第22話 聖人③
そんなこんなで魔法の訓練を何日か続けていると、魔物を鎮圧したという報告が入ってきた。
ホッと安堵したのも束の間、今回の魔物の鎮圧では、少なくない数の犠牲者が出ているという話が流れてきた。
平和な時代が続いていたこともあり、兵士の質は確実に落ちていたようである。
ガーネット公爵領にも魔物の軍勢が押し寄せたそうだが、さしたる被害もなく鎮圧したという報せが随分前に来ていた。さすがはガーネット、伊達に練度が高い戦力を保有してない。
「シリウス様、今こそ日々の鍛練の成果を見せる時ですわ!」
「その考え方を否定するつもりはありませんが、負傷兵が治療を受けている場所に直接行くのは止めた方がいいかと思います。酷い怪我をした人達がいるはずですし、それを目の当たりにすれば、きっとクリスティアナ様の心の傷になるはずです」
クリスティアナ様の目を見て、しっかりと言った。
クリスティアナ様はしばらく考えた後に、ハッキリと言った。
「それでも、私は行きますわ。そのために、毎日訓練してきましたもの。戦えない私の代わりに傷ついたのです。その傷は私が癒しますわ」
「分かりました。それならば、私も一緒にお供いたしましょう」
思った以上に心の強い子のようだ。覚悟があるのならば、それでいい。
負傷兵達は、怪我の程度の低い人達が集まっている野戦病院と、重症者が運び込まれている城内の治癒院の、主に二ヶ所で治療を受けていた。
当然、クリスティアナ様の使えるレベルの魔法で治癒できる野戦病院に俺達は向かった。
王都の郊外にある野戦病院へは、かなりの人数の護衛付き馬車に乗って向かうことになった。一応はお姫様のクリスティアナ様。ちょっとそこまで行って来ます、では済まないらしい。第一王妃に目をつけられないように、あまり目立ちたくなかったのだが。
馬車がたどり着いたその場所は、広い敷地の中に大小様々な茶色のテントがいくつも設置してあり、比較的傷が浅い人達は大きめのテントに、傷が深くなるほど小さめのテントに集められていた。
「これはクリスティアナ王女殿下、先触れは来ておりましたが、まさか本当に激励に来て下さるとは思ってもおりませんでした」
野戦病院のトップと思われる人物が急ぎ足でやって来た。
治療の必要がいる人達は沢山いる。この忙しい時に、と内心は思っているのかもしれない。
「激励はもちろんですが、兵士達の治癒もするつもりです」
「な、何ですと!?」
思ってもみなかった、という表情をしていたが、すぐにクリスティアナ様が本気であることを理解して治療の現場へと案内してくれた。
「兵士の皆様、貴方のお陰で無事にこの国は、この国の民は守られましたわ。ありがとうございます」
そう労いながら、クリスティアナ様は次々とリラックスの魔法と治癒魔法をかけていった。
その度に兵士達からは、女神様だ、とか、天使様だ、とか、聖女様だ、とか言われていた。
フェオ先生の熱血指導のお陰で魔法効率も良くなり、少しの魔力量で癒しの魔法が使えるようになっており、治癒の効果も高くなっていた。
「フェオもたまには役に立つな」
「たまにって何よ。いつもでしょ?」
はいはいと言いながら二人でクリスティアナ様を見守っていた。
始めは俺も治癒魔法を使っていたのだが、男性陣からの評判はあまり良くなく、少数の女性の兵士を癒したところでストップした。なお、女性兵士からの評判は良かった。
そりゃ俺だって、白衣のオッサンよりも、白衣の天使に癒されたいさ。
「重症者が見つかったぞ!だが、とても治癒院までは持ちそうにない。ここで何とかしてくれないか?」
突如、大きな声が野戦病院内に響いた。
魔物の鎮圧は終わったが、被害状況の確認は現在進行中だ。新たな怪我人が発見されることもあるだろう。
野戦病院内に緊張が走った。すぐにその患者は小さめのテントに運ばれていったようだ。
「私達も行きましょう、シリウス様」
クリスティアナ様は意を決した表情で、すぐにそのテントへと向かった。少し考えたが、俺もその後を追った。小さめのテントが乱立している区域を通って行く。どうやら治癒院に行くことができない兵士達がかなりいるようだ。
「王女殿下、このような所にまで!?」
