第11話 春季第二攻勢の作戦名とその内容

・・11・・

3の月31の日

午後1時10分

連合王国統合本部・大会議室


 3の月も末になり、連合王国首都アルネセイラには春の便りが届くような季節になった。気温も先月に比べればずっと暖かくなり、少しずつだけれど過ごしやすくなってきたこの頃。連合王国統合本部の大会議室には丁度一ヶ月後に開始する春季第二攻勢に参戦する将官や参謀達が勢揃いし、作戦会議が午後一時から始まった。

 参加者はマーチス侯爵、これまでの活躍で大将に昇進したエルヴィンおじさん、エルヴィンおじさんと同様に一つ昇進したルークス中将、僕、リイナ、各師団長や参謀達、そして協商連合派遣軍総指揮官である六十代初頭のやや小柄な男性、七福神の中にいそうなくらい穏やかで福がありそうな見た目をしているのがラットン中将だ。

 二国の軍人が一同を介したこの会議の場で、口を開いたのはマーチス侯爵。軍部大臣辞任の発表の際には軍官民問わず驚かれたけれど、この攻勢の総指揮官になると分かると、いよいよ参戦かと皆が沸き立ったのは記憶に新しいね。


 「全員が揃っているようであるから、早速此度の攻勢の作戦概要に関する会議を始めよう。アカツキ少将、説明を頼む」


 「了解しました、マーチス大将閣下。今回進行役をしますのは私アカツキ・ノースロードです。よろしくお願いします」


 僕はこの会議の進行役も務めるためマーチス侯爵の隣にいて、席を立つ。

 挨拶を済ませ拍手を受けると、周りを一度見渡してからまずは作戦名を言う。


 「春季第二攻勢、作戦名称『春の夜明け作戦』は以下のような手順で遂行されます。お手持ちの資料、三ページをご覧下さい」


 全員が資料に目を通したのを確認すると、続けて、作戦概要をそれぞれ述べていく。


 「『春の夜明け作戦』ですが、総戦力五個軍団二十五個師団を二方面に分けて展開します。ジドゥーミラを攻勢発起点とし、東のダボロドロブへ向かうのがC軍集団とD軍集団の第一方面軍計十個師団。指揮官はエルヴィン大将閣下、副指揮官がルークス中将閣下です」


 「ジドゥーミラまでのお馴染みの顔もいるが、初めて見る顔もいるな。俺が第一方面軍指揮官アルヴィン・ノースロードだ。この度大将に昇進した。これからよろしく頼むぜ」


 「中将に昇進した、副指揮官のルークス・ヨークだ。皆で団結し勝利を掴もう。訓練通りに実力を見せつけてやればいいだけさ」


 アルヴィンおじさんとルークス中将はジトゥーミラまでの活躍が認められそれぞれ階級が一つ上がっている。二人は妖魔帝国にとって北部峠の要衝たるダボロドロブの奪還が担当だ。既にジトゥーミラに展開している駐留五個師団(ほとんどが西部統合軍所属の師団)のうち防衛用の一個師団を除いた四個師団と合わせて十個師団が第一方面軍だ。


 「シュペティウを攻勢発起点とし南のフメルニャード及びキシュナウ攻略するのがA軍集団とB軍集団、協商連合派遣軍から構成される第二方面軍計十五個師団です。指揮官は二個方面軍総指揮官であるマーチス大将閣下が兼任されます。副指揮官は協商連合派遣軍ラットン中将閣下です」


 「マーチスだ。自己紹介なぞいらんだろ? 諸君等の勇敢な行動を期待している」


 「アカツキ少将から紹介された協商連合派遣軍総指揮官、ラットン・サウスフィールじゃ。儂はこの中では最年長じゃが、まだまだ現役じゃよ? 連合王国軍の皆の衆とは強固な団結力で勝利をもたらそうぞ」


 ラットン中将は国防大臣が「緻密な連携には経験豊富な人を送った方がいいでしょう」という事で派遣した協商連合軍でも随一のSクラス魔法能力者である人物だ。得意属性はご利益がありそうな見た目に反してなんと闇属性。長杖型SSランク召喚武器持ちでもあり、召喚武器の名前は『煉獄の禍杖れんごくのまがづえ』。独自魔法はアレゼル中将と同じタイプの召喚魔法で一個大隊相当の大鎌を持った死神を召喚するという杖の名前通り禍々しい軍勢を召喚する。しかも死神の個体能力は魔法能力者B+ランクからA-ランクに相当するというのだから末恐ろしい。

 国防大臣によると、普段は神職者と思えるくらいに優しく穏やかだけれど怒らせると手がつけられないくらいに激しいらしい。幸いなのは今まで彼を怒らせたのは一人だけらしいけど、その一人が消息不明と聞いて僕はぞっとした。

