第17話 飲まれて 飲んで
——コウ目線——
私は煮詰まっていた。切り札となるべき、フレイム・コアの習得になって完全に足踏み状態だ。
訓練も最終段階に入り、火力不足が露呈した。
切り札のフレイム・ボムでは、魔王オモダルの仮想敵にすぎない金属兵オモダル君に通用しなかったのだ。それは敗北を意味する。
そこでフレイム・ボムを更に改良した、フレイム・コアを魔導師カミーラ協力の元編み出した。
だがーーー。『捕縛』し、シールドで閉じ込め、更にフレイム・ボムをシールド内に発生させるフレイム・コアは難易度を極めた。
ファイヤ系とアイス系の反転魔法までは、順調だった。それだけに焦りが募る。
「そぉんなにぃーーー。深刻になっちゃあダメダメ」カミーラ先生は慰めてくれるが、切り札を持たずに魔王戦など殺してくれと言うようなものだ。
「カミーラ先生、いやさカミーラ! 僕も煮詰まっているんですぅ。ここがうまくいかないんだなぁ?! こうかな? こうなのか?」
コウヤがかまってくれオーラ全開で、カミーラ先生に纏わりついている。
(どうせ口説く事が、目的なんだろ?)
私はもうあのバカほっとく事にした。フレイム・コアを修得するだけだ。
「集え。集え。大気と火の盟友よ。
ふるえ。ふるえ。大地の核よ。イカズチをまといて核となせ。この核は対となりて真、この真は絶! この絶は大気と火を纏いて恒星となす。
発動っ、フレイム・コアッ」
バフン、ボシュ! ポンッ!!
(ーーーああ、恥ずかしい!)
まるで子どものころやった、美少女戦士セー◯ームーンごっこだ。
つい一か月前まで私は、営業一課の課長で成績はいつもトップクラス。社長表彰も二度も受けている。五人のチームを引っ張り、億単位の仕事をしてたんだ。
なのになんだ!? こんな世界に引っ張り込まれて、美少女戦士セー◯ームーンごっこだ。
(はぁ......情けない)
そもそも何で、縁もゆかりもない『ゴシマカス王国』を救わねばならない?
滅びるんなら勝手に滅びろーーー!
だぁぁぁぁーッ! てなってた私を見ていたコウヤが、ニコニコ笑いながら近づいて来た。
「来いよ。たまにはガス抜き必要だって」
ニコニコ笑いながら【時の間】から引っ張り出された。
「来いって? 遊んでいる場合じゃないだろ」
『こいつはっ。隙があればサボりやがって』と勇者タガが怒ってたぞ、さっき!
「ガス抜きって言えば、飲みにケーションでしょう? ここは飲むべきでしょう!? 」
コウヤは驚きが隠せませんけど! って顔だ。
「おまえは飲んでばかりだな!?」
この世界救ってくれなどと、無茶なオーダーが来てるんだ。必死にやっても、追いつかないくらいだろうが。それなのにこいつはッ!
「まあまあ、まあまあ! いいとこ見つけたんだ。たまには庶民的な美味しい飯食って酒でも飲んでーーーね! せっかく異世界来たんだし」
その異世界に来たせいで、悩んでるんだろうが!
◇◇
しばらく歩くと、人の賑いが出て来た。
五、六十名はいるだろうか? 三十畳ほどの酒場に座りきれず、立ち飲みをしている者、金の匂いのする男を値踏みする娼婦、酔いが回って絡んでいる者。
それぞれが、それぞれの時間を生きていた。コウヤは、場慣れた雰囲気で中に入ってゆく。
「コウヤぁ、久しぶりッ!」
厚手の化粧を、塗りたくった娼婦と思しき女が近づいて来る。香水の匂いがきつい。
私の眉間に、シワが寄ってる事などお構いなしでその女と語っている。
所在なく足元を見つめていると、女が声をかけて来た。「あんた、コウヤの女?」
ブンブンブンって、私はこれでもかっと言った勢いで顔の前で手をふった。
「気をつけなよっ、こいつは見境ないから。アハハッ」
知ってる......。
「でも、いい男だよ。取られないように気をつけな」ニヤニヤわらいながら付け加えた。
むしろその女に、ノシと見舞い金をつけて送りつけてやりたい。
カウンターから声がかかる。
「コウヤっ、今日はデートかい? 隅に置けないねぇ!」
違います。視界外です。この男。
「違う、違うって。ただの同僚。俺なんか視界外だよ」
よく分かっているではないか?
