第181話
「これからラストオペレーションを起動します」
イロニカが仮拠点にある主作戦室に息を切らしながら戻ってくると、そう言い放った。
ここにいる全員がアレクの『メイン級モンスターの討伐は不可能』という一斉通信を耳にしていたので、イロニカのその言葉には妥当性があるのを理解していた。
ロシアでも随一と名高い探索師がそう言ったのだから、今のこの戦況はすでに赤信号に変化していたのだ。しかし、そのオペレーションに納得できない者もいる。
「で、ですが! それではマジョルカ共和国は!」
「はい、終わりです。それか……可能性は薄いですがメイン級モンスターを倒せるほどの探索師が現れるまで、一時的な封印措置となるでしょう」
反論したのはマジョルカ共和国の政治を司る、一人の高官だった。
彼の言うことがもっともなのはイロニカも重々承知だ。しかし、そんな政治や国の一つなどちんけなものだと思わせるほどの敵が現れたのならば、国を放棄するしかない。
そもそもそういう前提でこの国は成り立っている。
たった一本の細い糸で繋がれているだけの小国に過ぎないのだ。
ラストオペレーション――。
それは国民への強制的な避難命令。
物資や金品などを持ち出すことを禁じ、身一つで転移ゲートより順次地上へと避難していく最後の作戦指示のことであった。
要するに一つの国が終わる。
それがラストオペレーションであり、政治を司る高官が否定したいのも無理なかった。
しかし、このマジョルカ共和国ではウルスラ=リィメイに続いて、その右腕と言われているイロニカ=モンモンにも強力な権限が委ねられていた。
たった一人の高官が喚き散らかしたところで、イロニカの決断を蹴散らすことなんてできないのだ。彼女のいう言葉は、リィメイが言ったも同然なのだから。
「状況が状況です。ご理解ください」
「……そ、そうですね。すいません、取り乱しました」
「いえ。ですが……いつかマジョルカを取り戻しましょう。私の生きる国はここですから」
心底この国を好きでいてくれる純粋なイロニカの言葉を否定できるなんてこと、彼にはできなかった。彼もマジョルカが好きで、イロニカも同じくらいにこの国を愛してくれている。
いつかまた、この国が復活することを願って。
彼は拳をギュッと悔しさに握り締めながら、顔を上げる。
「はい、私も全力でサポートさせていただきます!!」
「ありがとうございます、ルイス。これから一緒に頑張りましょう」
イロニカは珍しく微笑むと、首から下げていた小さなロケットを胸の中からゆっくりと取り出していく。
その手は僅かに震えていた。
それでもイロニカは自分に対し「これは仕事だ」と言い聞かせ、ロケットの中身を確認する。
三十桁の数字と小文字英語の羅列が書かれていた。
その羅列――パスワード――をほんの一瞬で暗記してしまうと、タブレットから『ラストオペレーション』と書かれたアプリソフトを起動する。
起動してすぐに要求された国民コードとパスワードを入力すると、イロニカのオレリアから無機質なAIの音声が流れてきた。
『”LAST OPERATION”があなたの国民コードによって発令されようとしています。許可しますか?』
「イロニカ=モンモンが許可します」
『生体音声認証――認証を受けました。これより全マジョルカ国民へのラストオペレーションを発令します』
無機質なAIがそう告げた次の瞬間には、一つの国が終わりへと動き始めた。
マジョルカに滞在する全国民のオレリアが強制的に起動状態へと切り替わる。
カチャッと何かのスイッチが入るような音が耳元から聞こえてくると、次にザザッと雑音交じりの通信音が鼓膜を揺らした。
国民は突然の聞き慣れない雑音に、反応を見せた。
オレリアには翻訳機能しか搭載されておらず、通信機能はなかったはずだと言いたげに。
しかし、何もしていなくても突然オレリアが謎の通信を受信したのだ。
そして――、
ラストオペレーション、正式名称『LAST オレリア』が始まった。
『これよりマジョルカ共和国は閉鎖されます。繰り返します、これよりマジョルカ共和国は閉鎖されます――』
最初にそのAI音声を聞いたのは、第一階層に住まう国民のみに限定されていた。
混雑を避けるためにラストオペレーションは時間差で発令されるシステムを採用していたのだ。最初は最も人口の多い第一階層から、順に下の階層へと。
こうしてマジョルカ共和国の強制緊急避難命令が始まった。
マジョルカが技術の粋を集めて作られた最後の砦であり、保険でもあった避難システムが随時起動されていくのだ。喧騒とパニックが国を揺れ動かしていく。
世界が震撼するのは間違いない。
そんな歴史的事件が幕を開けた。
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