第67話 鉱山視察
「明日からはどうするの? 魔物を倒しに行く?」
俺達は宿に戻り、夕食を済ませてあとは寝るだけの状態になっていた。みんなリラックスムードでベッドやソファーに座っている。魔物を倒すと聞いて、ピクリとエクスが反応した。
「魔物を倒しに行きたい」
「き、危険なところに足を踏み入れるのですか?」
クリスティアナ様は少し引き気味だった。魔物が氾濫したときも震えてたもんね。魔物にはかなりの恐怖心があるようだ。俺も実際に魔物に対峙したことがないので、同じような感じだけどね。
「それなんだけど、街と村で聞いた話で少し気になるものがあってさ。何でも、この街から少し北に行ったところにある鉱山で問題が発生しているみたいなんだ。どうも、魔物が発生していたり、そのせいで鉱山開発が遅れていたりしているみたいなんだ。魔物退治のついでにその村の視察にも行きたいと思っているんだけど、どうかな?」
「鉱山って、温泉はあるの?」
「ないんじゃないかな。でも、お風呂くらいはきっとあるよ」
「お風呂があるならいいかな~」
いつの間にかフェオはお風呂好きになっているようだ。お風呂に入ると気持ちがいいもんね。その気持ちは分かる。
「鉱山は重要な資源ですものね。視察に行くだけでも十分に価値がありますわ。具体的な問題はその村に行ってから調べるのですわよね?」
「そうなるね。又聞きだけだと、どうしても違う情報が入り込んでしまうからね」
「それでは明日はその村に行きましょう。では、今日はもう休みましょう」
クリスティアナ様はそう言ってベッドに横になった。フェオもエクスも続いてベッドに入る。俺は部屋の明かりを落とし、クリスティアナ様の隣に滑り込んだ。
クリスティアナ様からは実にいい匂いがする。いつもの場所に移動する途中で触れた肌は、サラリとしていて気持ちが良かった。
もう少し触りたいな、と思っていると、早くも眠りに落ちたと思われるクリスティアナ様が、俺の腕を両手で抱え込んだ。
次々と柔らかい感触が腕に走った。そして、まるで猫のように頭を擦り付けてきた。空いている方の手で優しく頭を撫でてあげると、満足したのか、そのまま動きを止めた。
やれやれ、と今度こそ寝ようとすると、今度は反対側のエクスが・・・
「ここが鉱山の村か。この規模だと村と言うよりかは町だね。ずいぶんと賑わっているような気がしますね」
「本当ですわね。とても何か問題が起こっているようには見えませんわ」
クリスティアナ様の言う通りであり、パット見た感じでは特に異常は見られなかった。
事前に申し入れをしていたこともあり、すぐに町の町長と対面することができた。
「ようこそおいで下さいました。ここノーザンボーラを任せていただいておりますレスターです。このような辺境までお越しいただき、ありがとうございます」
レスターさんが丁寧な口調で言った。見たところ、非常にガタイがよく、おそらく以前は騎士だったのだろう。所作も洗練されている。
「大人数で突然押し掛けてすみません。トランシルではここは村だと聞いていたのですか、どう見ても立派な町ですね。レスターの統治の手腕がいいみたいですね」
「ありがとうございます。ここ最近、急に人が増えてきたものでして。昔は騎士団で指揮を執ったこともあるので、人や物資の使い方に慣れているのが役に立っているのかも知れません。あとは、やはり妻のお陰ですかね」
最後の方は照れ隠しのように頭を掻いた。夫婦仲は大変よろしいようだ。
「なぜ騎士から町長になられたのですか?」
「私の妻が村長の娘でして、私がここに嫁ぐ形で入ったので村長を任せられたのですよ」
「任せられた、とは?」
「ええ、前村長はご健在なのですが、私が手伝っているうちに、私に村長を任せた方がいいという結論に至ったようでして、隠居したのですよ。もちろん手伝ってくれますが、慣れない仕事に毎日苦労してますよ」
そう言いながらも村を町まで発展させたのだ。その手腕は間違いないようだ。
そのままレスターは町を案内してくれた。
町の真ん中にはメインストリートがあり、その両脇にはいくつもの店が並んでいた。そしてその道の先にはこの町の発展の原動力となっている鉱山があった。今も多くの鉱山従事者が向かっている。
「別に変なところはないわね」
フェオが首を傾げている。その声が聞こえたのか、レスターが振り返った。
