第236話



「禍々しい角だなァァ。…………鬼? そうかァ!! お前ぇは鬼なんだなァァァ!! 人間どころじゃねぇなぁおい、本物の化け物じゃねぇかよぉ」


 様変わりしたテンジの姿を見た灰は高らかに叫んでいた。

 嬉しいのか、楽しいのか、踊るようにその場で舞う。


「お互いにね」


 当たってはいないが、そう遠くもない答えにテンジは少し感心していた。


 この姿だけを見て鬼を連想するのは難しいだろう。

 ただ、MPあれが見える者にはわかるのだ。


 テンジの周囲を覆うMPの渦。

 それが鬼のような修羅をかたどっていることに。


「お前ぇの天職は……鬼にまつわるんだなぁ。これでタネは割れたぁ」


「正確ではない表現だけど……まあ別にいいか」


 戦いの最中に教えるぎりはないと考えたテンジは、ちらりと鬼卒刀の刃先を見る。


 今はまだ地獄の炎は纏っていないその無垢の刀。

 テンジが何かを念じると、その刃先に業火の火種が揺らいだ。


 手元から切っ先に向けて――白い炎が猛々しく迸る。


 切っ先に宿る小さな炎塊。

 それが一瞬鬼のように微笑む。


「さっきより静かだなぁ。全部が静かだなぁぁぁ、不思議だぁ。その炎怖ぇなぁ」


「…………」


「なぁ……あとどれくらいテンション上がる?」


「まだまだ序の口だよ」


「いいなぁ、最高だなぁぁぁ。これだから本気の殺し合いは辞められないんだよなぁ。もっともっと――深く落ちていかないと女神さまに会えないからなぁ」


 その言葉をきっかけに、再び激しい剣戟が音を鳴らした。



 † † †



 ――シーカーオリンピア、最終予選の運営室。



 映像処理部門と策域部門の滞在する部屋には多くの運営委員が集まっていた。

 その部屋の中では激しく情報が飛び交い、現場状況の収集にあたっていた。


「電波障害の復旧はまだか!?」

「未だ広域での電波障害は継続中です。原因の特定には至っていません」


「おい、風間一等プロからの連絡はまだなのか!?」

「依然連絡は途絶えたまま、SOS通信が最後の通信記録です」

「どうなってやがるんだ、現場は! 引き続き些細な通信もすべて報告しろ、絶対に内内で処理するなよ」

「はい!」


「鵜飼さんはどうした!? まだ中心地あそこには到着していないのか?」

「会場内で暴れだした人形の処理に当たるという通信以降、情報が入ってきていません」


「他のプロたちの動向は!?」

「すでに全員が現場で対処中です! 広範囲に敵の手中に落ちた人形たちが点在しているため、一般人の住む地域へ攻撃が向かないように包囲網を広く展開中のようです。これも鵜飼一等の指示かと」


「まだ包囲網を狭められないのか!? 一部の選手たちはまだプロの保護下にいないんだぞ!」

「未だ包囲網の中心地では原因不明の電波障害によって、選手たちの現在地が特定できていません。彼らからアクションが無い限りはこちらからも見つけようがありません」


「くそっ……何がどうなっている!? なぜ人形が突然暴れだしたんだ。あれは鵜飼プロ筆頭に、プロ自らが操舵していたはずだろ!?」


「鵜飼さんは『俺よりも手練れの奴に回路を乗っ取られた』とおっしゃっていました。おそらく一度監視ドローンの映像に移された……その……」


「鵜飼灰だろ!? 濁さなくていい! 鵜飼蓮司の実の弟ともなれば、兄の能力も知り尽くしているだろう。すべてに納得がいく…………が死んだはずの人間がなぜ生きているんだよ」


