適性
その日の勤めを果たした御供に、村山が声をかけてきた。
「今日はどうかされたんですか。時間に遅れてくるなんて、らしくありませんね」
「ええ、実は……板垣牧師には相談していたんですけど……」
御供は最近思っていることを村山に打ち明けた。
浜本が最近荒れていて、教誨が辛くなっていること。それが昂じて伝道師、はたまた信仰者であることすら辛くなっていること。今日はサボろうかと思ったことなど。「結局、僕は伝道者には相応しくないのだと思います」
村山は答えた。
「相応しいかどうか、という事であれば、私などは最も相応しくないと思います。いえ、本来なら私などがこんな仕事をしてはいけない……」
いえ、そんなと言いかけて御供は口を噤む。あの水森という記者が見せた写真と何か関係あるのだろうか。気にはなるがおいそれと容易く聞き出せるようなことではない。
「御供先生のお考え、よく分かります。私も信仰者であることさえ放棄したいと思いました。その時、私は何を思ったのか、お遍路巡りに出かけたのです」
「お遍路って、あの四国八十八ヶ所の霊場を拝んで回るというあれですか? どうして先生が仏教の巡礼を?」
「もちろん、偶像に手を合わせるようなことはしません。しかし……あそこには極限の状態で信仰を求める人々が多く集まります。そういう人たちの霊性に触れて、自身の信仰を顧みたいと思ったのでしょう」
「それで……先生は何か覚醒するような体験をなさったのですか?」
「いいえ。ですが、旅の途上で一人の僧侶と出会いました。その方はあらゆる哲学にも通じておられて、牧師でありながらお遍路をしている私にも興味を抱かれて、色々と楽しくおしゃべりしていました。それが、千々岩先生との出会いでした」
「そうだったんですか!」
「ええ。実はこの拘置所に誘って下さったのが千々岩先生でした。もし信仰で悩むなら、死に瀕している人間に接するのが良いと。少なくとも異教の神々に頭を下げる必要はないと逆に叱られてしまいましてね……」
村山は恥ずかしそうに頭をかいた。
「それから教誨師をずっと続けておられるわけですね」
「そうです。まあ、いつまでさせていただけるか分かりませんが。……御供先生はどうされますか、本当にお辞めになりますか?」
御供はしばらく考え、答えた。
「……すみません、これまでたくさん考えて来ましたが、やはり考えは変わりそうにありません。教誨師、辞めさせていただきます」
「わかりました。浜本さんの方は、私が継続してケアいたします。これまでのご奉仕に感謝します」
「いえ。お世話になりました」
御供は頭を下げ、後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、晴れやかな気分で拘置所を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます