罠(わな)

 ◇◇コウヤ目線◇◇


 部隊の編成が発表された。

 現場の指揮官はサンガ中尉が務め、総指揮はナント俺?! 

 コウは当事者なので、指揮権から身を引くと語った。

 苦しい胸の内だろう。

 オキナを救出するために、俺たちは魔法陣に身を投じた。


 ◇◇引き継ぎコウヤ目線◇◇


 光の滝が収まると、土の擁壁に囲まれた砦が月明かりに浮かび上がる。

 すぐにガスマスクを装着し、暗視と匂い検知のゴーグルに切り替えた。目の前には幅が六メートルもある外堀に、跳ね上げ式の橋がかかっているのが見える。


 正門は開かれたままだ。

 魔獣に襲われた際に、すぐにこの砦に避難できるように常時開かれていた。


 ピィーーーッ!

 ピィーーーッ!!


 盛んに呼子を吹く音が響いている。

 魔法陣の光を見廻りが見つけたようだ。


 「チッ! 早いなッ!?」

 俺は思わず舌打ちする。

 ゴーグルの視界に熱源が緑色に表示され、動き始めた。

 気づかれたと見ていい。


 「走れ! 囲まれる前に突入するぞ!」

 サンガ中尉が鋭い声を発した。全員が駆け出す。


 ブィィィン、ガチャン!

 ブィィィン、ガチャン!!


 金属兵が両足をそろえて前傾姿勢になった。スキージャンプの滑走するときに身をかがめるアレだ。

 『縮地』で一気に突入するつもりらしい。


 ブォッ! と噴煙を出すと見る見る地面がちじんでゆく。

 ブンッ! と残像を残して消えた。

 あっという間に俺たちを置き去りにして、金属兵は突入していった。


 カン、カン、カンッ!

 カン、カン、カンッ!!


 半鐘の音が鳴り響き、砦を囲む家屋から獣人が飛び出してくるのが見えた。


 「先に行け! ここで食い止める」

 俺はサンガに声をかけて、全員を先行させた。

 あたりを見回す。

 相手もこちらを伺っているのか、仕掛けてくる者はまだいない。素早く身を翻すと砦に駆け出した。

 跳ね上げ式の橋に素早く飛び移ると、正門から流れ込む。

 目の前には石造りの港にある倉庫ほどの砦があった。

 全員の突入を確認すると、一旦正門を閉じてかんぬきをかけた。背後から討たれるのを防ぐためだ。


 振り返るとグニャリと空間が歪んで見えた。

「早速『毒霧』を撒きやがったか?」


 今まで見ていた砦の位置がズレている。倉庫一個分右隣りに移って見えた。

 方向も微妙に違う。

 恐らく敵にとって有利な配置に映像を書き換えたのだろう。

 バン、バン、バン、バンッ!


 金属兵が何もない空間に光矢ライトニングを放った。空間が四角く切り取られチロリと火の手が上がる。

 サンガ中尉の低く鋭い声が響く。

 「入り口はあそこだ! コウ大佐!! 正面は任せます。我々は側面に、コウヤ様は最奥を抑えに向かってください!」


 「「了解」」


 コウが後方を振り返って、救出班に指示を飛ばした。

 「救出班は二手に分かれて! 一班は脱出までの経路に方位石を!! もう一班は突入の経路が確保されるまで待機!」

 「了解!」

 指示されたメンバーが、二手に分かれて走り出す。


 「オッシッ! リョウ!! 俺らも行くぞ!」

 

