第59話 じ ゅ そ

 「貸しは高いぞ!」

 コウがニヤっと笑って並走してきた。


 へっ! すまねぇーーー。

 俺は体を沈め加速した。


◇◇


 もともと脱出する事も想定していたのだろう。人一人分入れる程度の通路に駆け込んでゆく。


 「待てッ、っと言っても待つ奴はいないわな」一人苦笑いしながら、ジグザグの脱出路を駆ける。もう少しで、追いつくというところで扉を抜けて外に出た。


 魔法陣が展開し始めていた。

 ◎と+が組み合わさった模様が広がる。到着地点をよほど遠方に設定したためか、真ん中の◎がグルグル回り続けている。


 俺は居場所を知らせるために、狼煙のろし石を叩きつけた。バチバチと音を立てて白煙が上がる。暫くすると、コウが走り込んできた。


 はぁっ、はぁ、ングっ! 肩で息をしてやがる。鈍ったんじゃねぇのか? って揶揄う視線を送ると、「コウヤ! 行けッ」と展開を始めた魔法陣を指さした。

 コウの声に弾かれて、俺はミスリルの剣を引き抜き体を沈めた。


 『亀ー【縮地!】』

 甲羅が輝きだし足元の地面が歪む。絨毯じゅうたん手繰たぐり寄せるように押し寄せてくる。

 「【閃光突破!】」


 砂塵を巻いてマオに追いつく。魔法陣に飛び込む寸前だった!

 シュ、シュ、シュワン!

 光の滝が逆さまに流れ出す。俺は剣を逆手に持ちかえガンッ! と魔法陣の中央に突き立てた。

 魔法陣がグニャリと歪み始める。


 「やめて! 見逃してッ、やめて」

 俺を引き剥がそうと、マオが懐剣を振り回す。


 そんな都合の良い話、聞くヤツなんざいねぇよ。

 「フンッ」

 懐剣を掻い潜ると、マオを突き飛ばした。

 魔法陣に剣先を更にねじ込んでゆく。


 術式自体を破壊してやる!


 シュ、シュ、シュ......。


 立ち昇る光の滝は薄くなり、やがて魔法陣は消滅した。


 「フーッ、フーッ!」


 マオが目を怒りにたぎらせ、顔を真っ赤にして睨み付けていた。


 「フーッ。フフッ、フフフッーーー」

 薄く笑う。

 「フフフッ、ハハッ! ハハハハッ!!」

 薄笑いから何がおかしいのか、哄笑にかわる。


 なんだ? 何を企んでいる?


 「これで私が終わると思うの? 甘いわねぇ。とっておきを見せてあげる!」

 首から下げたチェーンを引き出すと、額にかざす。チェーンの先には、五百円玉くらいのミイラ化した首がぶら下がっていた。


 そのミイラの首が、しわくちゃの口を開くと、ガサガサした声で泣いた。


 「ゲェエェッ! ゲェエェッ!!」


 うわっ! 気色わるッ!!


 ブツブツと嫌な音がする。

 ブッ、ブツ、ブッ!


 黒い霧がマオを包み始めた。

 なんだ? 何が起こる?! ヤバくなる前に倒してしまえ! と心は命じるのだが、体が思うように動かない。動こうと力を入れる端から抜けてゆく。


 魔法ではない。脱力系の何がだ!


 やがて体を支える力さえなくなり、ストンッ!と腰から落ちた。


 「コウヤッ呪詛じゅそだッ! 耳を塞げ」

 コウの叫びが聞こえる。だが、耳を塞ごうと手をあげようとする端から力が抜けて、だらりと垂れ下がった。


 呪術とはこんなに厄介なものだったのか?!


 閉じていた口さえも重くなり、やがてカパッと空いた。体を支え切らなくなり、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる。目だけは動く様で、必死に周りを見渡す。


 考えろーー考えろッ、考えろ!

 筋肉に干渉する魔法だと置き換えて考えてみろろ。活路はある筈だ!


 【縮地】?

 無理だ。力が入らない。

 【万物突破】ディストラクション?

 腕も上がらないのにどうすんだ?!


 考えている間にも、黒い霧はあたりを覆ってゆく。


 「コウヤッ、待ってろ!」

 コウがシールドを展開するが、黒い霧は墨汁が紙に染みてゆく様にジワジワ広がって侵食してゆく。


 「コウヤッ」 

 「師匠ッ」 

 ナナミとリョウが駆け込んできた。

 来るなッ、お前たちのかなう相手じゃないッ! と声を上げたくても、アガアガと声が出るばかりで言葉にならない。

 「コウヤ! アイスシールドを張れッ」

 コウが叫ぶ。詠唱が始まった。


「集え。集え。大気と火の盟友よ。

 ふるえ。ふるえ。大地の核よ。イカズチをまといて核となせ。この核は対となりて真。この真は絶。この絶は大気と火を纏いて恒星となすーーー。

 発動! フレイム・コーーー」

 掲げた手はだらりと下がり、ふらふらと倒れ込んでいった


 「ほほほっ」

 マオが手の甲で口、を隠して笑っていた。

 「どう? いにしえの呪術でも使えるでしょう? 大丈夫よ。苦しまないようにすぐ終わらせてあげますから」

 そう言うと懐剣を持って近づいて来る。


 待て、待てッ!

 焦る。まだ動かせるものはないか?


 筋力? 全く力が入らない。

 魔力? シールドくらいは使えるが呪詛に侵食されて、垂れ下がるカーテンくらいの強度だ。

 思考力?ーーー頭悪いし。


 ん? まだ頭は動く?!

 詠唱は無理だが、祈る事は出来るはず!

 慣れ親しんだフレーズを祈る。


 女神アテーナイよ。我が祈りを叶えたまえ。


 「集え。集え。わが盟友たちよ。その力を我が身と我が剣に与えたまえ。

 我が身は金剛! 我が剣はイカズチ。

 我が名はーーー。


 黒い霧の中に蛍のような光が漂い始めた。遠くから声が聞こえる。

 「おい! どおした? もうギブアップか?」

 勇者タガの声だ。懐かしさに包まれる。

 「コウヤくん! 負けちゃダメだぞ!! 先生は知ってる! 君は強い」

 魔道士カミーラの声だ。


 光が一つ、また一つ。小さな光がどんどん増えてゆく。

 マオは慌てた。

 「なに? なによ?! この光は?」


 やがて一つ一つの小さな光が集まって、俺は金色の光に包まれる。


 「我が名はーーー軍神アトラス!」


 【軍神アトラス 憑依】


 天中から丹田まで一気に霊気が、流れ込んできた。全身が光に包まれる。

 白銀のアーマーを装着した【軍神アトラス】が出現した。


 「ヒイ!」


 マオは懐剣を突き出しながら悲鳴を上げた。

 「な、なぜ?魔力は封じたはず? 変われるわけはないのに!」


 全身に力が漲っている。

 アトラスに呪詛は干渉していない。

 俺はミスリルの剣をだらりと下げたまま近いた。一歩、二歩、三歩‥‥‥。


 ピュン!

 マオは寸前でシールドを展開した。

 そのシールドすら斬り裂きマオをかすめる。

 反射的にかばったその手には、先程のミイラ化した生首があった。


 パチーーンッ!


 チェーンが弾け飛び、ミイラ化した生首はコロコロと転がってゆき黒い霧が水に洗われる墨汁のように消えてゆく。


 「ヒイ!」


 さぁ、最後の仕上げだ。

 さんざんやってくれたじゃねぇか?!


次回 じ ゅ う り ん

俺は呆れた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る