第189話
今に思えば、覚醒したあの日。
テンジは似たような行動を起こしていた。
自分の死を悟り、ブラックケロベロスの瞳を食いちぎった。
それが引き金となり、テンジは為す術もなくトドメを刺された。自殺行為と等しい行動を取っていた。
そう、天城典二という少年は一度死んだはずだった。
強い感情を抱きながら、後悔の渦に溺れながら。
あきらかな格上モンスターの強さの源である瞳を噛み千切って、飲み込んで、胃に押し込んで、おもちゃのように吹き飛ばされて死んだ。
あの日僕は一度死んだ。
いや、死んだはずだった。
だったら今、僕が生きている理由はなんだ。
奇跡が起こったから、運が良かったから――そんな単純な話じゃない。
まだ確証がある訳ではない.
だけど、一つだけ気になることがある。
”――何も持っていない人間が代償を発動したらどうなるのだろうか。”
そんな一つの疑問が浮かんでくる。
そもそも代償は一等級以上の天職を所持していない限り発動しない。
久志羅ムイはテンジに対し、確かにそう教えた。世界を代表する研究者がそう教えてくれたのだ。それが限りなく正解に近い解答なのだろう。
だがそれはあくまで推測の領域であって、真の正解ではない。
限りなく正解に近い正解であって、例外は少なからず存在する。
本当はこの世界で誰一人、それが真実だと断言できる人はいないのかもしれない。
前例が少ないのだから致し方のないことなのだ。
彼ら研究者も協会関係者も、その数少ない前例から正解を導き出すしか方法がなかった。
そう、この世界にはまだ誰も知らない例外が存在する。
何も持っていない人間が『代償』を発動する。
あの日、天城典二という何も持っていなかった少年が『代償』を発動した。
『何か』を『代償』として支払ったテンジは【獄獣召喚】に覚醒した。
誰もが夢見る高みへと駆けあがれる力、か。
はたまた誰もが願わない地獄行きの切符、か。
代償の先に待つのは肉塊になることか、自殺してしまうほどの情報量を常時与え続けられることか、久志羅ムイのように不死となって死ぬことを許可されないことか。
いや、そんな生半可な代償なはずがない。
一級探索師程度の天職等級でさえ、これなのだ。
その遥か先に生きる特級天職が、こんな生ぬるい代償を要求するはずがない。
今でさえ、テンジは他とは比べることのできない代償を支払っているのかもしれないのだ。
ただ、それが何かは今のテンジに分からない。
それを酒呑童子はもう一度要求してきた。
「また……あの日の再現を僕が」
テンジは戸惑っていた。
またあの苦しみを味わうのは、嫌だと思った。
だけど。
それだと目の前のモンスターに勝てる未来が見えないのも、確かな現実だった。
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