第19話 よろめいて
(美しいだと......?! 美しい......?
何を浮かれてるんだ?! 私は!!)
ここは魔導師訓練所のロッカールーム。
鏡に映るコウの顔は怒りの形相で、自分の顔を睨んでいた。先ほど終わった演習の結果は散々だった。
右手を見る。
血が滲んだ包帯が巻かれていた。言葉に出来ない苛立ちに駆られて、目についた水差しを床に叩きつけた。
ガッチャーンッと砕け散る水差し。
飛び散る水滴と、心の虚しさを映すように溢れた水が床を汚してゆく。
ーーーあれは、あの時、私は———。
◇◇
演習が始まった。
ガチャ、ガチャ、ガチャッと金属が触れ合う音を立てて、二メートルを超す巨体が迫って来た。
漆黒の鎧を
攻撃の的を絞らせない為か、二手に分かれてコウヤとコウを分断してきた。
背後を取られないようにコウヤとコウは、背中合わせになり正面に現れる金属兵を攻撃していた。
「ちょこまか、ちょこまかとッ」
コウヤが苛立ってる。
「あーッ、また外した!」
手槍から閃光が放たれ、虚しくシールドを揺らす。
(的絞らせたくないーーーか?!)
それを見たコウは、一体にだけ狙いを絞った。
魔法詠唱を始める。
シールドを突き破り攻撃を加えようと、金属兵は
ブァン! ブアンッ! とシールドが波打つ。
「シールド!」
狙った一体をシールドで包み込む。
「集え、集えーーー大気と火の盟友よ。
ふるえ、ふるえ。大地の核よーーー発動! 【フレイム・コア】!!」
シュ......ブワンッ!
白熱の炎の塊が発生し、金属兵を包み込むとドロドロに溶けた飴状の塊にした。
光りが収まるとシールドを解放する。
コウヤを見ると、他の四体に袋叩きに合っている。
「な、な、なんっだってんだぁぁ?!」
シールドと亀で捌きながら、手槍で殴りつつ後ろに回り込もうとした一体を蹴飛ばす。
「のぉぉぉっ!」
バックステップでコウのそばまで避難してきた。
「はぁっ、はぁっ、 い、一分引きつける!
さっきみたいに、今度は四体まとめてやれないか?!」
「了解ーーーやってみる!」
すぐにコウは魔法の詠唱を始めると、戦闘に間が空いたのを察知して金属兵が仕掛けてきた。
足元の地面から土埃が立ち上がり、金属の巨体が細かく振動する。
(突っ込んでくるつもりだ!)
ブォーンッと空気を切り裂き、【縮地】で飛び込んできた。
着地地点を予想していたコウヤは低い体勢から手槍を小脇に抱え、身体全体で体当たりをする様に金属兵に突きかかると、槍の穂先は金属兵を刺し貫きただの鉄の塊に変えた。
足で蹴飛ばして、槍を引き抜く。
コウヤは更に体勢を低くして【縮地】の詠唱を始めた。足元には魔力を集中したのか、砂埃が立ち始める。
『亀ー【縮地!】』
甲羅が輝きだし足元の地面が歪んで波打った。絨毯を手繰り寄せるように押し寄せてくる。
「【閃光突破!】」
金属兵三体の間を突破し背面に着地する。至近距離を音速ですり抜けられ、衝撃波が襲う。
金属兵たちはバランスを崩していた。
コウヤは手槍から剣に持ち替え、詠唱を始めた。
「集え、集え。わが盟友たちよ。
その力を我が身と我が剣に与えたまえ。
我が身は金剛!
我が剣はイカズチ。
我が名は......軍神アトラス!」
金色の光に包まれる。我が身を媒介にして勇者の力と、軍神アトラスを憑依させる究極の魔術だ。
背面を取られた金属兵は素早く向き直り、
金色の光を纏って軍神アトラスの滅殺防御が発揮される。
シュバッ、シュバッ、バババーッと空気を切り裂き、光の剣が光の矢を跳ね返していった。
ブォーン!
【縮地】で一体飛び込んできた!!
「ヌン!」
剣を突き出しシールドごと貫く。
(あと二体!)
コウはあと二体をシールドで包み込む。
不意に、オキナ・ザ・ハンの姿が目に飛び込んできた。傍聴席が偶然、目の前だったようだ。
戦いに魅せられているのか顔が紅潮し、キラキラと瞳を輝かせている。
(か、かっこいい......!)
ドキンッ! と胸が高鳴った。
ただ、目に映ったなのに頬が熱い。
『集え、集えーーー大気と火の盟友よ。
ふるえ、ふるえ。大地の核よ。
イカズチをまといて核となせ。
この核は対となりて真! この真は絶!!
この絶は大気と火を纏いて恒星となす』
「発動! フレイム・コア!!」
ぱすん......。
(え?ーーーええ?? 不発?)
慌てて詠唱を繰り返すが、魔力がうまく制御できない。手のひらから砂がこぼれ落ちるように、魔力が抜け落ちてゆく。
「神速!【フラッシュ・ソード】」
呆然とするコウの横で、コウヤの雄叫びが響いていた。
シュッ、シュパッと空気を切り裂き、光速の剣が閃いた。
ゴトンッ! と重い金属の塊が崩れ落ち、金属兵の二体がただの鉄の塊となって地に転がった。
「素晴らしいっ! 何という事だ、我が軍の誇る金属兵五体をわずか五分?! 素晴らしい!」
傍聴していたスタッフと、「白銀の荒鷲」の一堂が席を立ち上がりスタンディングオベーションをしている。
ビリッ! と痛みが右手に走った。
はっと痛みの箇所へ目をやると、出血していた。手のひらにバツ印の傷が走り、見る見る血が滲み出てくる。
不発痕だ。
行き場を失った魔力が、時に魔導師自身を傷つける。
(何をやってるんだ私は...... )
コウは携帯応急ポーチからポーションを取り出すと、ふりかけ包帯を巻いた。
(何をやってるんだ...... )
◇◇◇
演習の光景は消え去り、しょんぼりとうなだれたコウの姿が鏡に写っている。
(何をやってるんだ......! 美しいだと......? 何を浮かれているんだ? 世界の生存を懸けている時にーーー)
不意に引き出しからハサミを取り出すと、ジョキジョキと髪を切り始めた。セミロングの髪が乱暴に切り落とされてゆく。
鏡に映る自分の顔が歪んで見えた。
(もう、もうッ! もうーーー同じ過ちはしないッ)
フゥーーーと吐息を吐く。
唇を噛み締めて、散らかしてしまった足元を見た。
(見苦しいマネをーーー)
乱暴に散らばった自分の髪を足で掻き集める。メモ用の紙で集めて、ゴミ箱に捨てた。
コン、コンッ!
ノックの音と誰かが入って来る気配がした。
次回コウは更に拗らせる。
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