07:Thinker×Opener

「やあ、元気そうだね」

 武装警備員が男の職場を訪れた。

 これで3回目だ。

 男は自分がマークされている事を確信した。

「どうも、今日もお疲れ様です」

「近くに来たから寄ってみただけだよ。一度テロリストに顔を知られたら、後になって殺害されるって事もあるから心配でね」

 よく言う。

 つまり、今俺が殺されるなり、行方不明になったところで、全てはテロリストの仕業という事になる訳だ。

 これは警告であり、揺すりだ。

 身の危険を感じてテロリストに泣き付くように仕向けているのだ。

 資料を手にして既に1週間が過ぎている。

 あれ以降、俺は自宅と職場の往復しかしていない。

 恐らく、尾行も既に付いている。

 傍からは心配している様に見えるが、要は『尻尾を出せ』と言っているのだ、この武装警備員は。

 まぁ、出す尻尾もないのだが。

「ありがとうございます。でも、私よりも私の彼女の方が心配です……。あの場に一緒にいたので、私が盾になってはいましたが、顔を見られたのではないかと……」

「安心してくれ。彼女の方もしっかりと警備員を付けている。今の所、危険な目には遭っていないと報告を受けているよ」

 つまり、人質だ。

 まぁ、予想通りだった。

 これで何もなければその内尾行も外されるだろう。

「それを聞いて安心しました。本当に、ありがとうございます」

 男は深々と頭を下げた。

「そんな、市民を守る事が我々の仕事だからね」

 武装警備員はそう言い残して去っていった。

「頻繁にいらっしゃいますね、あの人」

 受付の女の子が男に言う。

「テロリストに顔を見られたから心配なんだって」

「え?テロリストに!?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「私は聞いてませんよ?」

 受付を振り返ると、男はギョッとした。

 料理人の女だ。

 何故、こんなところにいるんだ。

「前の子は!?」

「あぁ、何でも上司との不倫が会社にバレて、辞めましたよ?男の方も左遷されたとか」

 ニコニコと笑う女。

「そ、そうなんだ……」

「それより、今日一緒にお食事でもどうですか?私、料理得意なんです!」

 いや、それは既に知っている。

 ここで誘いに乗ったら危険な気がしてならない、いろんな意味でだ。

「いや、遠慮しとくよ。最近、物騒みたいだし」

 男は笑いながらその場をそそくさと後にした。

 武装警備員だけでなく、テロリストも俺に監視を付けた。

 頭を抱える以外なかった。



 その日の夜。

 回収した資料も全て読み終えた。

 資料の内容は、細かな歴史資料から、戦中の無線の記録に至るまで、それは多岐にわたっていた。

 そして、それらの資料は『ルナシティ共和党は中国共産党である』事を証明するものだった。

「はぁ……」

 溜息を吐きながら、白頭鷲のエンブレムが印刷された命令書を置く。

 アメリカの正式な命令書の複写だ。

 それだけではない、アメリカCIA、ロシアGRUなど、世界中の諜報機関の命令書もある。

 内容はどれもルナシティ内部の洗い出しだ。

 状況証拠は揃っていても、物的証拠がなかったのだろう。

 それはアメリカだけでなく、ロシアやEUも同じだった様だ。

「しかし……」

 それを知った所で、男にはどうしようもない。

 今現在の生活を投げ捨てて、彼らテロリストと行動を共にする気もない。

 確かに、過剰な監視社会ではあるが、通常の生活には何ら支障はないからだ。

 そして、男は決心した。

「この資料、捨てよう」

 こんなものがあっては、社会に混乱をもたらすだけだ。

 地球とは物理的な接続さえ出来なくなった現状、ルナシティしか存在しないのなら、何も知らずに生活する方がいい。

 何も知らない事が、一番幸せなのだ。

「そうしよう」

 男は資料を焼却する事にした。

 武装警備員に渡してもいいが、それだと自分が捕まる可能性が高い。

 それに、その資料が何処かに漏れる可能性だってある。

 自分の手で全てを焼却しなくては安心できないだろう。

 男が資料の全てを隠した時だった。

 突然自宅のドアが開けられた。

 施錠していたドアが吹っ飛んだのだ。

