第73話 アレクサンドリア図書館①
「シリウス、トランシルには確か、観光をしに行くだけだ、と言っていなかったか?」
「そうなんですけど、色々と不測の事態が重なってしまってですね」
「ほう? それで小さな村を保養地にしたり、ノーザンボーラで新しい燃料を発見したり、伝承としてしか残ってなかったトロッコを復活させたり、魔境の沼地を浄化して資源豊かな湿地帯に作り変えたりしたわけだ」
ちょっと、やりすぎちゃいましたかね? てへぺろ!
南方都市トランシル周辺でのゴタゴタを片付けた俺達は、領都に帰って来ていた。
トランシルに滞在中に、木枠に車輪を付けただけの簡単な構造のトロッコと、トロッコ用レールを作っており、既に鉱山に設置していた。メンテナンスのやり方やレールの作り方は教えているので、余程のことがない限り大丈夫だろう。
まあ、あっさりトロッコの仕組みを作り出したのは問題だったかも知れないが、主にレールを作っただけなので、そんなに大したことではないと思う。レールの上を走らせるという発想がなかっただけで、仕組みが解れば簡単だからね。
全力で目を逸らす俺を見て、お父様が大きなため息をついた。
「ここにいるときくらいはせめて大人しくしていてくれ」
「はい・・・」
俺がやっちゃったせいで、お父様達の仕事がかなり増えているらしい。いつもなら冬の間はゆったりとできるのに台無しだよ、と冗談交じりに伯父さんに言われた。
何か、スマン。諸々の面倒ことをやらなくて済む子供で良かった。
「と、言うようなことがありまして、しばらくは少し自重しようかなと思います」
自分の部屋に戻った俺は、クリスティアナ様、フェオ、エクス、クロ、ピーちゃんに高らかと宣言した。
「確かによくよく考えてみれば、少しやり過ぎなような気がしますわね。でも才気溢れるシリウス様をお義父様も内心は喜んでいるはずですわ」
「シリウスが何か仕出かすなんて、いつものことじゃない。自重しても無駄よ。向こうから寄ってくるわよ、きっと」
何か嫌な例えだな、それ。フラグが自ら寄って来るとか、どこの物語の主人公だよ。
「マスターはそのままでいい。そのままのマスターが好き」
【ピーちゃん!】
「うふふ、そうですわね。少し甘やかし過ぎかも知れませんわね。それでも、シリウス様が活躍するお姿を見たいと思ってしまうのですよ。シリウス様なら何とかして下さるってね」
ピーちゃんは俺達の中で唯一、俺に厳しくしてくれる重要な人物だ。その存在がいるだけでもありがたいと思う。
「ありがとう、ピーちゃん。ピーちゃんのお陰で安心して馬鹿なことができるよ」
【ピーちゃん・・・】
「ちょっとシリウス様、ピーちゃんまで誘惑するのはよくありませんわ」
「ほんとシリウスは節操ないよね~」
見た目インコのフェニックスを誘惑してもなぁ。そんなことするつもりは微塵もないけどね。
「マスター、お腹空いた」
「そうだね、お茶の時間にしようかな」
手を鳴らすと、使用人達がすぐにお茶セットを用意してくれた。
テーブルの上には美味しそうなお菓子と、いい香りのするお茶が湯気を立ち上らせている。
「シリウス、今日から何するの? また暇になっちゃうの?」
「それなんだけど、そろそろ冬も本格化してくるし、外にはそんなに出られなくなるだろうから、館の中でできることをしようと思ってさ。具体的には、この館の中に図書館を作ろうと思っているんだ」
「館の中に作るのですか?」
不思議そうな顔で首を捻るクリスティアナ様。邪魔にならないように後ろで結んでする美しい髪がサラリと揺れた。
「そう。館の一部を使わせてもらおうと思っているんだ」
ガーネット公爵家の館は領都のちょうど中心部分に建っており、外からの攻撃に強い。本の紛失を避けるために、防御力の高い場所に図書館を作りたいと思っていたので、ここが最適なのだ。地方だけあって、屋敷の敷地はかなり広いので、図書館のひとつやふたつ、簡単に建てられそうである。
「そうなると、防犯面が気になりますわね」
「そうですね。聖域結界を展開しますのである程度は大丈夫だと思いますが、他にも考えておいた方が良さそうですね」
クリスティアナ様が目と口を丸く開けた。
「聖域結界に護られた図書館とか、考えてもみなかったですわ!」
その一言にみんなコクコクと首を縦に振った。聖域結界はやり過ぎなのかな? でも、大事な本だしなあ。まあそのことについては、やったあとで決めよう。なるようになるさ。
