第10話 チャイカ姉妹の死に対し、狂気の粛清帝は

・・10・・

3の月12の日

妖魔帝国首都・レオニブルク

皇帝執務室


『チャイカ姉妹死す! アカツキ少将・リイナ大佐等精鋭の軍人により討伐!』


 この発表がされた日、人類諸国は熱狂に包まれていた。

 死体が晒された連合王国のアルネセイラでは、チャイカ姉妹は圧政者レオニードの手先として宣伝され、悪は打ち破られる者という空気が醸成。その被害者たる妖魔帝国の国民に対する同情論も作り出され始めた。最も、これは現状勝者であるからこその余裕ではあるが。

 また、一度は負傷させられたものの見事リベンジを果たして打ち倒したアカツキとリイナの人気は留まる事を知らず英雄夫婦と呼ばれるようになり、また国内に対する脅威が取り除かれた証拠にもなった為に国民の間ではこれで怯えずに暮らすことが出来るという安堵も広がった。

 連合王国以外の人類諸国軍にとってもチャイカ姉妹が討たれたという事実は正の方向に働いた。特に、彼女等にいいようにしてやられた法国がその典型だ。勝利を重ねる現場の兵士達の士気はさらに上がり、連合王国に続けと領土回復運動に弾みがついていた。

 協商連合では相互同盟に近しい関係国だけにアカツキなど連合王国軍の軍人は勇敢であると高評価する声が大きく、決定した派遣軍を増派すべし。などという意見まで出る程だ。

 このように人類諸国ではチャイカ姉妹が暴走したばかりにアカツキやマーチスの思惑通り事が運んでいたが、対照的に妖魔帝国で事実を知るものの間では頭の痛い問題と化していた。

 双子が敵に対して物的人的に大きな被害を与えた末の討伐ならまだ考えようがある。アカツキかリイナが死んだというなら尊い犠牲とも言える。

 ところが人間達の発表によれば犠牲者皆無で、討伐した張本人は無傷でピンピンしているのだ。あのチャイカ姉妹が圧倒的敗北なのである。それらを実現したのは強力なレーダーを持つエイジスやアカツキとリイナの実力そのものや優れた作戦立案能力。そして作戦を遵守し従った彼等の部下達なのだが、妖魔帝国側がそれを知るわけもなく――エイジスの存在は知っているが、エイジスの能力の情報は報道発表以外判明していない――、この受け入れ難い現実にどう対処すればいいのかと恐怖と動揺も広がっていた。

 そして、妖魔帝国軍関係者の中で一番戦々恐々としていたのはチャイカ姉妹の上官であるブライフマンであった。彼は今、良くて流刑最悪処刑の恐怖に支配されつつ皇帝レオニードの執務室にいた。


 「この度はまことに、まことに申し訳ありませんでした……。陛下……、どうか、ご慈悲をください……」


 部下の暴走により国益を大きく損なったのだから謝って済む問題ではないが、それでもブライフマンは謝罪するしかなかった。脂汗を流しながら直角に頭を下げる。

 入室した時から皇帝の機嫌は悪かった。自分にとって最も悪い結末を覚悟していると、しかしレオニードの言葉は随分と穏当なものだった。


 「確かに貴様の管理不届きではある。が、アレらの暴走に備えて捕獲を命じなかった俺も悪い所があった。そう気に病むなよ、ブライフマン」


 「え、は、はい?」


 「許すと言っているんだ。二言目までは言わせるなよ。貴様も感じているだろうが、俺の機嫌は決して良くないぞ」


 「も、申し訳ございません!」


 「口に出すべきは謝罪じゃないだろ」


 「そ、そうでした……。皇帝陛下の寛大なるお心に感謝致します……」


 「そうだ。それでいい」


 吐き捨てるように言うレオニードと、命が救われたことでこれまでの心的疲労がどっと感じるブライフマン。少なくとも処刑は免れたと彼は心底安心していた。

 だからと言って、ブライフマンの心が休まる訳ではない。目の前には部下のせいで精神衛生をすこぶる悪くしている粛清帝がいるのだから。

 そのレオニードは椅子に深く腰掛けながらため息をつき、頬杖をついてこう言った。


 「それにしても、あのクソ姉妹はよくもやらかしてくれたな。せっかく死にかけの所を拾ってやって育ててやったというのに、慢心の極みと快楽のみに突き動かされて『変革者』を殺そうとするなど愚かの極みだ。この事態を隠す為だけに言論統制や報道規制なんぞ余計な事までせねばならなくなったのだぞ」


