VSワイバーン
最後に厄介なヤツが残っていた。
ワイバーンだ。俺たちが配置につくと同時に
「ギァッ」と短い鳴き声がすると群れを成したワイバーンたちが円を描き始め、「キィーーーーーーン……」と声とも音ともつかぬ波が襲って来た。
目の前がブレる。
「「「ヌォォッ!」」」
頭痛と目眩がいっぺんに襲って来た。普通ならこれだけで気を失うところだ。コウが、魔力を溜めている間は俺の小ぶりなシールドで守るしかない。
皆一つ
シューーッ、と風を切る音がする。見上げると、もう目前まで一匹のワイバーンが迫っていた。
サンガ中尉が大きく手を振り上げ合図をする。
「金属兵っ、打てッ」
振り上げた手を勢いよく振り下ろすと、十の字の先端に展開した金属兵から一斉にシュッ、シュッ、シュッ、と光の尾を引いて
四方から放たれる
上空から一気に加速して降りて来たヤツは、身を翻す間も無く蜂の巣にされる。
「ギャァァァッ!」
羽根を穴だらけにされたワイバーンは血飛沫をばら撒いて、地面に落下した。
「コウヤ殿ッ、行きましょうっ」
サンガ中尉の掛け声に弾かれた様に走り出す。
「「「ヌォォッ」」」
地面に叩きつけられてもなお、暴れ回るワイバーンにサンガ中尉と、一緒に後詰めで合流したロン少佐以下三名が手槍を投擲した。
シュル、シュルと空を切ってワイバーンに命中するのだが、カンッ、カンッ、と硬い鱗に阻まれて弾き飛ばされている。
「退け、俺が仕留めるッ!」
サンガ中尉たちに声をかけると『海亀ッ、ーーー縮地ッ』と念ずる。
足元から土埃が舞い上がった。
狙うは、のたうつワイバーンの首だ。カメラでズームする様に首のあたりが大写しになる。足元の地面が細かく絨毯を手繰り寄せる様に、手前に手繰り寄せられた。
「なぁぁぁぁぁぁッ」
意味不明の雄叫びをあげながら、一気に空間に躍り込む。ダンッ、と骨を断つ音がした。
闘気を纏ったミスリルの剣は、細かく振動して鋼の様なワイバーンの鱗を紙でも割くように切り裂き、骨まで寸断した。
「ブォッ」管楽器のコントラバスが低音を響かせる様な声を上げて、ワイバーンの首が落ちる。跡には噴水のように血を吹き上げるワイバーンの胴体が残った。
「ヨシッ、まずは一匹っ」
振り返りながら、上空を確認する。
金属兵たちの十字掃射が、既に二番手のワイバーンも捉えている。
「シャァァァッ!」真っ赤な口を開けて目一杯翼を広げると、長い尻尾を分銅代わりにブンッと振る。
クルリと空中で急旋回した。
四方からの掃射を回避すると今度は片方の翼だけ広げて、錐揉みの様に体を回し向きをこちら側に向ける。
翼を窄めて放たれた矢のように、低空に滑降しながら加速して来た。
シューーッと風切り音が聞こえた時には、目の前には奴の足が鋭い爪を広げて迫っていた。
「のぉぉぉっ!」
っと悲鳴をあげて、横っ飛びに飛び退く。ザリっと背中を掠めてワイバーンの爪が通り過ぎていった。
再び上空に舞いあがろうと羽ばたいたその時、「放てっ!」サンガ中尉の号令が発せられ金属兵の
パスッ、パスッ、パスッ、と障子紙に穴を開けるように羽根に穴が開き、揚力を失ったワイバーンがドォンッと地響きを立てて地面に落下した。
すかさず『亀ーーー縮地ッ』と念じて、ヤツの首元に狙いをつける。空間が縮みグッと飛び込む体勢になると、襲って来るのを感知したのかワイバーンは大きく口を開けて「キィーーーーーーン……」と高周波を放って来た。
目の前がブレる。
「くっそおっ!」
まともに行くのを諦め、ワイバーンのいる右後方まで縮地で飛んだ。