「それじゃ、やることも決まったし、お母様に許可をもらいに行きましょう」
「あら? お義父様ではなくてですか?」
「そうです。お父様はお母様に頭があげらないので、お母様の許可が出れば大丈夫なのですよ」
そ、そうですか、とクリスティアナ様の顔が若干引き吊っている。ダンディーなお父様の意外な一面に驚いているのかも知れない。
「どこも一緒なのね。シリウスも既にクリピーの尻に敷かれてるもんね」
「そ、そんなことはありませんわ! ねえ、シリウス様?」
「ささ、お母様の部屋はあっちですよー」
「誤魔化したわ」
「誤魔化しましたわね」
無事にお母様に許可をもらった俺達は、早速行動を開始した。
この館には本がまとめられた書庫が一応ある。一応というのは、それが誰からも管理されてないからである。代々購入された本は、一旦は購入した本人の部屋に保管されるのだが、要らなくなるとこの部屋に投棄されるのだ。従って、どこに何の本があるのか、どんな本が眠っているのかは、蓋を開けて見なければ分からないのだ。
「これが書庫・・・シリウス様が城の図書館を絶賛した意味がよく分かりましたわ」
「何ここ、ゴミ置き場?」
「マスター、これを片付けるの?」
エクスがフルフルと首を振っている。やる前から諦めるのはどうかと思うが、この有様を見るとそれも仕方ないのかも知れない。
部屋には本棚がもちろんあるのだが、本はぐちゃぐちゃに入れられており、その侵略者はまるでアメーバのように床にまで侵食していた。当然足の踏み場もなく、一部は崩れていた。これは慎重にやらないと、雪崩に巻き込まれてしまうだろう。
どうみても不法投棄の現場である。
【ピーちゃん?】
「いや、燃やしちゃダメたからね!? こんなんでも、一応貴重な本だからね?」
何でもすぐに燃やして片付けようとするピーちゃん。どうか彼女には、クリスティアナ様と同じように穏やかな心を持っていただきたいものである。
「クロも手伝ってよ。昔、秘書的なことをやったことはない?」
【畏まり。かつて、世界征服のために書物を集め、研究しておりましたので、お任せ下さい】
物騒な単語が出たが、どうやらクロに任せれば、図書館作りは捗りそうだ。
クロはそう言うと、姿を人の形に変えた。そこには、ザ・セバスチャン、といったオーラを醸し出す見事な執事がいた。
白髪交じりのオールバック。ビシッと決まったシワのない執事服に片眼鏡。めちゃくちゃ仕事ができそう。
あんぐりとクリスティアナ様が口を開けた。
「く、クロ、そのようなこともできたのですわね」
クリスティアナ様が動揺するのも無理はない。日頃からクロを膝に抱えたり、抱きしめたり、ブラシをかけたり、もふもふしたり、くんかくんかしたりしてたもんね。
【もちろんですとも、奥様。変身は私の得意とするところです】
片眼鏡の紳士は静かに微笑んだが、クリスティアナ様の顔は引き吊ったままだった。
「ひゃあ!」
「フェオ、どうしたんだ!?」
急いでみんなでフェオの声がした方に向かう。
「こ、こっちにも同じ部屋がある・・・」
フェオがブルブルと子猫のように震えている。どうやら、持ち前の好奇心から隣の部屋のドアを開けたらしい。
「ああ、あと何部屋か同じようや部屋があるから、気にしないで」
「む、無理。これ以上は無理だよぅ」
フェオが早くもギブアップ宣言を出した。
そんなフェオの肩を優しく抱いた。
「大丈夫、やればできる」
「シリウス・・・って、騙されないぞ! そんな優しい顔しても、無理なものは無理だからね!」
チッ、なかなか鋭いな。書庫はこの有様だ。今は猫の手でも、妖精の手でも借りたいくらいだ。
「まあまあ、フェオも落ち着いて下さいませ。一日で全てを片付ける必要はないのですから、少しずつ片付けていきませんか?」
「クリスティアナ様の言う通りだよ。春までにそれなりの形になればいいと思っているから、冬の間の暇潰しだと思って手伝ってよ。何か掘り出し物があるかも知れないよ?」
「掘り出し物? よ~し、面白そうな本を見つけるぞ~!」
フェオのやる気が出たのは大変いいことなのだが、一抹の不安を感じてしまうのは何故だろうか? うちの書庫に呪いの本とか混じってないよね? 信じてますよ、ご先祖様!
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