 死んだはずの人間が、この事件を引き起こした黒幕。

 その言葉の意味があまりにもわからなさすぎて、少しの間部屋の中は静まり返った。


 ――まさにそんなときだった。


 通信状況の復旧に勤しんでいた一人の協会員の手が、世話しなく稼働し始めた。


「報告します! 一部のエリアで電波障害の影響が突然なくなりました。稼働可能な定点映像を復旧します!!」


 その言葉の数秒後には、映像処置室の巨大なスクリーンに複数の定点映像が映し出される。

 復旧したカメラは合計で六個、そのうち四つは狭域での映像しか流れない、この状況では必要のない映像だった。ただ、他の二つは会場の広域を映し出せるものだった。


「……相当な数の敵がいるみたいだな。各地で戦闘による環境破壊痕が見える」


 鈴木は分析するように、静かにそう呟いていた。


 広域映像に映し出されていたのは、森と廃れた市街地。

 そのところどころで激しい戦闘痕が見受けられた。電柱が半ばから折れていたり、道路のアスファルトが剥がれていたり、木々が粉々に砕けていたりだ。


「ここを拡大してくれ!」


 そんな映像の中でも、ひときわ環境破壊が激しい箇所があった。


 廃れた市街地の中でも郊外にあるその一角。

 点々と家があり、辺りには畑や森に満たない林がある地帯だ。


 その一帯だけ――何もなかった。


 焼夷弾を連続して落とされたのではないかと考えてしまうほどに、その一帯だけが燃え尽きていたのだ。


「な、なんだこの戦闘痕は……」


 驚きに言葉を失っていた鈴木がそう呟いた、そんなときだった。


 複数の映像の一角。

 そこに電話のコールサインが映し出されたのだ。


 そこには【Chariot】九条霧英の名前が表示されていた。


「チャリオット? ……応答してくれ」


 協会員が応答の文字をタップすると、九条の静かできりっとした声が部屋の中に鳴り響く。


『ようやく繋がったか。チャリオット総団長の九条だ」


「こちら鈴木です」


『あぁ久しいな鈴木、前置きは省くぞ。この事件に【Chariotうち】が介入する許可が欲しくて連絡をしただけだ。元々この最終予選は【CLASS】の管轄になるからな、後から横やりが入っても困る』


「チャリオットは大規模探索の前準備で世界各地に散らばっていたはずでは!?」


『たまたま近くに稲垣を含めたチームがいたので、すでにそっちへヘリで向かわせた。問題はないな?」


「は、はい! 問題ありません」


『了解だ。では、一旦そっちにいるうちの水江も返してもらうぞ……と言いたいところだが、あいつのことだすでに動いているだろう。まあいい、私も明日にはそっちへ着く。あとは任せるぞ』


 つー、つー、と。

 用件だけ伝え終わると、九条団長との電話接続が切れた。


「これで白創輝にチャリオットの応援が見込めることになったな。やっぱりプロたちの行動の早さには驚かされるばかりだ。だが、非常に助かった」


 ほっと胸を撫でおろす鈴木は、再び事態の収束に向けて情報の取捨選択に勤しむのであった。



 † † †



 ――水江勝成。



「多い」


 黒い人形を馬乗りで押さえつけながら、水江はつぶやいていた。

 そうしてすぐに二刀の武器のうち、青い装飾のほどこされた刀で人形の核を的確に打ち砕く。


 一級探索師でさえ苦戦する人形を、水江は何事もなく破壊した。


 そんなときだった。


 肌を焦がそうとするほどの強烈な熱風が、水江の右頬を襲った。


「……この感じ覚えがあるな、天城か」


 素早く立ち上がった水江は、その方角へと走り始める。

 そこへと向かうにつれて木々が炭化し、数が少なくなっていることに気がついていた。


(それなりに成長しているとは思っていたが……これほどとはな)


 そう思ったのも束の間、水江はようやくテンジの元へとたどり着く。


 そうして――足と止めていた。


「…………」


 そこで繰り広げられていた異次元の戦闘に、水江は絶句する。

 これが人間のなせる技なのか、そう問いたくなった。



 水江の瞳には――モンスターとモンスターの戦いにしか映っていなかったのだ。



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