 「仰る通りです、レオニード陛下……。陛下が施してくださった恩を忘れて重大な命令違反を犯しただけでなく、あまつさえ無駄死にするなど許されるはずがありません」


 「まあ、アレらを育てたのは俺だから育て方を間違えたのかと思ったが、だとしても駒としての自覚が足りなさ過ぎたな。いっそのこと完全洗脳してやれば良かったと今更後悔しているさ」


 口では反省を述べるものの、まるで心がこもっていないレオニードの発言。彼に拉致された頃のチャイカ姉妹はまだ普通の魔人であり、二人をそう仕立てたのは彼のはずなのだが。

 そもそも彼女等を駒と呼称している時点でレオニードの真意は見え透いていた。


 「その方が良かったと私も痛感しております。制御の効かぬ手持ちなど、ただの害悪でしかありません」


 「本当にな。だが、アレらの死は全くの無駄では無いだろうよ。人間共の魔法能力者階梯で例えるのならばSランクに等しいチャイカが一方的に殺られた事で童謡だけでなく『変革者』に対する恐怖まで生まれてしまったが、それはあいつらの視点が変化するという意味でもある」


 「少なくとも、軍上層部はこれで人間共に対して慢心などしなくなるでしょうし過小評価する事も無くなるでしょう」


 「そうでなくては困るぞ。この期に及んでまだ人間を下に見るような愚か者は俺の帝国にはいらん」


 「妖魔帝国軍は全て陛下の軍です。思想を変えないのならば」


 「また粛清して頭を変えればいい。この戦争は俺が楽しむための戦争だ。俺の言う事を聞いていればいいんだよ」


 今の発言が皇帝レオニードの魔人性を表していた。言ってのけてしまう辺り、彼が狂人と裏で囁かれている裏付けでもある。

 さしものブライフマンも流石にそのお言葉はどうなのだろうかと少しは思わないでもないが、粛清を大連発してきた狂人皇帝相手に口を出せるはずもなかった。


 「まあいいさ。チャイカが死のうが所詮は数多くある駒の内、二つを失っただけた。それに戦争はまだまだ始まったばかりでフルコースでいえばまだ前菜に過ぎない。これから、これからさ。くくくくくっ」


 直前まで虫の居所が悪そうにしていたのにも関わらず、突如高笑いを始めるレオニード。アカツキが目撃したのならば情緒不安定な奴だと言うであろう。

 だが、これがレオニードなのである。彼の頭にあるのは戦争をいかに楽しむかだけであり、信頼しているのは自分か正妻のルシュカだけ。元よりその他の有象無象などにさして興味が無いのだから。

 ただし、彼にとって唯一他人として興味がある人物がいる。それはアカツキの事なのであるが、あれだけアカツキの話をしておきながらもレオニード本人にその自覚はまだ無かった。


 「ブライフマン。諜報・潜入部隊の一部再編成を始めろ。チャイカの件でただでさえ厳しかった連合王国の目はさらに光るようになり身動きが取りづらい。よって外堀から埋めていけ。細かい判断は貴様に任せる」


 「御意。全ては陛下の為に」


 「ああ。――話は終わりだ。下がっていいぞ。そして仕事に取り掛かれ」


 「はっ」


 ブライフマンはいつもの平静さで返答すると執務室を後にする。


 「『変革者』のアカツキ。次に貴様は一体どんな手札を見せてくれるんだ? 俺は楽しみで楽しみで仕方ないよ。だから、簡単には死んでくれるな。貴様が断末魔の叫び声を上げる最後まで俺を楽しませてくれよ?」


 執務室からは不気味で狂った笑いが聞こえていた。

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