第180話



 正直に言うと、九条でさえ今の状況を飲み込めていなかった。

 日本のトップ10ギルド、その一角を纏め上げる九条霧英というカリスマでさえ、あまりの衝撃的な展開の連続に頭の整理が追い付いていなかったのだ。


 そこにさらに大きな情報――爆弾が投下された。


「あれがお前を? なぜ分かった?」


 動揺して揺らぐ瞳を向けてくる一人の少年に、九条は冷静を装って聞き返した。

 周囲にいる探索師たちも訳が分からないといった表情を浮かべている。


 しかしなぜかテンジは逆に、九条たちの様子を見て驚いた様子を見せた。


「え? 言ってたじゃないですか。僕の名前」


「は?」


 少年の言う言葉に、シンと辺りが鎮まる。


 ここにいるテンジ以外誰も、奴の言う言語など理解できていなかったのだ。

 どこか異国の言語をつらつらと語っているようにしか聞こえておらず、この場で少年たった一人だけが理解していることに言葉を失っていた。


 なぜ、少年だけが言語を理解できたのか。


「ちょ、ちょっと待て、理解が追いつかん。いや、今はそんなことどうでもいい。テンジ……一つだけ聞く、お前はあいつに効く有効な攻撃手段を有している。そうだな?」


「はい、おそらく」


 テンジが真剣な眼差しで頷くと、九条は伝達役の探索師へと視線を切り替えた。

 それだけで何かを察した伝達役はすぐに走る準備を始める。


「それが分かれば十分だ。おい、プラービリナの探索師。そっちの総隊長に伝えろ、奴は私たちが引き受けると。それだけ伝えればあいつは理解するはずだ」


「了解だ、クジョウ。では、無事を祈る」


 伝達事項を聞き届けると、その探索師は最高速度の加速を以て駆け出した。

 瞬く間にその姿は地平線の先へと消え去っていき、ここにはチャリオットの探索師と瀕死状態のリィメイ学長、そして彼女を治癒しているプラービリナの探索師だけが残っていた。


 そんな彼らの現在の精神状態や戦力を鑑みて、九条は決断を下す。


「今から名前を呼ばれた者だけここに残れ。他は一度転移ゲート前に退却、リィメイの死守と同時に態勢を整えつつ他のギルドのサポートに入れ――」


 九条のその言葉にギルド隊員たちは静かに頷いた。

 一つ考えるように間を置いて、九条はギルド隊員全員のたくましい目を見つめ返した。




「稲垣炎、白縫千郷、黒鵜冬喜――天城典二、以上四名だ」




 それは実質の戦力外通告、この戦場において名前を呼ばれなかった者は力不足なのだ。

 ここにいたほとんどの探索師はほんの一瞬だけ瞳に悲しい色を灯した。それでもすぐに状況を整理して、自分の出来る仕事を考え始めていく。


 自分のギルド隊員たちが意志の切り替えを出来たところで、九条は再び指示の確認を始める。


「お前らの最優先事項はリィメイの死守だ。リィメイが死ねばこの戦況は崩落しかねない。あとはあっちにいるイロニカに指示を仰げ、いいな?」


「「「「了解」」」」


「頼んだぞ、お前ら。頼りにしている」


 信用の籠ったその瞳にギルド隊員たちは使命感を感じた。

 いつもは言葉の棘が強く、あまりギルド隊員たちを褒めることの少ない九条団長が、自分たちを信じていると言った、頼むと言ってくれた。


 それだけの言葉で彼らには十分だった。


「「「「はい!」」」」


 すぐに戦力外の通告を受けた探索師たちは準備を始め、一分も経たないうちに仮拠点のある転移ゲート前へと駆け出していった。


 そんな彼らを見送ったのはたったの五人。

 そのうち正規の探索師ライセンスを持つのは三人だけ。白縫千郷、稲垣炎、九条霧英。


 そして学生が二人。


 未来の零級探索師と名高い黒鵜冬喜に、謎に満ちた天城典二。


 九条はこの五人だけであのモンスターに対して時間稼ぎの作戦を追行すると決定した。

 傍から見れば『無謀』な作戦だが、九条には賭けにも近い勝算があった。




「準備はいいな? 行くぞ」


「「「「了解ッ!!」」」」


 五人は一つのチームとして、窪地の森林を駆けだした。


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