そうこうしてるうちに、まだ頼んでもいないのに酒と料理が運ばれて来る。
「これはリュール。ーーービールみたいで結構いけるぜ。このつまみはビート。ーー豆かな?」
ビートを摘みながら、リュールを流し込む。
ぷはぁ! 久しぶりだ。
オヤジくさいが、くぅーっと唸ってしまう。
長い串に刺された焼肉も運ばれて来る。恐る恐る口にすると「美味いッ!」思わず口に出していた。
「なんだ?! この肉は? 口に入れるともう跡形もなくなる?!」
脂臭くなく甘味すら感じる。
驚きに目を丸くしていると、何やら騒がしい。
「このクソババァッ、下手にでりゃずいぶん上から来てくれるじゃねーか? こっちは客だぞ!」
「ヘンッ、何いってるんだい? 客と言うならツケ払ってから言って欲しいもんだね」
店主らしきおばちゃんと、冒険者らしき大男が揉めていた。
「このクソババァッ!」
いきなりおばちゃんに平手打ちを放った。
パァンッと叩く音がして、ハッと音のした方を見ると、うずくまっていたのは大男の方だった。いつのまにかコウヤが間に入っている。
「て、てめえっ」
「まあまあーーーお兄さん。酔ったからって僕の大事な人に、手をあげちゃいけないな」
コウヤが、涼しい顔をして立ち塞がっていた。
「てめえは関係ねーだろ!? すっこんでろ!」
「ヘンっ、何言いやがる? 銭も払わんで客だってのが厚かましいんだよっ。おまけに、ケチをつけてツケを踏み倒そうなんざ、見下げ果てた男さ!」
コウヤの背に隠れて、先ほどのおばちゃんが吠えている。
「なんだと!? このババア!」
仲間だろうか? バラバラと集まって来た。
「言っとくがケガすっぞ......」
コウヤはソイツらを睨みながら、低い声で言い放った。
(コウヤーーー。おまえがな......)
心の中で突っ込む。
一瞬たじろいだ男たちだが、コウヤの後ろの男が
襲い掛かって来た。
「マズイッ!」
腰を浮かしかけ、信じられない光景をみる。
コウヤが後ろからの蹴りをかわすと、右腕ですくい上げ軸足を払って転倒させた。
左から殴りかかる男には、左手の亀の先端を叩きつける。
あとは一瞬だった。
剣を抜きかけた男の腕ごと蹴り飛ばし、右手の男にはからだを沈み込ませ、溝うちに右肘で当身を喰らわす。
「うぅぅ......ッ!」
あまりの早技に、さっきまでガヤガヤと騒々しかった酒場が静まり返った。
「さて......どうするかね? まだ続けるか? 」
コウヤが目を細めた。
男たちは、ほうほうの
え? ーーーえ? え?
「みんな、騒がしてすまなかったな!
おいっ、かあちゃんっ! みんなに一杯ずつ振る舞ってくれ。俺の奢りだ」
「あいよっ、助かったよコウヤ」
かあちゃんと呼ばれたおばちゃんは、所々抜けた歯をニッと剥き出しにして厨房に引っ込んでいった。
え? ーーーえ?
隣りに座っていた酔っ払いが、教えてくれた。
「あいつら冒険者ぐずれのチンピラさぁ。金が無いんで絡んでたんだろ。あんなのが、たまにいるからコウヤは時々ここに来てこの店を守ってくれてるんだ」
厨房に消えたおばちゃんを指し続ける。
「あのおばちゃんは、息子を十年前亡くしててコウヤのことを死んだ息子と勘違いしてる」
ズズっ! と鼻をすすった。
「かあちゃんと呼んでやると喜ぶってさ。今時いない、いい男じゃねぇか?」
えーーー?!
あの男たち金払わずに逃げてっただろ?
いいのか? そこは?!
(ふーーー。ま、いいか、コウヤらしい)
気まずそうな笑顔を浮かべて、コウヤが戻って来た。
「なんか悪かったな。騒動なっちまって」
拝むように(亀と)手を合わせてヘコヘコしている。
「で、何だ? お前は悪くないだろ? アイツらが金を払わずに逃げてったのもな」
「あーーーっ!」
「今頃気付いたのか?」
ジョッキと頭を抱えるコウヤ。
「ま、いいっか! さぁっ! 飲むゾォ!」
琥珀色をしたリュールを、ゴキュゴキュ流し込むとぷはぁーっと息を吐き出した。
さっきから、気になっていたことを尋ねてみる。
「なぁーーーなんでこの店知ってるんだ?
ずいぶんな顔じゃないか?」
「まぁーーーいろいろあってなぁ......」
言い辛そうにボソボソ語り出す。
修練をサボって街に逃げていた際、さっきのように絡まれていた店の店主を助けたようだ。
「お礼に」と、連れてこられてからの縁らしい。
「最初は用心棒も居たけど、逃げてったらしいんだよ」
「この世界じゃ、年寄り1人が店やるの大変みたいでさ。それにーーー。んー。なんか、かあちゃんに似てるんだよなぁ。俺のかあちゃんも、田舎で居酒屋やってんの。ほっとけないっつーか」
グビリっ! と残りのリュールを流し込む。
コウヤは、口に泡の髭をつけたまま続けた。
「なぁ。コウ......俺らが守ろうとしてんの、こんな人たちなんだよ。明日なんてわからないし、毎日必死になって生きてんの。
一日、一日が全てなんだ。俺らとおんなじさぁ」
「かあちゃんっ。おかわり!」
もう、真っ赤になった顔で叫んでる。
私はハッ! として周りを見渡す。
三十畳ほどの酒場に、座りきれず立ち飲みをしている者。金の匂いのする男を、値踏みする娼婦。酔いが回って絡んでいる者。
それぞれが、それぞれの時間を生きていた。
「目標のために目的を見失うな......か。そう言いたいのか? コウヤ」
コウヤは、ニンマリと笑って「小難しいんだからコウちゃんも! 王国の誰かを、じゃなくて今ここにいるこの人たちを守ろうって事。
愛おしい人を守る。それが愛でしょ?!」
なんだかペースが狂うな。
少しだけ、コウヤを見る自分の目線が優しくなっているのに気付いた。
コウヤはコウまで寄り道に巻き込んで、次のステージに進む。
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