先に案内してくれた人は優秀な治癒師だったようであり、すでにテントに駆けつけて治療を行っていた。
まかさかこんな重症者のいる区域に来るとは思ってなかったのだろう。複雑な表情を浮かべ、手伝ってもらうべきか否かを迷っていた。
「こちらのカーテンの向こうに居るのですね」
そうとも知らないクリスティアナ様は、俺が止めるべきか一瞬迷った隙に、迷わずカーテンの向こう側に向かった。
「う・・・」
クリスティアナ様のうめき声を聞いて、慌てて向こう側に向かった。やっぱり止めるべきだったという後悔と共に。
そこには体の一部を欠損した兵士が横たわっていた。意識は朦朧としており、どうやらそんなに長くは持ちそうになかった。
その様な状態にも関わらず、クリスティアナ様は一瞬足踏みしたものの、すぐに嗚咽を堪えながら必死に魔法をかけていた。
「ううう・・・母さん・・・」
「これではもう・・・」
治癒師達も治療を止めていた。他に治療が必要な人達はまだ大勢いる。同じ魔力を消費するなら、そちらに使った方が助かる人達も多い、との判断だろう。
大勢を救うためなら、少数の犠牲はやむを得ない。その判断が本当に正しいのかは、ここにいる誰にも分からないことだった。
クリスティアナ様にはその判断は受け入れられないようで、ポロポロと真珠のような涙を流していた。
「シリウス様、せめて、楽にしてあげて下さい」
「ええ、分かりました」
他ならぬ俺の大事なクリスティアナ様の為だ。汚れ役でも、何でもやってやろうではないか。
勇敢に戦い、傷ついたこの者に清らかで静かな安らぎを。全ての苦しみからの解放を。
「ウルトラリラックス」
静かに、囁くような魔法の言葉に魔力が応え、暖かな光が兵士を包んだ・・・までは良かったのだが、その光はとどまることなく、尚一層輝きを増していった。
あまりの輝きに目がくらみ、視界を手で覆った。周囲も、この光はなんだ、と騒ぎ始めた。
ようやく光が収まると、そこには在りし日の姿を取り戻した兵士の姿があった。
「な・・・これは一体!?」
治癒師達が困惑気味にザワザワと騒ぎ始めた。が、こちらもかなり困惑している。どうしてこうなった!?もしかして、全ての苦しみからの解放、を願ったのが不味かったのか・・・
「うん。完全回復してるわね。意識は戻ってないみたいだけど、叩いておけばきっと起きるわよ」
そう言ってフェオはまだ意識を取り戻していない兵士をおもいっきりビンタした。
ぺシーンとなかなかいい音がした。
「ちょ!母さん!?・・・あれ?」
バイオレンス的に叩き起こされた兵士は今の状況が飲み込めず、困惑して辺りをキョロキョロと見まわしていた。
「大丈夫か、しっかりしろ」
側にいた治癒師が落ち着かせようと肩を揺すり、声をかけた。
「今、美しい花が咲き乱れている草原にある川の向こうから、母さんが笑顔で手招きをしていたんだ。それで川を渡ってようやく母さんの元にたどり着いたと思ったら、笑顔でビンタされて・・・」
「・・・」
危なかった。もう少しで帰らぬ人になっているところだった。功労者のフェオは肩を震わせながら顔を背けていたが。
「流石はシリウス様ですわ。ありがとうございます」
未だポロポロと涙を流し続けていたが、声は幾分か明るくなっていた。
これで良かった、という事にしたい。
「完全回復魔法が本当に存在していたとは思いませんでした。しかも、実際に使える人がいるとは!」
興奮気味に治癒師の一人が言った。
「そりゃそうだよ。シリウスに使えない魔法はないよ。でも、魔力とか体は大丈夫なの?あれだけの魔法をノーリスクで使えるとは思えないんだけど」
俺に使えない魔法がないのかはさておき、さっきの魔法はノーリスクだし、ノーリターンだよ!だが、ナイスフェオ。この場を凌ぐいい考えが思いついた。
「う・・・」
俺はうめき声を発して、その場に屈みこんだ。
そうだ、リスクがあったことにして仮病を使おう。
「シ、シリウス様!?」
驚嘆の声をあげたクリスティアナ様が真っ先に俺にしがみついてきた。う、色々と柔らかい!これはこれで……
「何か、嘘っぽい」
フェオがジト目でこちらを見ている気がするが、今は無視だ。これ以上の偉人認定はゴメンだ。何としてでも逃げ切るんだよ!
