第50話 は ん て ん

 「ダメよ! 全員そこから動かないで」

 コビンの首に腕を絡めて短刀を突きつけている。


 「サラ?! な、何やってんだっ」

 俺は驚きのあまり声を上げた。


 「コウヤ様。もうこれくらいで、手を引いて下さい」すがるような声で叫ぶ。


 「サラ、なにを言っている?! 手を引けとはどういう事だ?」俺は混乱していた。

 リョウとナナミも目の前の光景が、理解できずただ息を飲んでいる。


 「あわよくばコウヤ様を籠絡ろうらくしてお味方になってもらうつもりでしたが、ここまで来ては‥‥‥」

 諦めたように微笑みサラは続けた。

 「サイカラさんや『ゴシマカス魔道具開発』まで引っ張り出してこられては、もう時間の問題でしょうしね」悔しそうに唇を噛む。


 フッ‥‥‥。


 やがて自嘲気味に微笑む。

「薄々気づいていたんでしょう? ガント・レットにトドメを刺した時から。私に指一本触れなかったですものね。籠絡ろうらく出来なかったのは、色気不足だったかな‥‥‥」


 ああーーーサラ。おまえはあの時から不自然だった。


 「誰の差し金だ?」


 「それは言えません。ナナミさん、捕縛した魔人を離して。カイさんたちは解放します。ーーーそれでおしまい。もうこの件は忘れて下さい」


 サラはナイフを左手に持ち替えて、ポーションストッカーから小瓶を取り出した。

 麻酔ポーションだ。


 コビンを見る。

 コビンはうなずくと、両手でサラの右手を掴みサッと首を引っこ抜き腰を沈めた。右手を抱え込んだまま一本背負いの要領で、腰でサラを跳ね上げる。


 サラは空中で身体からだを反って足から着地した。そのまま両足をコビンの首を絡め、両手で脚に抱きつく。

 下から逆さまに抱きつかれたコビンが、足を取られ倒れた。ゴロリと反転する。


 パッ、とサラは身を起こし飛び退いた。


 「よく鍛えたものですね。お別れです」

 フッと笑い両手で顔を隠す。ゆっくりと手を下ろすと、現れたのはマスター・マオの陰のある笑顔だった。


 「なにっ?!」驚きに目を見開く。


 サラはマオ?


 再びポーションストッカーに手を伸ばす。

 麻酔薬の入った小瓶を叩きつけると、袖で口を塞いだ。


 白い煙が立ち昇る。

 「口を塞げっ、息を止めろっ」声を上げて、シールドを小瓶に展開する。あらかた封じ込めたものの少し吸い込んだ。視界がボヤける。


 滲んだ視界から回復すると、サラの姿はすでに消えていた。


 「おい、もういいぞ。大丈夫だ」


 「「「ぷはぁっ、はぁぁ〜っ」」」

 顔を真っ赤にして息を吸い込んだ。

 「リョウ、ナナミッ、コビン、怪我はないか?」

 コビンが揉み合った時に、少し頬を切ったようだ。ポーションを振りかけてやる。


 「コビン、頑張ったな?! よくやった」

 労ってやると照れ臭そうに微笑んだ。


 「ナナミ、サンプルは?」

 こちらも大丈夫そうだ。両手、両足を連結して転がした。傷口にはポーションをかけて包帯してやる。

 「う、うがっ! ううーーーッ」


 「シュコー、シュコーッ」

 呼吸音が苦しそうだ。マスクを外してやる。


 「マ、マスター、マスター」


 「マスターマオか? マオがどうした?! なぜ人間から魔人になった? 無理やり魔人化させられたか?」


 「違う! マオさまは、マオさまこそが、この世界を救うのだ!」


  ペシッ、とナナミが顔を叩いた。

 「ナナミ?」

 

 「誰が頼んだ? 誰が今のこの世界を変えてくれと頼んだッ。人間を魔人にしたところで、更に強い魔人に脅かされるじゃないか? 他人を不幸にして置いて、何が理想の世界だッ!」


 憤りに顔を朱に染めている。


 「もう良いよ。ナナミ。俺たちはカイを救出することだけに集中するんだ」

 そう言って肩を叩く。


 少し胸が痛む。

 誰しも理想の世界など無いと知りつつ夢想する。

そして現実と折り合いながら流されて、馴らされて生きていく。


 時に理想を叫ぶやからに複雑な気持ちに

なるのは受け入れた”今”と、それで良いのかとくすぶる何かに心が揺さぶられるせいだ。

 ナナミが怒るのはそれが、幼稚な理想だとわかり切った事だからだ。


 俺はワザと明るく声を張り上げた。

 「さぁ、コイツを連れて帰ってくれ。サイカラが首を伸ばして待ってるぞ。俺はもう少し探索してくる。キタエにそう伝えてくれ」


 三人は少し疲れた笑顔で頷くと、サンプルにする半魔人を手槍に吊るし帰っていった。


 (もう少しカイと、消えてしまったサラの手がかりが欲しい)

 そう思って俺は魔窟ダンジョンの奥へ歩き出した。


次回 い け に え

俺は答えに導かれてゆく。

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