第213話
あの日から数日が経っていた。
現在の行方不明者の名簿には天城典二の名前があった。
† † †
『マジョルカアイランド共和国は、あと10日をもって短い歴史に幕を閉じる』
小国ではあったが現代のシンボルでもあった一国の大統領は、会見でそう告げた。
その言葉のあと、大統領は国民への感謝や交友国への感謝を述べた。そしてゆっくりと事実を隠すことなく話し始めた。
彼ら、世界から搔き集められた勇敢なプロ探索師たちが歴史的な勝利を収めたことを。
あの零級探索師ウルスラ=リィメイが一度は負け、両足に麻痺という後遺症を残したほどに強力なモンスターがダンジョンの奥地に出現したこと。それでもプロの探索師たちは引くことなく勇敢に立ち向かい、見事に多くの国民たちを守ってくれたこと。
だけれども、その倒したモンスターがダンジョン閉鎖現象のキーであった可能性がある――そう大統領は言葉を、カメラの前で紡いでいた。
しかし、その言葉に疑問を持った一人の女性記者が、質問時間でないのにもずけずけと一つの質問が投げかけた。
『マジョルカの転移ゲートをモンスターは使用できませんよね? それに手を出さなければこのような事態にはならなかったのではないでしょうか?』
実に真っ当な質問だ。
多くの人たちがそう考えるに違いないと思い、大統領は口を閉ざしてしまう。
僅かに、会場がざわついた。
突然、大統領の隣に車椅子姿のウルスラ=リィメイが登壇してきたのだ。
ウルスラ=リィメイはあまりメディアには顔を出さないことで知られている。しかし、珍しくカメラの前に出向いたウルスラ=リィメイはその女性記者に対してこう口を開いた。
『私から一つだけ、あなたは勘違いをしていますわ。モンスターは転移ゲートを使用することができないわけではないのよ。転移ゲートを使用する鍵となっている「言葉」を有していないだけなの。そういうこと、私たちはあのモンスターを倒す以外の道はなかったわ』
リィメイはそう言葉を返すと、静かに会見場から去ろうと背後で車いすを押してくれていた秘書のイロニカに対し視線を送る。
カシャカシャとカメラのフラッシュが眩く、老婆のしわに影を落としていた。そんな中、ふと何かを思い出したようにリィメイは再びカメラに顔を向けた。
『そうそう、私はマジョルカの後始末を終えればこの業界から退くから』
その爆弾発言に、フラッシュが一層と鳴り響く。
そうして最後にウルスラ=リィメイはこう言葉を残した。
『私が引退しても、またすぐに次の英雄は生まれるわ。楽しみにしててちょうだい』
リィメイの最後のやりきった笑みは、瞬く間に世界中へと広まっていった。
SNSやネットニュース、報道番組や速報としてマジョルカの最後は大きな熱を帯びてそれぞれの国へと伝えられていく。
一つの国が終わりを迎える事実。
三年も孵化しない黒繭の真偽。
プーラの悲劇ぶりに集結した最強の零級探索師4人。
ウルスラ=リィメイの引退宣言。
どれもホットな情報だった。
たった一つだけでも数日か、はたまた数週間は取り上げられるほどに刺激のある情報なのに、それが一度の会見で全て発表されたのだ。たとえ探索師やダンジョンに興味のない老人でさえ気がつけば、このニュースには目を奪われていた。
そんな中、ネット上で最も熱を帯びていた一つの憶測があった。
『謎の探索師X』の存在。
仮にウルスラ=リィメイの後遺症が引退するための嘘ではなく、本当のことだとした場合、世界最強と名高い彼女が勝てないほどのモンスターを一体誰が倒せるのだろうか。
たとえ4人の零級探索師が集結したところで、果たして本当に勝つことなんてできるのだろうか。そんな議論が熱く繰り広げられていたのだ。
誰もが考えずにはいられなかったのだ。
ウルスラ=リィメイすら軽く上回る新たな探索師の存在を。
そんな彼女が最後に残した『次の英雄』とは一体誰のことを指しているのか。
ただの妄想ならばいい。
だけれどもウルスラ=リィメイが会見で吐き捨てた最後の言葉が、この議論をさらに加速させていくのであった。
謎の探索師Xは、何者なのか。
† † †
――マジョルカ地上、ダンジョンゲート前。
マジョルカのダンジョンゲート前には仮の本部が建設されていた。
ダンジョン閉鎖現象まであと2日まで迫った今日、職員や公務員、政治家たちは上下関係など関係なしにひとりひとりが出来る最大限の仕事をこなしていた。
そんな中、痛々しい姿で車いすに座る老婆が書類に目を通しながら口を開く。
「イロニカ、避難率はどうなっているかしら?」
「確認できているだけでも99.6%の国民は避難済みになります。現在ダンジョンに入場しているのは行方不明者の捜索に当たっている探索師か、生徒たちが主になります。あとは十数名ほどですが、プロの護衛付きで家財の運搬に民間企業が出入りしています。こちらは間もなく終わる見通しです」
家財問題は、オーブラカとジェイそれにリィメイの三人が幕を下ろした。
寄付という形で目が飛び出そうなほどの莫大な金額を国に渡し、それを国民に給付金として分配して呆気なく片付いたのであった。大統領としては本当に頭が上がらないのだろう。
「家財問題は呆気なかったわね。だけど若い子たちには申し訳ないわ、こんな大事な成長期に捜索の手伝いをお願いしちゃって」
「いえ、みんな凄く前向きに快諾してくれましたよ。真面目で優しい子が本当に多かったです。これもリィメイ学長の人徳がなせることです」
「その学長って敬称やめない? 私はもう学長ではないわ」
「いえ、リィメイ学長は私にとってはずっと学長ですので」
「そう、相変わらず頑固ね」
「はい、私頑固なので」
ふふっと笑い合う、仲の良い二人。
「それで彼は?」
リィメイ学長は不意に尋ねた。
彼、と言われてすぐに誰のことか気がついたイロニカは、少しだけ気まずそうに口を開いた。
「いえ……あれからずっと黒鵜冬喜と白縫千郷が全階層通じて隈なく探し回っているようですが、未だに発見できていないようです」
「そう……少し千郷ちゃんが心配ね。彼女、やると決めたら寝る暇もなく夜通し続けちゃう子だし。黒鵜冬喜も似たような行動を稀にするでしょう?」
「まさにその通りです、リィメイ学長。二人とももう三日間も食料だけ受け取りに来ては、休まずに探し回っているみたいですので」
「やっぱりそうなのね。こんな一人で動けもしない老婆がここで目を光らせていても邪魔なだけだし、食料テントにでも行ってるわね。ついでに千郷ちゃんたちと会ってくるわ」
「ありがとうございます。こちらはお任せください」
マジョルカアイランドダンジョン消滅まで、残り二日しかない。
引き続き、行方不明者の捜索が続くのであった。
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