「ハッ!魔力切れですわね!?私も先ほど何度もなりましたわ。でも大丈夫!この魔力回復ポーションを飲めば直ぐに良くなりますわ」
そう言うと、後ろの控えが持っていた箱からポーション瓶を取り出した。
ああ、あの不味そうなやつね。凄い顔して飲んでたもんね。その光景を思い出し、思わず顔をしかめた。
「ハッ!もしかして、もう飲む力もありませんの!?」
それを見たクリスティアナ様は、何やら勘違いをしているみたいだ。
と思った時には、すでに魔力回復ポーションの蓋をあけ、自分の口に含んでいた。
そして、間髪を入れずに俺の口の中に流し込んできた。口移し移しで。
呆気にとられる一同。俺も想定外の出来事に石化した。
「シリウス様・・・?」
突然の沈黙に、クリスティアナ様が首を傾げた。
クリスティアナ様とのファーストキスがゲロマズポーションの味とか、最悪だ。
「あの、シリウス様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。お陰で良くなったよ」
「本当に!?良かったですわ」
クリスティアナ様に他意はない。本当に安堵しているようだった。
「あ~!クリピーだけずるい!次はあたしもやる~!」
対抗心を燃やしたフェオが、また、妙な事を言ってきた。
「構わないが、フェオ。死ぬほど不味いぞ」
「やっぱやめとく~」
簡単に手のひらを返した。ふっ、チョロイな、フェオは。
「シリウス様、まだ死の淵に立たされている兵士が何人もいるはずですわ。どうかその方達も助けてあげて下さいませんか?」
両手を前で組み、瞳を潤ませて上目遣いで聞いてきた。
人、それをおねだりと言う。
もちろん、クリスティアナ様にそのような邪な感情は無いだろうが。
そんなことをされれば、当然断ることはできず、つい、
「分かりました。できる限りのことはやりましょう」
と、言ってしまった。
その後は傷の程度が酷い重症者から治療にあたることになり、結果としては何人もの命を救うことができた。
だが、問題もあった。
さっきの仮病のせいで、一人治療をする度にクリスティアナ様が、毎回、魔力回復ポーションを飲ませてきたのだ。
もちろん、口移しで。
その度にフェオは歯軋りをし、腕輪の状態で左腕に収まっているエクスカリバーはプルプルと小刻みに震えていた。
え?嫉妬?いや、そもそも君、口無いでしょ。それ以前に性別あるの?女の子なの?ああ、イエス、イエス、なのね。え?人型にもなれる?もちろん却下で。二人でも大変なのに、三つ巴とか精神的に限界なのでやめていただきたい。
お城の治癒院よりも先に全員の治療を終え、解散した野戦病院。
その功労者として俺とクリスティアナ様は名前を残すことになった。
ジュエル王国の聖者として。
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