「妖精様、変なところとは?」
初めて妖精を見たレスターや町の役員の人は大変驚いた。まさか伝説の妖精をこの目で見ることができるとは、と。エクスは人型をしていたので特に話題にはならなかったが、バレるとまた騒ぎになるかも知れない。クリスティアナ様が俺の婚約者だということは国中に知れ渡っているので、そこまでは騒がれなかったが、緊張した感じで、丁寧に扱われていた。やっぱり視察は庶民の心臓に悪いのかも知れない。
温泉村はそれらの情報が入っていなかったのか、妖精のフェオが周囲をざわつかせただけで済んだ。
国のお姫様が来ていたと知ったら、みんな腰を抜かしていたかも知れない。やはりなるべく内緒にしておいた方が、一般人の心臓にはいいのかも知れない。
「いえ、大したことではないのですが、近くの魔境の飛び地から魔物がときどき現れて被害を受けているとか、鉱山で何か問題があったようだ、という話を耳にしましてね。視察のついでに、何か問題があれば、解決できないかなと思いましてね」
「な、な、なんと! 領主のご子息様自らがですか!? さすがは王国一と言われるガーネット公爵家。感服いたしました」
レスターは感動にうち震え、平伏した。全然そんなことになるとは思ってなかったので、久々に背中に嫌な汗が流れる。
端から見れば、子供に平伏する町長の構図である。あまり他の人に見られたくないな・・・。
「レスター、そのくらいで。シリウス様が困っておりますわ」
「ハッ! 申し訳ありません。領主の一族の方がわざわざこんな辺境の地まで足を運んで下さることなど聞いたことがありませんでしたので、つい、感激してしまいました」
レスターはクリスティアナ様の声でようやく頭をあげた。でも、さすがのクリスティアナ様だな。俺のことをよく分かってくれている。
思わずニヨニヨとクリスティアナ様の顔を見ていると、こちらに気づき、頬を朱に染めてうつむいた。
はい可愛い俺の嫁。
やはり領主の関係者が視察に行くのは、珍しいことのようだ。改めてそう思う。暇だったからという理由でやるべきことではないのかも知れない。
「そ、それで、改めて町長の話をお伺いしてもいいですか?」
「そういうことでしたら喜んで。早急に対策が必要と言うわけではないのですが、近いうちに何とかしなければと思っている問題がいくつかありましてね」
町長の話によると、問題の一つ目が、この町の近くに魔境の飛び地があり、そこからときどき魔物が出てくることがあるらしい。どうやらその飛び地が小さいために、すぐに魔物が飽和状態になり、外に出てくるのではないか、ということだった。
魔物が魔境から出てくる期間に周期性などがないため、常に警戒しておく必要があり、周辺の警備に非常にコストがかかっているらしい。かと言って、放置して町に被害があってはたまらない。
すぐにでも魔境の魔物を全て討伐して、安全を確保したいそうなのだが、こんな辺境の地まで来てくれる冒険者を募ると、かなりのお金がかかる。そのため、二の足を踏んでいるということだ。
魔境の魔物を全て討伐できるほどの冒険者を揃えるのはかなりのお金がかかるだろう。ケチって取りのがしがあれば元も子もない。確かに頭の痛い問題だろう。
二つ目の問題は薪となる木がなくなりつつあるということ。
この辺りは冬でもそこまで冷え込まないため、本来なら食事の準備や風呂を沸かすときくらいしか薪は使わない。
しかし、この町は鉱山の町であるために、鉱山から産出した金属を利用した金属加工の工房が数多くあった。そのため、金属を溶かすために大量の薪が必要となり、その結果、森や草原の木々が枯渇しつつあるのだ。
確かによく見ると、禿げ山になりつつある。放っておけば、最悪雨で土砂崩れなんかもありえる。
そして、最後の問題は、鉱山で黒い石が大量に採掘されたということだ。元々、この鉱山は鉄鉱石を中心に銅と銀、それに少量の金が採掘されていた。ところが、最近の拡張工事で黒い石が大量に採掘された。
それを見た鉱山従事者は山神の祟りだと恐れをなし、一部で採掘がストップしているらしい。
「それって、コークスなんじゃ・・・」
「コークス?」
「うん。簡単に言うと、燃える石かな」
「石って燃えるの?」
さっきからフェオが首を傾げているが、何でこんなに愛らしいのか。俺の嫁だからか?
