愚か者

 『お迎えに参りました。魔王様。私めは魔人国の主梁、ライチにございます』

 嗄れたその声は、あたりを静かに包んだ。


 「......って、誰?」

 俺は脳みその処理能力を遥かに超えた展開に、フリーズしている。


 目の前の老人はローブを下ろすと、

 「驚かれるのも至極当然。私めは魔王様亡き後、復活を信じて魔人国を治めておりました。ここ『カグラ』にて復活の波動を感じ取り、いち早くお迎えに参じたのでございます」と慇懃にのたまう。


 骸骨がいこつに張り付いた様な乾いた皮膚。

 落ちくぼんだ目は血の様に赤く、高く隆起した鉤鼻かぎばなの下で薄い唇が微笑みを湛え、張り出したおでこには、ヤギの様な角が二本突き出していた。

 カサカサの皮膚に皺を寄せて、笑顔? になる。


 「ーーーとはいえ、魔王様も復活したばかり。

 魔力の消耗も激しく、魔王オモダル様は闇に潜伏なされていらっしゃるご様子。ここは危険です。ささ、急ぎ避難下さいませ」

 と、魔法陣まで恭しく手を取って促そうとする。って言われても、怪しすぎるだろうが?!


 「一体何の話だ? 俺は勇者と言われた事はあっても、魔王なんかじゃない。ドラゴンも、ワイバーンもおまえの仕込みなんだろう? まずはアイツらを引っ込めろ」

 決めつけるように俺が言うと、何をおっしゃっておられる? って顔で見つめ返す。


 「魔王様。ここ『カグラ』は、山岳地帯でございます。ブラックドラゴンは山の守り神。血が流された故、テリトリーを犯されたと勘違いしてやって参ったのでしょう。ささ、危険ですのでお早めに」

 そう言いながら、俺を魔法陣に連れて行こうとする。

 サンガ中尉は、クロスボウの照準をライチと名乗る魔人に当てたままだ。

 ドラゴンとワイバーンは、ウロウロしているだけで何故か大人しくしている。


 「何が狙いだ?」


 「魔王様の復活と、魔人国の再興を手助けするのが私の勤め。長々と話す暇はございません。ささ、お早く、安全なところへとお連れします故に」

 押し抱かんばかりに近づいて来る。


 ドクンッ、胸の奥の黒い塊が鼓動した。「ツッ」胸のあたりを押さえて、歯を食いしばる。


 「ささっ、お早くーーー、おはやーーー」ワンワンッと声が反響して、ひどい耳鳴りがした。目の前が、グニャリと歪み始める。


 「コウヤッ、催眠魔法だっ。そこから飛び退けッ」コウの声が響いた。

 なぜかその声だけは、はっきり聞こえたんだ。

 考えるより先に体が動きバッ、と横っ飛びに飛び退く。


 「ダブステップッ!」

 コウの良く通る声が響くと、バチンッと火花が飛んだ。

 地面を青白い光がうねりパパンッ、とライチの足元が弾け飛ぶ。

 「チイッ、邪魔が入ったか?」

 ライチは片手を振ると、雷撃を弾き飛ばした。

 声を辿り見ると、暗闇からコウが全身に魔力を纏わせ現れる。その体はパチパチと音を立てて、薄く光を放っていた。


 「惑わされるなっ、ソイツはライチ公爵。同盟をチラつかせ、獣人をそそのかして『ブホン』を攻めさせた張本人だッ」


 「な、何を良い加減な事を......」


 「良い加減かどうか、本人に聞いて見ると良い」 良く通るコウの声が、なをも言い繕おうとするライチ公爵の言葉をピシリッと遮った。

 「異常な魔力を検知したから、一緒に連れてきたよ。知ってる奴かも知れんって言うからな」

 いいぞっと後ろに声を掛ける。


 暗闇からノソリッ、とカノン・ボリバルが現れた。「ライチ公爵、コンガの援軍要請を渋ったようだな。今更、利を漁りに来たか?」

 手錠と拘束魔道具に縛られてはいるが、冷たい目でライチ公爵を見つめている。

 