 俺とリョウは何もない空間に、光矢ライトニング用のボウガンを構えて連射した。

 何もない筈の空間に光矢が弾け飛び、熱源を映すゴーグルが建物の形を炙り出した。


 「前方二時の方向、距離ヒト、フタ、マルってとこですかね?!」

 リョウが斜め前方を指さす。

 シュミレーターで散々やった陣形の、所定の位置まで走り出した。


◇◇カノン・ボリバル目線◇◇


 「あーん! 『毒霧』が間に合わなかったぁ!!」


 コンガがふざけて甘い声を上げた。

 「きゃー! どんどん敵が来るわよ?! 凄く張り切っているわぁーーーバカみたいに」

 フフフッと笑う。


 「餌に食いついたなーーー。

 オキナを泳がせて正解だった。だが、油断するなよ! ここからがミソなんだ」俺ーーーカノン・ボリバルは、薄笑いを浮かべて魔眼からの映像を見ていた。


 事の始まりは、二週間前にさかのぼる。

 不審な信号を感知し、逆探知して辿たどるとオキナの独居房どっきょぼうから発信されている事が判明した。


 驚いたことに、オキナは独居房どっきょぼうに取り付けられた監視用の魔眼を細工さいくし、自らのマーカーの信号を発信していた。

 魔眼に映る映像を擬装し、刻まれた刻印を食事で使うフォークを使って書き換えたようだ。

 錬金術の知識と転移魔法の知識がなければ、到底できる技ではない。

 あきれるくらい油断のならない男だ。


 

 所在が割れるのは時間の問題だった。

 カノン・ボリバルは、むしろこの状況を利用することにした。


 何度闇討やみうちをかけても、返り討ちをくらう厄介な勇者コウヤ、世界随一の魔導師コウ。二人とも無限に魔法を使い、互いに連携コンボする事で無敵を誇った。

 この二人がいる限り、我々の『自由と平等』を勝ち取る正義の戦いに立ち塞がるのは目に見えている。

 全く、厄介な連中だ。


 ーーーだが、その魔法が封じられ、フィジカルで圧倒的な我々、獣人と当たればどうだ?

 しかも我々が潜む『毒霧』の中でーーー?!


 この二人を誘き寄せて一気に抹殺する。

 そのための餌が、オキナだった。


 この二人が始末できれば、あとはどうとでもなる。

 ゴシマカス王国を揺さぶるのも。

 独立を飲ますのもーーー。


 まあ、まだ策略の入り口に過ぎない。

 俺たちはオキナとスタッフを抑留している砦で奴らが来るのを今か、今かと待ち構えていた。


 そして今日。

 ついに奴らはやってきた。

 我々の罠とも知らずにーーー。


 「ずいぶん待たされたな?! 待ちくたびれたぜぇ」

 ライガがグルグルと喉を鳴らしながら、闘気を撒き散らしている。コウヤと決着をつける事がよほど嬉しいらしい。


 「ヨシッ! 次の段階に移ろう。ヒューガ!! 転移の魔法陣の準備を。例のーーー段取りも頼む」

 俺が声をかけると柱の影が揺らめいた。

 「フフッ! 了解した。冥土までの片道キップを準備してやろう」

 影がスゥーと薄くなって気配も消える。


 パァンッ! と轟音が響き建物が揺れた。

 正面の扉が、破られたようだ。


 「ぼちぼち我らもお出迎えするか?」


 魔王軍からせしめた魔道具を装着する。

 『火山弾ボルガニック』を連発で打てるランチャーだ。魔力のたっぷり詰まったタンクを背負い、ホースでつながった長さ一メートルほどの筒を肩に担ぐ。


「フフフッ! 熱ぅーいのをお見舞いしてあげなくちゃね」コンガが笑う。


 「ライガ! たぎるのはいいが、前に出過ぎるなよ。おまえまで巻き添えにしたくない」

 そう言って、ニヤリと笑った。


 「バァカ! 誰にものを言っている? おまえはコウヤが出てくるまでの雑魚ざこを潰してくれりゃあいい」

 フンッ! と鼻でせせら笑う。


 「アタシは、オキナちゃんを連れて行くわね」

コンガが人質の元に向かった。


 「さぁ! 散々痛ぶってくれた人間どもを火炙りにしてくるか?!」


 カノン・ボリバルはライガと拳を突き合わせ、轟音の鳴り響く正面の入り口に向かった。

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