第5話 キシュナウ市街戦1〜シュフェト地区の戦況は一変する〜
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午後2時45分
シュフェト地区近郊
キシュナウ市街地内はそこかしこから銃声や魔法によって生じた爆発音が響いていた。硝煙の臭いが立ち込める様はまさに最前線。その中を僕達は身体強化魔法を付与した上で駆けていく。
前世でしていたように、冷静な判断を下せるよう意図して感情をフラットにさせるスイッチを脳内で入れる。周りも僕の纏う空気を察したのか表情を引き締めさせた。
勝てる戦いだと確信していても決して慢心せざるべからず。選抜後の訓練の際には定期的に顔を出して訓示しておいた言葉をよく覚えている彼等ならやれると確信しているとエイジスから情報が伝えられる。
「十二時方向に敵一個大隊、二時方向及び十時方向にも各一個大隊は変化なし。妖魔軍展開部隊は自身に魔力等練度有利と見て各防衛箇所に分散配置。三方向から応戦を受けている為、現在当該地区は膠着状態」
「了解。作戦通り中央はここにいる一千で、分散させた各六百には敵両翼部の足止めをしてもらおうか。左右の部隊長へ連絡。突撃を合図として魔法無線装置で連絡して攻撃を開始するように」
「了解しました!」
近くにいた下士官にそう伝えると、彼は二百メーラ後方にいる魔法無線装置を背負う兵と通信要員、それらを護衛する部隊へ連絡してもらう。
この旅団設立の際に、試験的にだけど大隊規模で魔法無線装置――通信可能距離はさほどいらないので走っても携行可能な小型タイプ――の運用を始めている。特殊な旅団という性質もあり前線における円滑な情報伝達を目指しているからだ。
これまでは各隊長による現場判断に任せていたけれど、魔法無線装置を用いればエイジスによる精密な戦況が各部隊に伝わる。今回の場合であれば一個連隊が一匹の猛獣として敵に対して猛威を振るうことが出来るってわけだね。
本当は中隊規模、理想としては小隊規模で運用した上で野戦指揮所を設置して情報統括出来ればいいんだけれど、小型魔法無線装置が揃っていないというハード面、扱う人の育成というソフト面の整備にはまだ時間がかかるのでそこまで至っていない。けれど、大隊規模で運用出来るようになるだけでかなり変わるだろう。
さて、情報整理をしているうちに戦闘区域から一キーラ地点にまで僕達は到達する。
「遠距離射撃部隊は五百メーラで停止! 横隊を組成して絶え間なく法撃する準備を!」
「はっ!」
「中距離支援射撃部隊は友軍と共に後方支援の準備に! アレン大尉、任せたよ!」
「了解ですアカツキ少将閣下!」
「近距離特化部隊は僕と共に突撃! 喜べ、我が旅団の一番槍だ!」
「応ッッ!」
「リイナ、戦闘中は君の判断に任せるよ。アブソリュートで好き放題やっちゃって」
「任せなさいな、旦那様。一番の戦果をもぎ取ってみせるわ」
隣にいるリイナは普段の外向けのお淑やかさはどこへやら。凶悪な笑みを浮かべる。戦う奥さんはとても頼もしいね。
「広場まで距離四百です、マイマスター」
「了解エイジス」
「正面の敵捕捉を開始。――二、一。オールロックオン」
「見えた。――総員、加速! 瞬脚、
交戦中の味方が大きく見えてきたところで僕やとエイジスやリイナと一緒に戦う、剣型や槍型、細剣型の召喚武器を主兵装――副兵装として同型だが銃身の短い魔法銃を腰に装備――としている近距離特化部隊選抜三百は、身体加速魔法を二重展開し魔法障壁も展開させ駆ける速度を上げる。
援軍の到着に歓声を上げる味方に勇気づけられ、心身を最高値まで昂らせる。
そして広場まで到達したところで、僕はツイン・リルを鞘から抜いて戦いの狼煙を上げる。
「抜剣抜槍! 吶、喊っっ!!」
『うおおおおおおおおお!!』
「銀世界、極地をも凍てつかせる光をここに。アブソリュート・デュオ!!」
開けた空間である広場に辿り着いた瞬間、味方が築いていたバリケードを身体強化魔法の付与された身体で飛び越えると、すぐ後ろにいる部下達は咆哮して突撃を敢行。
これまで膠着していた戦場に突如として白兵戦の訪れに戸惑う、広場に中央に陣取っていた妖魔軍の兵士達は一時魔法と射撃の火線が緩む。
リイナは好機を逃すはずもなく、防衛線の最も厚い所に対してアブソリュート・デュオを放った。
「そんな――」
「回避! 回――」
青白い輝きを本能で危機を察知した奴等だったけれど、もう遅い。二本の氷の光線は一瞬で敵兵士十数名を飲み込み痛みを覚える事無く絶命する。
「マスターを阻む者には等しく死を」
「やれ」
退避の暇もなく今度はエイジスの多重魔法攻撃が敵兵士達へ襲い掛かる。属性は風。
運良く魔法障壁の緊急展開が間に合った奴は障壁が身代わりとなって命を繋ぐものの、間に合わなかった者達は切り刻まれ血飛沫を撒き散らして死へ直行した。
