第40話 で し っ

 「おいケビン、木剣持ってこい。リョウ、おもてに出ろ! サラ、ちょっと来い」


 確認したい事もあった。リョウと2人ゲルの外に出る。ナナミと他の面々も心配そうに出てくる。


 サラには救急ポーションの準備と、コウへの連絡を頼んだ。文書は通信石を使い瞬時に流せるからすぐに目を通す筈だ。


 現在位置と魔窟ダンジョンの座標をサーチして位置関係のわかる地図が欲しい事。

 魔石の出ない魔窟ダンジョンでトラブルが発生している事。

 魔人の言い残した言葉。魔人化された犠牲者。

 調査に行ったまま行方不明の部族長カイ。

 今までの事を文書でまとめて報告する様指示をした。


 嫌な予感がする。

 経過と結果は報告するが、コウに引き継げるよう文書で残す。

 万が一俺が倒れた場合この集落を守るための保険だ。


 篝火かがりびが準備され、手元も見えない漆黒の闇に木剣を持つ俺とリョウが浮かび上がった。


 ふーーーっ! よしッ


 「さあ、始めようか?」

 俺は両腕をグルグル回し、体を捻りながら声をかけた。


 リョウは戸惑っている。酔いは覚めたようだ。

 「どした? こないのか? さっきの威勢は酔った勢いかな?」

 ムッとした顔になる。


 もう一押しするか?


 「ナナミ! コイツに勝っておまえを連れて行く。母ちゃんも安心してくれるだろ?」


 リョウの目の色が変わった。

 「ふざけんなッ!」

 ピュンッといきなり右袈裟に切り込んで来た。


 左足を斜め後ろにずらし、スッとかわす。


 ピュン、ピュンッと切り上げ、横薙ぎに振り回してくる。


 切り上げた剣を体をズラして躱し、横薙ぎにきた剣をチョンッとバックステップで躱す。


 「ぬああーーーッ」

 リョウは顔を真っ赤に紅潮させて、ピュン、ピュン、ピュンッと横薙ぎ、右袈裟、切り上げと振り回して来た。


 振り回すほど体が流れすきができるものだがよほど体幹が強いのかブレない。振り切った後の返しが早い。


 (いい感じだ。もう少し見てみるか?)


 「だっ!」

 裂帛の気合いと共に、今度は突いてきた。


 (左右に目を慣らさせて真っ直ぐ突くか? 悪くない。悪くないが......)


 ガンッ、と左手の亀で擦り上げ蹴飛ばす。


「ぐッ!」

 リョウはタタッと後ずさる。が、体勢を崩す事なく、すぐに突いて来る。


 カンッと俺は剣先を弾いて軌道をズラし、

 「シッ!」短い気合いと共に、すぐに頭を狙って、突き返す。


 「チッ!」

 リョウは首を逸らし、突きを避けた。頬をかすめ血が滲む。

 まぁ避けやすく加減して突いてやったんだが、なかなかの反射速度だ。悪くない。


 「かあぁぁっーー!」


 左袈裟から斬りかかり、俺がかわすとしゃがみ込んだ。そのまま足下に滑り込みスネを払いにくる。


 ソード・バックラー剣術の弱点は、バックラー《手盾》の死角。

 特にバックラーを装着している左手の真下。左足は前に出ている分見づらい。


 が、当然光陰流では対策を型に盛り込んでいた。左足のかかとで裏ももを蹴るように足を畳む。


 ブン!