 コウが全身から光の波動を放ち始めた。

 「光の矢ライトニングッ」

 周りに光が星の様に散らばると、矢の形になってライチ公爵へ襲いかかった。


 ライチが左手をクルリと回すと、傘の様なシールドが展開されパパンッと弾き飛ばす。

 「ずいぶん、手荒な歓迎ですなぁ、コウ評議員。これでも、魔人国の代表なのですが。魔人国への宣戦布告と受け取って良いのですな?」

 

 「先の大戦で、不可侵条約を結んだ筈だ。ここは王国ゴ・シマカスの領土だ。無断で侵入し、勇者を拉致しようとした現行犯を撃退しようとしただけだが?」


 「言いがかりは止めて貰おう。こちらにおわす方は、魔王オモダル様の依代、魔王コウヤ様だ。

 ドラゴン襲来の為我らの王を保護する。妨害は敵対行為と見なす」


 「そうなのか? コウヤ」

 魔王かどうか本人に聞けばわかり切った事だ。


 「いんや。この爺さんが何を言っているか、さっぱり分からん」


 カノン・ボリバルが冷めた口調で口を挟んだ。

 「勇者コウヤを連れ去り、を抱き込めば王国ゴシマカスをどうとでも出来ると目論んだか? 利を見て俺たちを見殺しにしてくれたな? 意趣返しだ。悪く思うな」


 「だ、そうだ。大人しく、ドラゴンを連れて帰れ」

 コウは俺を引き寄せ、ライチ公爵の間に入って睨み据えた。


 ちょっと驚いた顔をしている。

 「コウヤ様。ご意向は確かに承ります。しかしーーー」

 暫くの沈黙の後、「今にわかる。魔王オモダル様を内に抱えたまま、人間社会で生きては行けまい」

 そう言って、クルリとこちらに背を向けた。


 「ついでに教えてやろう。第三都市『ブホン』だったか? あちらに我が魔人軍の大隊三千名が向かっているよ。更に飛行船に爆弾を詰めて送ってやった」


 「な......にッ?」コウの顔色が変わった。


 「今頃、そちらの王宮はこちら所では無くなっているだろう。今のうちに、大人しくコウヤ様を引き渡せば軍を引かせる」


 そう言って右手を軽く振った。ついさっきまで、大人しくしていたブラック・ドラゴンがこちらに向かってゆっくりと歩き出した。


 「ギェェェーーーッ」耳をつん裂く様な大咆哮だ。


 「戯言を。聞く耳を持たんな」コウはドラゴンを睨み据え、バチバチと魔力の波動を放ち始めた。

 

 「ならばーーーコウヤ様以外は、邪魔だ。山の神に始末して頂くとするか?」軽く右手を振ると、ズオッ、とドラゴンの口からブレスが吐き出された。


 月光に照らされた飛行場を光の剣で切り裂くように閃光が走る。ガシャ、ガシャと走り回っていた金属兵が、まるで小石が弾け飛ぶように薙ぎ倒されて行く。

 

 「大人しくこちらに、おいで下され。魔王コウヤ様。第三都市『ブホン』が、火の海に変わる前に」


 ライチ公爵がクルリ、と手を回すと空中に映像が現れた。第三都市『ブホン』を真上から見た映像だ。

 丸い城郭に覆われた三十万人の都市は、戦闘が行われているのであろうか? 深夜にかかわらずあちこち光が点滅していた。

 やがて、黒い塊が『ブホン』の上空にゆっくりと差し掛かり、一際大きな閃光にその姿を表した。飛行船だ。

 爆撃をするたびに、黒く塗られたその姿を浮かび上がらせた。


 「今はまだ、閃光弾で警告しているだけの様ですな。だが魔王コウヤ様の一言で、火の海に変えて進ぜましょう」


 「ツッ!」ドクンッ、と胸の奥のほうが鼓動した。


 『この......。愚か者が......ッ』

 俺の喉の奥から震え上がるような低い声が響き、辺りの空気を凍らせた。

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