第198話
鬼と化け物の戦いに、割って入る隙などまるでなかった。
元々そこにいた探索師たちは、伊吹童子の恐怖に屈して地面に四肢をべたりと貼り付け、炎が渦巻く戦場の蚊帳の外で何もできずにいた。アレクもウォンも、他の探索師たちも全員、ただその拷問を眺めていることしかできなかった。ただの傍観者でしかいられなかった。
そしてたった今到着した九条たち。
彼らもそれを見ていることしか許されなかった。
炎の草原が、彼らの侵入を拒んでいたのだ。
不意に、九条が地獄の業火へと手を伸ばす。
「九条さん! ダメです!」
その無謀な行動をテンジは慌てて止めていた。
他の人たちにはただの炎に見えるかもしれないが、テンジはまったく別の炎に見えていた。色も性質も一見似たようなものに映るだろうが、その中身がまるで違ったのだ。
これはただの炎ではない。
地獄の業火、亡者を拷問するために創られた炎なのだ。
その炎に触れてはならない。
触れたら最後、必ずそいつは地獄に落ちる。
「……お前にはこれがどんな炎なのか分かるのか?」
「はい、それは絶対に触れちゃダメな炎です。僕がいつも使う炎とは性質が違います」
「そうか、助かったよ。で……これじゃあ手が出せないぞ?」
九条が悔しそうにそう呟いたそのとき、炎が九条の肩に手を置く。
そのまま五人の先頭へと歩み出ると、テンジの忠告を無視するかのように炎へと手を伸ばし始めた。
「まぁ、そもそも俺たちが介入するまでもなさそうな光景に見えるがな」
そんな呑気なことを言いながら、その手を炎の中へと突っ込んだ。
テンジは突然のできごとに留める隙すらなく、「あっ」と驚きの声をあげるばかりであった。
しかし、炎は問題なさそうに涼し気な顔を浮かべる。
「ふむ……これは確かに。なんと言えばいいのだろうか、俺の語彙力では言い表せない痛みが伴うな。九条は絶対に触らない方がいいだろう。俺でさえ、一分も浸かれば焦がされてしまいそうになるな。拷問のために創られたような炎のような気がする」
「えっ?」
思わず、テンジは素っ頓狂な声を上げていた。
そんなテンジに対し、炎は問題ないと言いたげに手を引き抜くと、そこには焼けることも焦げることもなく無事な炎の手があった。
「心配するな、天城典二。俺は天職の影響で炎に対する一定の無効時間が存在する。そうでもなければ、溶岩なんて人が握れるわけないだろう。だから、お前が心配しているようなことにはならないさ」
「そ、そうなんですね……凄いです」
ほっと胸を撫でおろすテンジ。
そのときであった。
近くにあった地獄の業火が、テンジを包み込むように形を変えたのだ。
戦場の真ん中から、いつにも増して鋭い視線が突き刺さる。
「何を悠長に見ているのだ、小僧。こっちに来い」
炎の壁の中央で戦っていた伊吹童子が、悠長に炎壁の外で会話をしているテンジに対し痺れを切らし、怒ったように呼び寄せたのだ。その声には恐怖の波動が乗っており、テンジの周囲にいた四人は気が付けばその場にひれ伏していた。
また、あの時と同じだ。
テンジ以外の全員が、恐怖に屈してしまう。
それでもテンジにはなんら影響は与えないことを、みんなが知っていた。
気が付けば、この戦場で立ち上がっていられたのは二人だけになっていた。
テンジと伊吹童子だけだ。
自然とその二人に、ここにいた全員の視線が集まってくる。
ここに元々いた探索師たちの目は、なぜ学生が平然と立っていられるのだ、とそう聞きたいような感情が籠っていた。彼らはまだ知らないのだ、伊吹童子を召喚したのがまさにテンジであることを。
あの鬼を召喚したのが、一介の学生だということを。
テンジはなぜか、少しだけ嬉しそうに笑っていた。
そして少し遠くの戦場で戦っている伊吹童子に対し、言葉を返すように鋭い視線を返す。
「わかったよ。今行く」
あっさりとテンジはその声にこたえた。
そのままくるりと体を半身にさせると、後ろで跪いていた四人へと言った。
「すいません、九条団長。僕、行ってきますね。決着を着けてきます」
優雅な足取りで、テンジは戦場の真ん中に向かって歩き始めた。
まるで気にも留めずに地獄の業火渦巻く戦場へと足を踏み入れ、たった一人その戦場へと身を投げ出す。
地獄の炎は、まるでテンジの訪れを喜んでいるように見えた。
ただそこを歩くだけで、未来の王の通り道を勝手に作り出していく。
王の歩く道が、自然と生まれていたのだ。
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