防御体勢に穴が生じた妖魔軍部隊。そこへ間髪入れずに味方の兵士達が突撃し、大部分が魔法銃か杖のみで近接戦闘の準備が取れていない敵は次々と討ち取られていく。
「ひっ……!」
「ひいぃ!」
「悪夢、悪夢だ……!」
一気に前方へ進んだ僕の目の前にはリイナと僕の攻撃から生き残った運の良い魔人の兵士三名。
悪魔みたいなのに悪魔と呼ばれるなんて心外だけど、勿論容赦はしない。
「前ががら空き。生きる気あるの?」
まずは正面にいた三人の中で一番階級の高い奴をエックス状に切ると血が吹き出る間もなく回転蹴りで飛ばし、次に左側にいた兵士を喉笛を掻き切る。右側にいた兵士は反応力がいいのか後ろ向きになった僕へ、魔法銃に付いている護身用の銃剣へ風属性を応急付与し攻撃しようとしたのを感じたけれど甘い。
「がぁ!?」
目の前の僕に精一杯だった彼はエイジスの存在を忘れている。エイジスは拘束術式をそいつにかけると動きを止められ、僕が振り向くと悲鳴を上げた。
「残念でした」
意図せず、くすりと小さく笑うと心臓を一刺し。命が一つ消える音がした。
「しまった、あの人と一緒の頃の悪い影響がまだ残ってるなあ」
直前の自身の言動に対し、小さい体躯ながらも死神の如く嗤って敵を屠っていたかつての上官を思い出して苦笑い。誰にも聞こえない程度の声で独りごちながら、僕は次の目標を定めてエイジスの恩恵を活かして火属性中級魔法を発動する。
「よくも親友をぉぉぉぉぉ! 人形遣いの人間めぇぇぇぇ!」
「親友? ああ、もしかしてさっきの士官が」
リイナが薙ぎ払い、兵士達の隙を見計らって攻撃しようとする敵をエイジスが魔法の多重展開で相手の希望を打ち砕いている中一人、顔をぐしゃぐしゃにさせながら魔法障壁を最大枚数展開して攻撃を掻い潜って突撃してくる魔人がいた。右手には風属性魔法によって限界まで切れ味が高まっている片手剣。軍刀を持ってあの口振りからすると、彼もまた士官クラスなのだろう。
「旦那様」
「大丈夫さ、リイナ。だって――」
初撃以降は僕の近くで戦闘をしていた彼女は残っていた一人を切り捨てると隣にやってきて突進してくる相手に対して迎撃態勢を取るけれど、彼女が氷属性魔法を行使することは無かった。
「あがぁ!?」
「前方ばかりで側面がお留守だからそうなるんだ」
そいつを貫いたのは魔法障壁を破壊する為に放たれた数発の銃弾だった。いくつかは役目通り側面に気持ち程度に張られていた魔法障壁を破壊し、最後の一発は奴の片脚を切り飛ばす。
それらを実行したのはアレン大尉とその部下達だった。
手の合図で良くやったと送ると彼等は誇らしげに頷き、痛みに耐えられずにそいつは悲鳴を上げる。
魔人の兵士は上官の被弾に救援へ向かおうとするけれど、それは叶わない。圧倒的な火力を前に既に瓦解を始めている敵側にはそれを許すだけの戦力が残っていなかったし、そもそも助けようとした彼は今攻撃を受けて死んだのだから。
「悪いけど戦争だから。恨むなら降伏を許さなかった指揮官と、そもそも粛清なんてした皇帝を恨むんだね。エイジス」
「サー、マスター」
これじゃあどっちが悪魔なんだか分からない発言に聞こえるけれど僕は冷たく言い放ち、エイジスに攻撃を命じる。
彼女が発動したのは氷属性魔法で、一本の剣はそいつの左胸に背部から突き刺さって息絶えた。
「大尉がやられ、ぎゃああぁぁ!!」
「くそっ、なんだよこいつら! 人間は低脳じゃなかったのか!」
「俺達より魔法が弱いなんて嘘だ! こいつら下手すりゃ格上だぞ!」
「援軍は!? 援軍はどうした!?」
「東西にいた味方はどうなってるのよ!」
僕達が参戦してから想定通り戦況は一転した。
僅かばかり味方にも被害が出ていたけれど、聞こえてくるのは概ね敵側の悲鳴か断末魔。
超近距離戦で間合いを狂わさた上にエイジスの容赦ない多重攻撃により大きな一撃を受け、かと思えばこちら側の中距離支援射撃で崩されてしまってはひとたまりもない。しかもさらに後方からは野砲並みの火力で魔法銃による攻撃を行っているのだから逃げ場などあるわけがなく、五百いた敵部隊はたった数分で四分の一以下まで数を減らしていた。
そして、奴等が言う味方は奴等を助けられない。今頃魔法無線装置で伝わった内容に則って、敵両翼部隊は僕の部下達によって攻勢を受けているからだ。
このままいけばあと十分も満たず全滅するだろうし、それが嫌ならこの地を捨てて退去するかしか敵軍には選択肢が無い。
でも、どうやら簡単には終わらせてくれないらしい。
「マイマスター」
「分かってる。敵後方から強い魔力反応だろう」
「場所だけに流石にこのまま、はい勝利とはいかなさそうね」
「ああ、そうみたいだね」
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