「そのようなお話は聞いたことありませんわ」
クリスティアナ様も首を傾げた。こっちも可愛い。どうしちゃったの、俺の嫁達。思わず顔がゆるんだ俺を見たであろうエクスが、俺の腕に絡みついてきた。
「むう」
頬を膨らませるエクス。もしかして、嫉妬している? もうそんな感情も習得してしまったのかい? うん、膨らんでるエクスも可愛いよ。
そう思ってエクスの頬をつつくと、プシュと空気が抜けた。ごめん、ごめんとエクスの頭を撫でてあげると、機嫌を直してくれたようだ。
「実物を見て見ないと分からないけど、もしコークスなら使いようが色々とあるかな」
「ねぇ、シリウスは何でそんなこと知ってるの?」
「え? そ、それは前に見た本に載っていたからだよ?」
「そうなのですか? 私は見たことがありませんわ。一体、どの本に載っていたのですか?」
「え~っと、何だったかな~?」
まさか、石炭のことは知られてないのかな? そんなはずはないよね。コークスは他の土地でも採掘されているはずだ。だが、黒い石を見て、それが悪い物だと思ってしまったら、それ以上掘り出さないかも知れないし、それを何かに利用しようだなんて、考えないかも知れない。
「とにかく、まずは現場に行ってみようか」
「そうね。事件はここじゃなくて、現場で起こってるもんね!」
「黒い石、何だか聞いただけでも恐ろしいですわ。シリウス様はそんなことないのですか?」
「う~ん、別に黒色に嫌な感じはしないかな。だって俺の髪は黒だし、クロも黒色だしね」
「あ、いや、そのようなつもりで言ったわけではありませんわ!」
「分かっていますよ、そんなつもりでないことくらい。クリスティアナ様は暗闇が苦手だから、きっと暗い色を恐ろしく感じてしまうのではないですかね? 暗闇が嫌いな人は結構いますからね。エクスはどう思う?」
「艶々して、綺麗で好き」
俺の髪を触りながら、反対の手ではクロをも振っていた。黒色が好き、というよりかは、俺の髪もしくはクロの毛並みが気に入っているようだ。
【黒は魔族の持つ色。それで本能的に嫌悪する者もいるのかも知れません。赤が炎を、青が水を連想させるようにね。主が気にすることではありません】
クロの言う通りかも知れない。いつの間にか身についてしまった刷り込みは、そう簡単には消えないのかも知れない。
「クリスティアナ様、道が険しくなって来ましたよ。手を繋いで行きましょう。エクスはこっちの手ね」
クリスティアナ様が左手を、エクスが右手をギュッと握った。先ほどの発言を気にしているのか、クリスティアナ様の元気がなかったが、手を繋いだことで元気を取り戻しつつあった。フェオは俺の頭の上で鼻唄を歌っている。楽しそうで何よりだ。
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