 絶対に怒らせてはいけないと覚えておこうと思ったね……。


 「続いて各方面軍の行軍を説明します。まず第一方面軍ですが、こちらダボロドロブ攻略のみです。よって召喚士偵察飛行隊より召喚士攻撃飛行隊の比率は第二方面軍より高く、またカノン砲などの重砲も第二方面軍より高くなります。進撃速度よりも攻撃能力に重きを置いた部隊と思ってください。ただし、敵軍重要拠点でありますから攻略難易度は高くなると思われますから各々気を引き締めて頂ければ」


 「第二方面軍はフメルニャード攻略の後にキシュナウ攻略へ向かいます。フメルニャード自体はジトゥーミラ・レポートによれば大して敵軍がいないとの事ですからさしたる問題はないと思われますが、キシュナウは中部峠から西百キーラの要衝地です。ですので本番はキシュナウだと第二方面軍所属の方々は覚えておいてください。今話したように、第二方面軍は長距離の移動を伴いますので機動戦志向の軍になります。重砲は第一方面軍より少なく速度重視ですし、召喚士偵察飛行隊も第一方面軍より多く配置します。ここだけ話すと第一方面軍より火力不足が否めませんがもしもがあった場合はマーチス大将閣下とラットン中将閣下がいらっしゃいます。ご安心を」


 「さらにはアカツキ少将もいるのだろう? であるのならば心配ない! 神の瞳と反撃を許さぬ大火力をも持っているではないか!」


 「ああ、栄光ある連合王国には英雄がいる! どこぞの魔人のように慢心なぞはしないが、負けはしないぞ!」


 「それに機動戦志向というのは、アカツキ少将の名前が載っておる資料にある部隊が関係しているのだろう?」


 僕の発言に、士気旺盛な第二方面軍所属師団長から声が上がる。最後の質問はこれから話そうとしていたことだ。


 「はい、その部隊については今から話させて頂きます。『春の夜明け作戦』に伴い、連合王国軍では既存部隊の拡充と新部隊を創設致しました。アレゼル中将閣下の連隊が旅団に昇格したのと同時に、全て魔法能力者で構成された旅団を編成。新しい旅団は第一〇一特務魔法旅団。自分の名前を口にするのは少し気恥しいのですが、通称は『アカツキ旅団』です」


 「アカツキ旅団とな。英雄の貴官の名が入る旅団じゃ。資料を読むと力の入れようがよう分かるのう」


 「第一〇一特務魔法旅団は私の直轄である一〇三魔法大隊の他に連合王国軍内の魔法能力者から選抜、さらには去年の第一次戦時徴兵で有望な者も入れて構成されている部隊で全員がB-ランク以上の魔法能力者です。また、召喚武器の有無に関わらず標準装備として魔法銃を持たせており、一般的な旅団と比較して飛躍的に火力を向上。さらには魔法能力者の弱点である近接戦についても現在も途上である事から完全ではありませんが訓練をしており、少なくとも白兵戦に移行しても一方的に打ち負かされる事はありません」


 「ほほう、まさにお主肝いりの旅団じゃのう。定数の五千に僅かに届かぬ四千五百ではあるようじゃが、アカツキ少将が直に動かせ、通常の旅団に比べて展開速度も早い。さらには弱点を補っているときたのじゃから、さしずめ特殊部隊の集団かの?」


 ラットン中将は鋭い推察をする。まさにその通りで、四千五百名を一斉動員するパターンも有りうるけれどこの旅団は状況に応じて大隊単位や連隊単位でも運用する事を想定している。柔軟に戦況に対応する為だ。

 この人、只者じゃないなと思う瞬間だった。


 「流石はラットン中将閣下。その通りです。第二方面軍の侵攻先は広く、妖魔帝国軍の出方によっては臨機応変に動かねばならなくなる可能性もありますから」


 「なるほどのお。益々お主が頼もしゅう見えてきたわ。アカツキ少将の手腕を期待しておるぞ」


 「ありがとうございます。期待に応えられるよう全力を尽くします」


 ラットン中将の賞賛に素直に礼を言うと、ここで第二方面軍のとある師団長から疑問点が述べられる。


 「となると、アカツキ少将はあれやこれやとせねばならないのではないか? 確か、貴官はジトゥーミラの際には参謀長であったはずだが」


 「それについてはオレが回答しよう」


 言ったのはマーチス侯爵。彼は師団長の他にも同様に感じていた者に対して説明を始める。


 「アカツキ少将の今回の役職だが、通常の作戦遂行中は総指揮官付特務参謀として作戦軍参謀本部に配置。いつも通りの仕事をしてもらう。だが戦況の変化に応じて彼の立ち位置は変化し、兼任の第一〇一特務魔法旅団旅団長として現場指揮及び前線における戦闘に従事する。これなら旅団長としての軍務に就くことは可能であるし、それ以外であればこれまでのように参謀本部で敏腕を奮ってもらえるというわけだ」


