第86話 天国と地獄、あと、テスト
始まったのはダンスの授業だけではない。同時に剣術と刺繍の授業も始まっていた。
「それではクリスティアナ様、お気をつけて。フェオ、エクス、しっかりとクリスティアナ様を守るようにね。何かあればすぐに連絡すること。いいね?」
「かしこまりっ!」
「任せて」
ピッと元気良く敬礼するフェオとエクス。うんうん、今日も可愛くて元気そうだ。
「クリスティアナ様も二人をよろしくお願いしますね」
「もちろんですわ。シリウス様もお気をつけて下さいね。私達がいないからと言って、他の女性と仲良くしないようにして下さいね?」
「あはは、その点は大丈夫ですよ。私達の剣術のクラスには女性はいませんからね」
「あら、そうなのですの?」
そうなのだ。高位貴族のクラスで剣術を習おうなどと言う女性生徒は皆無だったのだ。まあ、それはそうだな。バトルジャンキーなご令嬢がそうそういては堪らない。
俺達はそれぞれの教室に別れて行った。
剣術の授業は初等部の中庭で行われた。雨の日は室内で筋トレすることになるそうだ。
まずは基本の素振りから。俺は趣味で剣術を嗜んでいたので特に問題なかったのだが、意外にも剣術ができる生徒が少なかった。
何でも、貴族の剣術は嗜み程度で良く、必要ならば腕のいい剣術使いを雇った方が早いとのことだった。
そんなわけで、少し期待していた剣術の授業は肩透かしに終わってしまった。これならクリスティアナ様達と一緒に刺繍の授業を受けた方が良かった。トホホ。
一方の刺繍教室では。
「む、なかなか難しいですわね」
「ねえねえ、何から刺す~?」
「そうですわね。ここは定番のハンカチーフにしましょうか。ハンカチーフの四隅にちょっとして刺繍を施しますのよ」
「お姉様、図案はどうなさいますか?」
「そうですわね。私はシリウス様のイニシャルにしようかと思ってますわ」
「いいわね、それ。あたしはお花が好きだからお花にする~」
「私はこの模様にします」
「あら、二人共いいですわね」
こうして和気あいあいと三人は刺繍を楽しんでいた。そしてそこは好きこそものの上手なれ。どんどんと腕前を上げていくのであった。
「剣術の授業はどうですか?」
「正直、つまらないです」
剣術の授業では、貴族の生徒が怪我をするのを恐れて、模擬戦すら、することがなかった。
ただひたすら素振りと、剣の型の練習をする。これのどこに楽しみを見つけろと言うのか。小一時間ほど問い詰めたい。
「私も刺繍の授業にすれば良かったですよ」
トホホ、とため息をついた。
「そんなこと言って、シリウスは女の子達に囲まれたいだけなんじゃないの~?」
「シリウス様?」
「違う違う! フェオ、余計な勘繰りをするんじゃない」
俺は慌てて否定した。本当にそんなつもりはない。本当に剣術の授業が面白くないのだ、と言うことを全力で説明した。
「それは面白くなさそうね。シリウスについて行かなくて良かった」
「鬼! 裏切り者!」
「ふっふ~ん、何とでも言いなさい」
このフェオの余裕の口ぶり! ちくしょう!
「先生に頼んで、授業を変えてもらおうかな~」
「シリウス様、お気の毒ですが、それはできないことになってますわ」
「残念です……」
今、俺達がいるのは図書室に併設されている学習室だ。
ここで何をしているのかと言うと、何のことはない。夏休み前に行われるテスト勉強である。
初等部一、二年生の時はテストなど行われなかったのだが、三年生からはテストがあるのだ。
その理由はただ一つ。来年の中等部からは成績順にクラスが別れる、いわゆるクラス分けが行われるようになるのだ。
初等部とは違い、中等部からは地方に分散している優秀な生徒が、この王立学園に入学してくるのだ。
そのため、王立学園中等部からは、全ての規模が段違いに大きくなる。使える施設も教室も同級生の人数も。
そして、高位貴族だから、という縛りもなくなる。まだ中等部に平民が入学することはできないが、全ての爵位を持つものが等しく評価されるようになるのだ。テストの成績が悪いと下のクラスに落とされることになる。
おしゃべりもほどほどにして、勉強を再開しようとしたところ、コンコンと俺達が借りている部屋のドアがノックされた。
一体誰だろうか。使用人に目配せをすると、心得ましたとばかりにドアを開けた。
「ルイスにマリア嬢、それにロニーも。どうしたんですか?」
「私達も一緒に勉強をさせていただきたいと思いまして、ロニーと一緒にシリウス様を探していたのですよ。そしたら、同じくクリスティアナ様を探していたマリア嬢に会いまして、こうして一緒にやってきたのですよ」
ルイスの隣でニコニコと頷くマリア嬢。
あー、これは付き合っているな、この二人。リア充爆発四散しろ!
