばされた方向に目をやる。
バチーーンッと音がすると熊族のモンもライオットシールドごと吹き飛ばされて、木立をすり抜け落ち葉の吹き溜まりに突っ込んだ。
幾層にも積み重なった落葉のクッションに助けられ怪我はない様だ。
大きな体を落ち葉だらけにして五、六メートル斜面に沿って転がり落ちる。
「コイツは厄介だな」
すぐに立ち上がると状況を確認する。
パーティーからは十メートルは離れてしまった。俺たちが吹き飛ばされたのを合図に一斉に
「グォォッ」
白い火花を散らし
怯む事なく咆哮を上げながらトロールはパーティーに迫っている。
「「グォォーーーッ!」」
一体が突っ込んで行くと他の二体も地響きを上げながら突っ込んで行く。
チッと舌打ちすると足元を踏み固めた。
まずい事に『縮地』で突っ込むには足元が柔らかすぎる。突入の際滑って距離を誤りそうだ。
「贅沢は言ってらんねぇな」
落ち葉を蹴散らして地面を剥き出しにするとブーツの先で足場を慣らし腰を落としす。
『亀っ、縮地だ』
足元から煙が巻き起こる。たちまち絨毯を手前に手繰り寄せる様に空間が圧縮されてゆく。
狙いは先頭のトロールだ。分厚い胸板がカメラでズームする様に大写しになる。
「行くぞッ」
短い気合いと共に圧縮された空間に身を躍らす。パーティーに走り寄るトロールに体ごと突っ込んだ。
ボンッ、と柔らかいものをぶっ叩く音。
手にしたミスリルの剣が分厚い胸板を貫いて引き裂き、それでも勢いが止まらず反対側の山の斜面に突っ込む。
「ギャァァァッ」
血吹雪を上げながらトロールが倒れ込んで来る。
「おおっとぉ」
転がってソイツを避けて、素早く立ち上がると追撃してくる二体目に向き直る。ギラリッと金色に光るトロールと目が合った。
「グォォーーーッ!」
死の咆哮を上げ大気を揺らす。体を弓なりに反らすと手にした棍棒を叩きつけて来た。
ドォンッ、と地面が揺れる。
「グォォッ!」
続け様に体を逸らすとめちゃくちゃに叩きつけて来る。光陰流の基本バックラーで受ける、または逸らすが出来ない。触れようものなら吹き飛ばされる勢いだ。
加えて耐魔法の体。
先ほどから
ブォッ、ブォッっと空振りだけでも凄い風圧だ。
まずい。完全に足止めされた。
さっきコウは五、六体の群体と言っていた。
ヤツらだって確実に仕留めようと思えば、周りを囲って袋叩きにしようとする筈だ。
「ガァッ!」
どうだと言わんばかりに手を止めると俺を睨みつける。
俺もヤツを睨み返すとチッ、と舌打ちをする。
調子に乗りやがって……。
フーッ、フッ、フーッ、フッ、フッ、フッ。
鼻から吸って
「フンッ!」
闘気を全身に
「ぬぁぁぁぁぁぁッ!」
咆哮を上げながら突っ込んで行く。
トロールはゆっくりと棍棒を持ち上げ、体を反らすと無茶苦茶に振り回し始めた。
ブンッ、と風圧が鼻先まで押し寄せて来るが、構わず走り寄って行く。
「ガァッーーーッ!」
ついにヤツの棍棒の間合いまで入った。
ビュンッ、と風切り音がするとバットより太い棍棒がこめかみ目掛けて襲いかかって来た。
ガチンッ、と火花が散る。
ほぼ無意識に体を捻るとミスリルの剣で受けていた。
パンッ、と音を立てて棍棒が断ち切られ、先端の鉄鋲が森の彼方に飛んで行く。
「ガァッ?!」
急に短くなった棍棒を手に戸惑っている。
「ダァァァーーーッ!」
飛び上がって首筋を目掛けて振り抜いた。
闘気を
「ポェッ」
気管から吐き出される短い音を立てると薄皮を残して首がダランっと垂れ下がる。
ちょっと遅れて血吹雪を巻き上げてトロールは倒れ込んで行った。
倒れ込むトロールの後ろから、別のトロールが棍棒を振り下ろして来る。
「フンッ!」っと大きく飛び退く。
ドカッと地面に叩きつけられると、すぐに引き抜かれボッ、と音を立てて突き出されて来た。
身を捩って躱す。
突き出された棍棒はスッと引き戻されると、また弓なりに逸らされたトロールから叩きつけられて来る。
躱すしかない。
繰り出される打撃は、どれもこれも当たれば体ごと吹き飛ばす勢いだ。
棍棒の暴風雨の中に身を晒し続け、
「ブハァ!」
流石に息が続かなくなったのだろう。
トロールが一呼吸空けた。
と、その時トロールの後ろから黒い影が飛びかかって来るのが見えた。
狼族のシンだ。
空中で弓のように体を反らすと、背中から大きく切り下げる。
「ギャアッ!」
トロールが反射的に振り返ったその隙を逃さず、こちらに向けた大きな背中に剣を突き立てた。
「グッ」
ヤツの体がビンッ、と反り返る。
「ふんんんっ!」
込めた闘気にミスリルの剣がビィーーーンッと共鳴して、
「ダァァァーーーッ」
裂帛の気合いと共に横薙ぎに剣を振るうと、コロリとトロールの首は落ちた。
「シンッ、良くやったぁっ」
声をかけると無表情に見えるその顔の口角が、少し上がる。
ドサリッと倒れ込むトロールの体の向こうに、山道が伸びている。
今だ、今なら駆け抜けられる。
だが他の連中は大丈夫か?
あたりを素早く見回すと、山の斜面からゴソゴソ近づいて来る茶色い塊が目に入る。
「モンッ大丈夫かッ!」
先ほど吹き飛ばされた熊族のモンが、ライオットシールドを絡げ山の斜面を駆け上がって来るのが見える。
「道は開けたっ、走れッ」
後続の連中に声をかけて走り出した。
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