 「マーチス大将閣下直々の説明、感謝します。大将閣下の仰る通り、それならば最早我が軍に憂いはありますまい」


 師団長はマーチス侯爵の話を聞いて満面の笑みを浮かべて言う。少々というかかなり過剰評価されているような気がするけれど、ジトゥーミラまでの戦いを考えれば無理もない話。ならば、彼の信頼を裏切らないように出来る限り頑張るしかないかな。


 「話を戻します。よろしいでしょうか」


 「うむ、アカツキ少将。済まなかったな」


 「とんでもございません。――ここまで各方面軍の行程についてお話致しましたが、想定しているスケジュールは資料の二十二ページをご覧下さい。ただしこの予定表は戦況によって前後する可能性はありますので予めご承知を」


『春の夜明け作戦』の行動スケジュールは以下のようになっている。


 1、第一方面軍のダボロドロブ攻略は四の月末にジトゥーミラを出発し最長で二ヶ月の六の月末までとする。ただし、包囲した後に兵糧攻め等に移行した場合この限りではなく最長二ヶ月半の七の月上旬から中旬までとする。


 2、第二方面軍のフメルニャード攻略は四の月末にシュペティウを出発し、二十日から一ヶ月で攻略とする。さらに、キシュナウ攻略については五の月末までにフメルニャードを奪った後一時的に補給及び休息を確保してからフメルニャードに拠点防衛に二個師団程度を配置して十三個師団で開始。六の月上旬から最長で一ヶ月半前後までとし、作戦完了を八の月上旬までに陥落させるものとする。


 3、第一方面軍が早期に攻略した場合、第二方面軍の戦況に応じて最大で三個師団程度増援として送る事も視野に入れる。ただし、前提としてダボロドロブの防衛陣地構築及び地雷敷設などが完了しているものとする。当方七個師団に対して倍以上の敵軍にも抗戦しうる状況を作ってから援軍対応可能体制とすること。だが危急の場合はこの限りではない。


 4、以上、『春の夜明け作戦』の全作戦完了期間は八の月中旬までを想定するものとし各軍行動せよ。


 「――このようになります。秋を迎える前に『春の夜明け作戦』が完了するように各々ご承知の程を。作戦名に春があるにも関わらず晩夏を迎える頃に完了というのは語弊が生じておりますが、何が春で何が夜明けかは皆様お分かりとは思いますが」


 僕が軽く冗談を含めて言うと、大会議室にはジョークと受け止めたのか笑いが起き、中には妖魔帝国軍には冬の心境を味合わせてやれ。連中は冬が得意だが、そいつらが凍えるくらいのをぶちかませてやろうではないか。

 と、意気揚々と答える師団長や参謀もいる。悪くない雰囲気だ。

 マーチス侯爵の方を見ると彼は口角を少し上げて頷く。上々な様子だと暗に示していた。

 僕はそこへ、さらに師団長達の士気を沸き立たせる言葉を出す。


 「かつて奪われた土地をほぼ奪還する事になる作戦です。この作戦の成功の可否によって、新戦争計画の山脈越えをしいよいよ妖魔帝国本国へ侵攻する次段作戦の趨勢にも関わります。ロイヤル・アルネシアに、いいえ、人類諸国に栄光をもたらしましょう。そして、戦争狂の皇帝レオニードに一泡吹かせてやりましょう!」


 「おうとも!」


 「そうだ! 悪逆を振りまくレオニードに鉄槌を!」


 「ロイヤル・アルネシアに、人類諸国に栄光を!」


 作戦概要会議の場でありながら、次々と頼もしい声が耳に入ってくる。

 慢心せず慎重に、されども時には大胆不敵に行動を。これで精神面での憂慮は必要なくなっただろう。


 「では、私アカツキ・ノースロードからの作戦概要の説明を終了致します。ありがとうございました」


 大きな拍手と歓声で僕が担当する部分は無事終わる。着席すると、マーチス侯爵は。


 「相変わらずお前は人のやる気を引き出すのが上手いな。元より良かったが場の雰囲気がさらに良くなった」


 「そうね。言い回しとか、前より上手になっているもの」


 「ありがとうございますマーチス大将閣下。リイナも、ありがとう」


『どういたしまして』


 親子故だろうか、同じタイミングで言う二人を見て微笑ましく思う僕。

 この後会議は細かい点などに移り、夕方まで行われる。

 そうして、『春の夜明け作戦』当日を僕達は迎えることになった。

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