 スネを払いにきた剣が、空を切った。


 「シッ!」

 畳んだ足が着地すると、リョウの返しの剣が襲ってくる。はらいのけるように、剣先で握り手を叩いた。


 カランッと木剣が弾かれ転がった。


 「くそぉーー!」

 徒手空拳になったリョウが、組みついて来た。

 「ヌン!」

 組みついてきた腕に右腕を差し込み、腰を沈めると肩が触れ合うほど沈み込み、そのまま右腕でリョウの脇を抱えて体をひねって裏返しにひねたおした。


 ドサーッ! とリョウは土塗れになって転がった。「ハア、ハアッ」肩で息をしている。


 「どした? もう終わりか?」


 「ち、チクショーッ!」


 ブォッ、ブンッと風切り音が聞こえるような拳を、左右から体ごと巻き込むように振り回してきた。


 (コリャ当たったら痛えぞ! 一般人なら死ぬなーーー当たればだけどねッ)


 右フックは沈み込んでかわし、左からの打ち下ろしは体ごと右にズラしてける。

 リョウの背中が見える。


 (なんか狙ってるな?)


 リョウは左の打ち下ろしを戻す事なく、クルリと空中で前転し、そのまま体を浴びせるようにかかとを打ち下ろして来た。


 浴びせ蹴りだ。


 ガツンッ、硬質な音がした。

 俺は左手の亀で受け止め、「そぉらッ」と掛け声と共にそのまま地面に叩きつける。


 「ハア、ハア、ハアッ、ち、畜生、ちくしょう、チクショウ。ふ、ふざけんなーーー」


 ハア、ハアと息を切らし、リョウがゴロリと転がった。地面に大の字になる。


 「ハア! ハアーーーんグッ。負けだよ......オレの負けだ」

 見ると両目から涙が溢れていた。何度も転がされ顔も土塗れだ。悔し涙の筋が、土埃を洗い流してゆく。


 (いいねぇ。負けて泣くぐらいの負けず嫌いってのが良い。いい根性している)


 あたりを見渡すと、遠巻きに人だかりができていた。地響きを立てて戦う2人を見に来たらしい。


 「リョウが負けた? 嘘だろ?」


 「カイ様の次に強いのはリョウだろ?」


 「ミズイの大会では負けなしだったろ?」

 ヒソヒソと聞こえる。


 「もういいのか?」

 俺は倒れているリョウに声をかけた。


 「ハア、ハア、ハア」まだ息が荒い。


 「もうーーー良いんだな?」

 リョウはゴクリとツバを飲み、体を起こしかけるがそのまま大の字になってしまう。


 「あ、あれだけ手加減されて良いも、悪いも、あるもんか。ーーーなんなんだよ? おまえただの商人じゃねぇのかよ?!」


 「ーーー強くなりたいか?」

 俺は静かに尋ねた。コクリとリョウがうなずく。


 「おまえを弟子にしてやる」

 リョウはもう話す元気もないらしく、ただ驚いて目を見張った。


 思い付きで言ったのでは無い。確認したかったのは彼のポテンシャルだ。

 かなり筋は良い。負けて泣くほど負けず嫌いな所も良い。強くなる為の絶対条件だ。


 魔法陣でどこからでも魔人が湧いてくるなら、部族の守り手を残してやりたい。


 「強くしてやる。もっと強くなれ。そしておまえがナナミをまもれ」

 さっきとは打って変わって、優しい声になる。


 「ナナミ!」ナナミに声をかける。


 「ハイ!」


 二人の闘いに何か感じるところがあったようで、やけに良い返事だ。


 「二人でこの集落を守れ。魔窟ダンジョンには俺とサラが行く」


 周りを見渡して俺は声を上げる。

「この二人だけでは無い、この集落を守りたい奴は明日からここに集まれっ。強くしてやる!

 光陰流を伝授する。共に魔人からこの集落を守るぞ!」


 「「「おおおおーーッ!」」」

 二人の戦いに煽られたか、大きな歓声が上がった。


 よし、やってやる。

「ーーーふぅッ」

 大きく息を吐き出し俺は目を瞑った。


 「だから守ってやってくれ。頼むーーーバトンタッチだ」

 パァン! なぜかあの日涙で交わしたハイタッチと勇者タガの顔が笑顔で浮かんだ。


次回 は っ か く

俺はそんなつもりでは無かったのだが‥....

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