川渡バプテスト教会

 御供はD県にある、川渡バプテスト教会を訪れた。浜本の地元であるD県で、バプテスト派の教会は調べた限りではここだけだった。迎え出てきたのは、JESUSというロゴの入った黄色いTシャツを着た、メタボ腹のオヤジ……すなわちこの教会の牧師、渡辺公三だった。伝道者は身だしなみも気づかうべしと教わって来た御供には、若干だらしなく感じた。

「実は僕、浜本淳一という死刑囚の教誨をしているんですが、話を聞いているとどうやらこちらの教会に来ていたことがあるようなのです」

「浜本って、あの保険金連続殺人の!?」

 渡辺牧師は言ってから表現が少し不適切だと思ったのか、声のトーンを下げて続けた。「失礼しました。あの浜本さんがウチの教会に来ていたとは驚きですが、来た時に新来会者名簿に記入されていればデータベースに入っているかも知れません。パソコンを調べてみましょう」

 渡辺牧師は御供を会堂に招き入れると、事務室へと案内した。そこには、神学校を卒業したばかりと思われる若い女性が、秘書としてデスクに着座していた。

「松浦さん、浜本淳一という人、新来会者名簿にないか調べてもらえませんか」

「わかりました」

 松浦と呼ばれたその秘書は、パソコンのキーボードを叩いて検索し始めた。そしてまもなくその結果が出た。

「ありました。……この人、薮内さんが連れて来た内のですね」

 松浦の表現に引っかかるところのあった御供は尋ねてみた。

「薮内さんが連れて来た内のってどういうことですか? 薮内さんという人はどんな人ですか?」

「薮内なつみという、以前この教会にいた人ですけど、とても綺麗な人でしたよ。だから男の人にはもてて、教育実習の時はたくさんの男子生徒を教会に連れて来たんです。本人は伝道のつもりだったんでしょうけど……私は当時小学生でしたけど、思わせぶりな態度が問題だなと感じていました」

 松浦の言葉には棘があった。色香を振る舞う薮内なつみに、子供心ながら反感を持っていたのだろう。

「浜本さんは、多分その薮内なつみという人につまづいて、それがキッカケで女性不信になったようなのですが、心当たりはありますか?」

「それは多分……彼女の結婚じゃないですか。他所の教会の、湯浅真という人と結婚して、……あの時たくさんの若い男性が教会を離れて行ったのを覚えています。まあ、多分なつみさんに入れ込んでいたんでしょうね」

 松浦は半ば呆れ顔で言った。幼いながらに純真な信心を抱いていた彼女にとって、そんな男たちの浅ましさは少なからず失望だったに違いない。

「その、薮内なつみさんの連絡先はわかりますか? 当時の浜本さんのことでお話伺いたいんですけど」

「いや、一応個人情報ですからね……」

 と松浦が口をつぐむと、渡辺牧師が話を挟んだ。

「ウチの会員の谷口さんにお話を聞いてみてはどうでしょうか。彼もその当時なつみさんに連れて来られた一人ですから」

「それは是非、お願いします」

 御供が頭を下げると、渡辺牧師は即座に谷口に連絡を取った。

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