第27話 炎の女

 全てが燃えている。

 あたり一面火の海だ。


 第三将軍アンモスとの戦いを終え、拠点の魔法陣へ戻るとアラートが鳴り響いていた。

 最終防衛ライン『ブホン』が急襲されていた。


 ゴシマカスの第三都市『ブホン』。

 ここを突破されれば後はもう王都ド・シマカスしか残っていない。休むまもなく『ブホン』へ飛んだ。


 「どうなっている? みんなやられたの

か?」コウは焦ってあたりを見回した。


 「ここも落ちてるっ、ここにいてもやばいっ。コウッ、他の魔法陣に転送できるか?」


 「待ってっ。やってみる」

 ブゥーーン......と魔法陣が輝き出す。


 頭上からヒュルヒュルと音が聞こえ、コウヤはコウを抱き抱えて魔法陣を飛び出した。


 パッシーーーンッ! 空気を揺るがす振動と砂埃が収まると二人の元いた場所の魔法陣が跡形もなくなっていた。


 「魔王オモダルさまのおっしゃる通りだ。ネズミは巣に戻るってねぇ。ククククッ」


 声のする方を見ると真っ赤な炎の髪を纏う黒ずくめの女が立っていた。

 第二将軍キルケーだ。


 「キルケーか?」コウヤが低く呟く。


 「キルケー様だろ。見た目と同じ低能だな!」

 右手を振り上げると、スパーーーーンッ! と真っ赤に燃えたムチがコウヤに叩きつけられた。


 「クソッ!」コウが両手を広げシールドを展開するが弾け飛んでしまう。


 「あちいなっ、畜生」

 火花が降り注いであちこちが焦げている。


 ゴトリッ。

 足下に黒い塊が落ちていた。


 「?」


 足下だけではない。

 ここにも。そこにも。そこらじゅう。


 「なんだ?」


 「こりゃーーーなんだ?!」


 キルケーがニヤニヤ笑いながらコウヤを眺めていた。プルプルと震えながらコウヤはキルケーに顔を向ける。黒い塊りは人の形をしていた。


 「キャハ!今気づいたのかい? そりゃ消炭だよ。おまえらを待ってたバカどものさッ!」

 言い終わる間も無く右手を振るう。

 パッシーン! 


 左手の亀で受けるがムチ先はしなりコウヤの背を打つ。


 「ぐおっ!」


 引き戻されるムチにコウヤの手槍が絡めとられた。


 パッシーン! パッシーン! 

 まるで生き物のようにしなり、ガードの隙間から入り込んで行く。


 「ぐおっ! ガッ!」


 シールドはムチに触れるたび燃え、弾け飛び用をなさない。

 ムチ打たれるたびにビクッ! ビクッ! と体が痙攣けいれんする。

 炎だけでなく雷撃も加わっているようだ。


 よろけてタタラを踏んだその先には小さな人形が落ちていた。


 「こ、子どもまでやったのか?」


 コウもハッとしてその人形を見る。


 「ーーまだ小さい子どもまで......?」


 「キャハッ! キャハ! キャハハ! 良かったよぉ、夫婦がいたから。い・も・づ・る式〜。ダンナを焼いたら女が狂ってさ、子供と逃げていこうとするから焼いてやったのさッ。永遠に家族は一緒! キャハハハハッ」


キルケーは反り返って笑った。

 ハッと思い出したように血のように真っ赤な唇を舐めながらうめいた。


 その状況を思い出したのか恍惚とした表情になり身悶えを始めた。


 「あ、あ、あーっ! いい! のたうって死んでゆくあの絶望した顔ーーー」

 ふっと押し黙る。


 急に狂ったようにコウヤとコウに叫んだ。


 「おまえらが悪いのさ! おまえらが来るはずのこの部屋で泣きながら待って い・た・よ! 助けてッ、助けてぇぇってねッ。キャハッ、キャハハハハッ」


 「おまえ、もう、黙れーーー」コウヤは震えている。


 「コウヤ、コウヤ、こいつ、跡形もなく壊すから」


 コウは真っ白な顔になって震える指先に魔力を込めて詠唱を始めた。


 キルケーが嘲笑った。


 「素敵.....。その顔。愛しい人たちも守れなかった、残念な、英雄・さ・ん。

 んふっ! ふふふ。お前たちも黒こげにしてやるっ。ハーーーハッ!」


 ブォォォォォー!


 真っ赤な唇をパッカと広げ耳元まで裂けた口から炎を吹き出す。


 シールドを二重、三重に展開してもキルケーの炎はシールドそのものを燃やし弾け飛ばした。再び燃え盛るムチを振り上げた。


 シュ、シュ! シュ! シューーッ


 空気を切り裂き炎と雷を纏ったムチが2人に襲い掛かった。

 二人の血煙が上がる。


 コウは叫ぶ。

 「集えッ集えッ大気と火の盟友よ。

 ふるえっ、ふるえ。大地の核よっ。イカズチをまといて核となせッ。この核は対となりて真! この真は絶! この絶は大気と火を纏いて恒星となすッ」


 声も枯れよと詠唱を始めた。


 「発動! 【フレイム・コア】!

 始動!! 【フレイム・コア】連鎖!

 更に連鎖! 更に連鎖! 更に連鎖!」


 コウヤの声も響き渡った

 「魔力充填!百、百二十、百五十ーーー」

 コウヤは鼻血を吹き出していた。

 血管は膨れ上がり目からも耳からも血が流れだす。


 「魔力充填! 三百!」


 海亀はすでに敵に照準を当てて口を開いていた。光の粒が亀の口に吸い込まれてゆく。

 凄まじい熱線に口の周りの空気から水分が蒸発してゆき雲のような輪っかが発生する。


 コウヤが絶叫した。

 「万物突破! ディストラクション!」


 コウも叫ぶ。

 「渦巻け! フレア・フィールド!」


 閃光が走り灼熱の塊が発生した。


 パァン......パッ 

 ドォォォーーーーッ、ズドンッ。


 凄まじい閃光があたりを薙ぎ払ってゆく。閃光が治ると静寂が訪れた。


 コウヤとコウのいた二メートル範囲の幾重もシールドが貼られたところ以外は、床をのぞく全てが消え去っていた。


 キルケーは跡形もなく消えた。消炭すら残さずに。


 ふぅ...... 。


 二人はぐったりと倒れ込んだ。


 「待ってたんだーーー」

 そう呟く人々の幻が見えた気がした。


 「く・そッ! 間に合わなかった......」

 二人の虚しいうめき声が虚ろに響く。


 ゴトリ......。


 床の一部が開いた。中から小さな人影が這い出してくる。


 一人。また一人ーーー。

 ぞろぞろとあたりを伺うように這い出して来た。


 生き残りがいた。

 ここは最終防衛ライン。最悪の事態に備えシェルターが隠されていた。


 小さな人影たちが二人に近づいてくる。呆然と座り込んでいる二人に声をかけた。


 「ーーー泣かないで。いい子いい子」


 小さな手が ひとつ またひとつ。

 いくつもの小さな人影が2人を包み込んでいった。

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