同じ穴の狢

 俺たちがオキナ救出のために『遮断』対策の訓練、『毒霧』と『隠密』を組み込んだ訓練を繰り返していた頃ーーー。

 『自由と平等の戦士』の建国したカナン人民国にも、新たな動きが出始めていた。


 ◇◇カノン・ボリバル目線◇◇


 「獣人の国を作ったから手を結ばないか? ーーーと言われるわけかな?」ライチ公爵が、低い声で答えた。

 魔人世界の主梁しゅりょうとなった男だ。


 カノン・ボリバルたち『自由と平等の士』はカナン人民国として独立した。

 次なる同盟先として支援国『ヒューゼン共和国』の橋渡しで魔人国との会談が実現した。


 ここは、ヒューゼン共和国が準備してくれた国際会議堂の一室だ。

 

 「同盟を結べる相手が出来たって事です。遺恨のゴシマカス王国の喉元にーーー」

 そう言ってニヤリと笑う。


 「それはまさか我が魔人世界と、同等の同盟を結ぶと言うつもりですかな?」


 骸骨がいこつに張り付いた様な乾いた皮膚。

 落ちくぼんだ目は血の様に赤く、高く隆起した鉤鼻かぎばなの下で薄い唇が笑いを浮かべている。


 「同等? ーーー魔人と獣人が?」

 後頭部の長髪と額の山羊やぎの様な角を、左右に振り話にならないと肩をすくめた。


 「過年の怨敵ゴシマカスの喉元に獣人国と言う刃を突きつけるーーー御国にも’利”のある話では?」

 カノン・ボリバルは静かに続けた。


「既に勇者コウヤ、魔導師コウのオキナは我らが手中にある。先の大戦をゴシマカスの勝利に導いた天才軍師だ」


 「ずいぶん高く売付けたい様ですな。我等の調べでは、オキナとやらは防衛補佐官。一官僚に過ぎない。獣人の諸兄は物の価値がわからぬのかな」

 ハッ! と嗤う。


 「ーーーとはいえ魔人こちら国にも”利’がある事も確か。どうでしょう? 我等が魔人世界の属国となられては?」


 ずいぶん値切りにきたものだ。


 「はて? 御国の属国になれと? 我が国にどんな対価を御示し頂けますのかな?」


 さっきからこのマウントの取り合いだ。

 流石に当年二百五十歳にもなる大狸だ。

 チラチラと利を示しては足元を見て来る。


 「さっきからなどと言われるがそもそもとは何でしょうな? 領土? 領民? それとも統治機構? 弱き者の集まりでは、すぐに飲み込まれてしまうのではないのですかな? その昔獣人国が、ゴシマカス王国に飲み込まれてしまった様に」


 「ーッ! ずいぶん低く見られている様だ。

その昔にこだわって先の大戦ではーーー」と、口を開きかけた俺をライチは掌で押し留た。


 「気分を害されたかな? しかし考えてみたえ。 国家とは『強者』が『弱者』を庇護ひごし、『弱者』はその対価を『強者』に支払う仕組みと領土という器で成り立つ集団に過ぎない」


 違うかねーーーと目で問うて来る。

 「ならば貴公等も強者に従う事が、国家の安寧あんねいに繋がると思わないかね。

 そして国民を庇護する為に、強者の傘に入る事は何の恥じるところでも無い」


 頬杖をつきながら俺の目を見据えた。

 「たとえ属国に甘んじてもだよーーー」


 「つまり我が国の庇護者になってやろうと、おっしゃる訳ですなーーー」

 カノン・ボリバルはライチ公爵の冷たい目を見返した。

 「その対価は何を求められる?」


 フフフッ乾いた皮膚を歪めて笑った。

 「早合点してはいけない。まだ我等は、貴公達を国家と認めたわけではない。まずは力を示してもらいたい。国家として維持していけるだけの器持っている事を」


 獣人国おれたちを捨て駒にするつもりらしい。

 属国として庇護をしてやると、餌をちらつかせ王国の力を我等に削がせるつもりだ。


 「ほほう?! 力を示せとおっしゃる?

 どんな成果を出せば力を認めて頂けるのですか?」

 初めてライチ公爵が笑った。

 引っかかったと、心の中では小躍りしているのだろう。


 「そうですなーーー拠点の一つでも落として見せて欲しいところです。例えば王国の第三都市ブホンあたりとか?! 落とした後のお手並みが貴公等の器の見える所かと......」

 

 ずいぶんな要求だ。


 「持ち帰り検討させて頂きましょう。

 ただこのまま見くびられるのもしゃくだ。

 ご要望通り我等が力もご覧頂ごらんいただこう」


 空間がグニャリとゆがんだ。

 会合に選ばれた大使館の壁が崩れ落ちる。


 「な、これは?!ーーー 」

 あたりの風景がまるで違う景色に切り替わり、ライチの顔が引きった。

 魔人の側近がライチを取り囲みこちらを睨んだ。


 「ここはどこだ?!」

 会議室は跡形もなくなり、無骨な金属製のパイプが血管の様に走り回る室内。

 外からはブォォォォッとプロペラが回る音がする。


 「あまり我等をなぶるのは利口ではないな。ライチ公爵ーーー。

 ブホン陥落なぞ我等を持ってすれば容易い事だ。

 そこの窓から外を観て見られると良い」


 慌てて駆け寄る窓の外には、一面の雲海が広がっていた。

 「ーーーここは空の上か?」

 さっきまで落ち着き払っていたライチ公爵の目が、驚きに見開かれていた。


 「一体いつの間にこんな所にーーー?」


 「最初からですよ。異能『毒霧』をご存知ですかな? 『毒霧』にかかれば魔人と言えど誤認し誘導されるーーー会議堂と誤認させ鼻からここにご招待させて頂いたのだが、お分かりになりませんでしたかな?」


 ククッと笑った。

 随行している蛇人コンガを抱き寄せた。

 「蛇人族にはこんな力を使う者もいてね。

 中でもこのコンガは一流だ。今後も魔人国の窓口になる。顔を覚えて貰いたい」


 「ライチ公爵。お手柔らかにお願い致しまわ」 フフフッと身をくねらせてカノン・ボリバルに、しな垂れ掛かかった。


 「ここはどこだッ?!」

 側近の魔人が吠えた。

 

 「ここは、我が『カナン人民国』が所有する飛行船レッド・ツェッペリン号の中ーーー。

 我等には空からのやいばもある事を、覚えて置いていただきたい」


 落ち着きなく、あたりを見回すライチ公爵にダメ押しをする。

 「いつでもどんな範囲でも、防御網を誤認させ攻撃力を誘導出来る。我等の力を、少しは理解頂けましたかな?!」


 引き攣ったライチを客室に誘導する。

 「さてーーーもう少し同盟についてお話しませんか? 獣人国と魔人国の末長い平和のためにーーー」

 にこやかに笑うカノン・ボリバルを、ライチは気味悪そうに見返し引き攣った笑いを浮かべた。

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