 それと同時に3人の武装警備員が雪崩れ込んで来る。

「な!?」

 男はあっという間に取り押さえられた。

 1人はあの武装警備員だ。

「知っている事を全て話せ!」

 うつ伏せに押さえられ、全く状況が分からない。

「どういう事ですか!なんで俺が!」

「貴様はテロリストと繋がっているだろう!」

「証拠のないのに!こんな事は許されない!」

「しらばっくれるな!この放送!この場所に見覚えは!」

 そう言って、端末を操作してホログラムの映像を映し出した。

 それは何処かの倉庫のような背景だった。

「何だ……?」

 画面の中央にリーダーの男が映っている。

「これは……?」

「今現在、ルナシティとその関連コロニーの全チャンネルをジャックして流されているライブ映像だ!」

「ライブ!?」

 男はハッとした。

 『終着点に到達しようとしている』と感じた、そのがこれだ。

「警備員さん!音を大きくして!」

「何だと?」

「いいから!奴らの目的が何なのか、喋るかもしれない!」

 音量が大きくなる。

「もう一度繰り返す。我々の目的は、地球と月を再び繋ぐ事だ。ルナシティへの攻撃は目的としていない」

 リーダーの男は静かな声で話していた。

「再び繋ぐ事で、何が起きるのか、我々も想像できない。戦争なのか、交渉なのか、友和なのか、敵対なのか。それは君達が決める事だ、我々ではない」

 リーダーの男は立ち上がる。

「現時点で、武装警備員に取り押さえられている人間が少なからずいるだろう。しかし、その人達は全く無関係だ。なぜなら、我々はこの場にいる14名で全員であり、支援や協力してくれた人間などいないからだ。無実の人々を即刻解放しろ」

「何をぬけぬけと!」

 武装警備員は忌々し気に舌打ちをした。

 まぁそうだろう。

 テロリストの言う事など信じない。

「言っておくが、そんな事をしている場合ではないのだ。我々が再び地球と月を接続した後の事を考えた方が良い。もし戦争になった場合、ルナシティが持つ武力は君達のみだ。対処しきれるとは思えないがね」

 何とも嫌味な言い方だ。

「クソ!コイツを留置所に入れる!それから対処すればいい!」

「ちょっと待ってください!テロリストの目的、『繋ぐ』の意味が全く分からない!今闇雲に動くのは危険です!俺は留置所でも構いませんけど、奴らの目的が何なのか見極めてからじゃないと、対処が遅くなる!」

「確かに……」

 男は必死に頭を回転させた。

 捕まりたくないと言うよりも、どう考えてもルナシティの危機だからだ。

 人類の危機と言える。

「貴様、何か知っているのか?」

「俺が知ってる事なんて、報道されてる事くらいですよ!前回の掃討作戦でテロリストの数も激減している。出来る事なんて限られている筈です」

 男はそう言いながら、画面を注視した。

 この場所は何処なのか。

 それさえ分かれば、食い止める事が出来るかもしれない。

 しかし、それは叶わないだろうと言う気もする。

 リーダーの男の顔が、あまりにも清々しいものがだからだ。

 既に完遂した。

 そうとしか見えない。

「フフ、『賢い君』、見てるかい?」

 画面越しに男に話し掛け始めた。

「巻き込んでしまって申し訳なかったね。今、取り押さえられているかな?本当にすまない。何なら連れてきても良かったんだけど、君の様な人間はこれからのルナシティに必要だと思う。だから、君には生きていて欲しいんだ」

「何言ってるんだ……」

 男は思わず呟いた。

 コイツらは、死ぬ気なんだ。

「我々は、もう君達の手の届かない所にいる。見たまえ」

 画面は宇宙空間を映し出した。

「我々はとあるコロニーから既に出航している。目的地は地球だ」

「な!?」

「我々の手元に残った、最後の武器。それは旧アメリカ製の核弾頭1発だ。これを使って、地球を覆うデブリ帯の中に、穴を開ける。より確実に実行する為、この宇宙船ごと、デブリの中に突っ込むつもりだ」

 リーダーの男は笑顔で言った。

「作戦名『Hole of the GLORY』。人類の更なる発展の為、ルナシティはもう一度地球と向き合うしかない」

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