牽制。

 磯原拘置所へ向かう村山は、またもやバックミラーの中にあのオレンジ色の軽自動車を見つけた。低速走行する村山の背後に、オレンジ色の車はビッタリとついて来る。

(やれやれ、またか……)

 ところが、今度はこちらが逃げるまでもなく、オレンジ色の車は途中の出口で降りて行った。

(杞憂か……)

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、拘置所に到着すると、すでに北川と御供が待っていた。

「お待たせしました、お呼び立てしてすみません」

「いえ」

 二人同時に返事すると、村山は奥歯にものが挟まったように、もどかしげに話した。

「実は……お聞きしたいことかあります。あなた方は最近、古川死刑囚の事件について調べ回ったりしていませんか?」

 北川と御供は互いに顔を見合わせた。

「はい……」

「やはりそうでしたか」

 村山は額の汗をハンカチで拭き取った。「関係各所から苦情が来ておりまして、私も立場上、勧告しなくてはなりません」

 御供が頭を下げて答えた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ただ、冤罪であればやはり見逃せないと思いまして……」

「気持ちはわかります。ですが、私たちの役目は一度下った判決に意を唱えることではありません。罪人に神の言葉を伝え、神のみもとに導くことが私たちの仕事です。本来なすべきことに徹して下さい」

「しかし……」

 食い下がろうとする御供を、北川が目で制した。ふと村山の顔を見ると、苦渋に満ちていた。彼自身も本心では冤罪を見過ごしたくはないのだ。



 一方、高速道路を降りたオレンジ色の車は、15分ほど走行して1軒の弁当屋の前に停車した。そして車を降りた女は弁当を注文した。他に客はいなかったのである。

「お客さん、すみませんが車を動かしてもらえませんかね。そこ停めてると結構うるさく言われちゃうもんで……」

「目の前に車も停められないとは……随分立地条件の良くないところへお店を建てられたんですね。お金がなかったわけではないでしょうに……」

「すぐに店を始めたかったんですが、あんまり好条件の物件がありませんでしてね……しかし、どうしてそんなことを聞くんです?」

「あなた、つるやという定食屋の元店長・鶴崎さんですよね。殺人事件をきっかけに店をたたみ、ここで弁当屋を始めた……」

 鶴崎は警戒色をあらわにした。

「もしかして記者さんか何かですか?」

「ええ、私、こういう者です」

 と差し出された名刺には週刊毎朝編集部・水森羊子と書かれてあった。鶴崎は汚いものでも見るように一瞥すると、それをポケットにしまいこんだ。

「今更何を聞き出そうって言うんです? 知ってることは警察で全部話しましたよ」

「ではあらためて、警察でお話しになった内容を教えていただけませんか?」

「どうせ調べて来てるんでしょう。古川いう男があの姉妹に付き纏って迷惑してたって話、それだけですよ」

「本当にそれだけですか?」

「……何が言いたいんで?」

「妹の祈里さんは、以前からストーカーにあっていて警察に被害届を出していました。ストーカーは店の客の一人だったと警察で話していました」

「だから、それが古川だったと言うことですよ」

「調べてみると、姉妹と古川とは以前から知り合いだったようです。もしストーカー犯が古川なら、祈里さんはそう言っていた筈です。だから店の他の客にストーカーされていたと考えるのが自然ですが、……鶴崎さん、本当は祈里さんからそのことで相談があったんじゃないですか?」

「私は何も知りませんよ、弁当はサービスしておくから、もうお引き取り下さい」

 鶴崎はそれ以上取り合わず、水森を追い返した。水森は手応えを感じた。知らないと言う者は、たいてい何か隠し事をしている。それが水森の記者としての持論だった。

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