「よっとぉ」着地と同時に振り返るとヤツも俺を見失ったのか、首を伸ばしてあたりを見渡している。
『亀ッ、もう一発っ』
再び伸びたその首に、狙いをつけて一気に飛んだ。
「ブフッ!」
肺に溜め込んだ空気を、高周波に変えて放とうとしたのだろうか? 切り裂くと同時に血吹雪と空気が噴き出す。 ヤツが振り返るより、一瞬早く俺のミスリルの剣がヤツの首を刈り取っていた。
「これで二匹目ッ、ん……?」
上空を見上げると不思議な光景を目にする。
残り三匹のワイバーンが、巨大な球体に包まれていた。 薄いピンクのその球体は、徐々に範囲を狭めてワイバーンたちを寄せてゆく。逃げ出そうと何度も体当たりをするのだが、それも叶わず真ん中へ押し込められていった。
「発動ッ、フレイム・コア!」
よく通るコウの声が響き渡ると、眩い閃光が走る。
バシュ、ブワッ……。
ギラギラと照りつける小さな太陽が発生した。
「お、おい……」
言葉を失う。
こんなにも、こんなにもコウのフレイム・コアは凄かったんだ。あまりの眩しさに左手(海亀)で顔を覆う。
襲って来る筈の熱波すらその内に閉じ込めて、灼熱の地獄を球体の中に出現させていた。
パァーーーンッと、球体が弾けて消える。
やがて光が収まると、サラサラと白い灰が落ちて来る。
ワイバーンたちの骨すら焼きつくした残りカスだ。
「ぺっ、ぺっ、口に入りやがった。あ、熱ちッ」
唾を吐いたり目を擦ったりしながら、コウに近づいてゆく。あたりには焦げた匂いが充満していた。
「コウ、やったな」
「ああ、コウヤ……お疲れ様」
「「コウ大佐ッ」」
降り続けるワイバーンの灰に顔を顰めながらも皆近寄ってくる。
「サンガ中尉、ロン少佐、他のみんなもご苦労様」
コウが軽く手を振る。
ガスマスクで蒸れて汗まみれの顔に、ワイバーンたちの灰がへばりついて皆酷い顔だ。
朝日が登り始めていた。薄靄の中、紫色に染められた飛行場でみんな笑顔だ。
「おいおいっ、みんな美人になったじゃねぇか?」
灰まみれで
俺が茶化すと「コウヤ殿が一番すごい顔になっていますよ」とサンガ中尉が真っ白になった顔を綻ばせる。
返り血と、灰が入り混じって凄い事になっているようだ。
「みたらし団子みたいだな?!」
コウが呟くと「「「ワッ」」」と一斉に笑い出した。
引き立てられて来たカノン・ボリバルが「我々が叶わぬ筈だ……」と、ポツリと呟いた。逃げずに止まっていたらしい。
「なぜ逃げなかった? お前なら騒ぎに乗じて逃げられただろう?」
俺はふと思いついた疑問を聞いてみた。拘束魔道具を使って捕まえる事はできるのだが、コイツはそれすらどうにかしそうだ。
「逃げたところで……」と口を閉じる。
獣人の組織は崩壊し、これから同じ夢を見たかった相手は既にこの世にはいない。
「どこで誤ったかな……」
降りかかる灰を払おうともせず、じっと『カグラ』の山肌を見回す。
「ああ……。時が早かったか? 集の力が足りなんだか……」と呟く。
「何言ってやがる……。厄介な野郎どもだったぜ。死ぬ目に何度もあわされた」ちょっと睨みつけると、剣をしまいカノンの灰まみれの服をパンッ、パンッ、と払ってやった。
「違う、おまえやコウや魔王の様な『個』も『集』の力で倒せると思うた。彼我の力を見誤って……いや、それも違うかな」
暫く黙り込むとポツリと呟く。
「『正義』を叫び、大事の前の些細と暗殺までした。『正義』に仕返しされたんだ……」
そう言うとコウに向き直る。
「連れて行け」短く告げると、サッサと歩き出した。
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