ロニーは何でここに?
「シリウス様、僕に勉強を教えて下さい。僕も上位クラスに、いや、G級クラスに入りたいのですよ!」
中等部の最高クラスってG級って言うのか。なんか、聞くだけでヤバそうなクラスだな。
「それは構わないけど、何で私が頭がいいことになっているのですか?」
「何を言っているんですか! 魔道具作成クラブでの功績を忘れたとは言わせませんよ。あれだけのものを設計しておいて、頭が普通なわけでないじゃないですか。みんな言ってましたよ。『これだけの計算を頭の中でできる人なんて、そうそういない』って」
そうだったのか。特に気にしてなかったけど、四則演算を暗算できるのは凄いことだったのか。ちょっとした驚きだな。
「そういうことでしたら、仕方がないですわね。それではみんなで勉強しょう。シリウス様がみっちりと教えて下さいますわ」
当然だ、とばかりに胸を張ったクリスティアナ様が、どうだと言わんばかりの表情で言った。
張った胸が以前よりも大きく膨らんでいるのは、どうやら見間違えでないことが、この間の王妃様との面会で明らかになったばかりだった。
あのあと、フェオとエクスが自分達の胸も揉んでくれと言って大変だった。
そんな事実はないからね? 確かに肩と胸が凝るからと言われて、クリスティアナ様の肩や胸をマッサージすることは多々あったけどさ。そこにスケベ心とかはないからね? 多分。
こうして新たなメンバーを加えての勉強会が始まった。
テスト内容については、これまで散々家でも学んできたことばかりだったので、大した問題ではなかった。
覚えるのが大変だと思われたこの国の歴史についても、建国からまだ四百年足らずでは、それほど覚えることもなかった。それに、その中の多くの時代で、記憶されていることや、記録が失われている部分が何ヵ所もあったので、ますます覚えるものがなかった。
「この計算が難しいですわ」
「ああ、ここはですね……」
こんな感じて簡単な計算を教えるだけの簡単な作業である。これで凄いと言われるのだから、俺が勉強することはほとんどなかった。
こうして二週間ほど勉強した頃、夏休み前のテストがやって来た。初めてのテストというだけあって、とても簡単なテストだった。こんな問題じゃあ差がつかないのでは? と思っていたのだが、張り出された結果を見てみると、予想以上にその差があった。
テスト勉強してない人は散々だな。仮にも高位貴族なのに、基本的なことすら抜け落ちている人が結構いたことに驚きを隠せなかった。
「やりましたわね、私達、みんな満点ですよ!」
クリスティアナ様が誇らしげに言ったが、何だか釈然としない。
「この点数が低い人達は大丈夫なんですか?」
「その点については、心配はいりませんよ」
隣で聞いていたルイス曰く、このテストの結果は当然親に伝えられ、自分の子供が持つ能力の低さによっては、補佐官をつける必要がある、と認識されるそうだ。
つまりは、このテストは子供のためではなく、親のためのテストなのだ。
ダメな子供には早く優秀な補佐官をつけなくてはならない。親も大変だな。
「じゃあ、満点をとった俺達はどうなるの?」
「親に自慢されるんじゃないですかね?」
「ああ、なるほどね」
お茶会やパーティーで自慢されるのか。まあ、悪くはないのかな? 両親の面子を潰さなくて良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。