第179話
なんと言い表せばいいのだろうか。
気が付いたらそこにいた――それ以外の表現方法が見つからない。
瞬き云々の話ではなく、すでにそこにいたかのような佇まい。
チャリオットギルドが配置されていた北東から北西の窪地地帯を一度に見渡せるこの崖上地帯に、奴が宙に浮いてみんなを見下ろしていたのだ。
三メートルは優に超えているであろう上背に、人間のように配置された幾何学図形の真っ白な集合体、所々に流れる橙色のライン。耳のような感覚器官は見当たらず、妙に生々しく獰猛なジグザグの口だけがはっきりと見えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
その容姿を間近で見た彼らは、一様に言葉を発せなくなっていた。
鮮烈で信じがたい登場。
口を開くのを拒んでくる恐怖が大波のように押し寄せてくる。
何もされていないはずなのに、何かの力で上から押しつぶされそうに感じる異質な圧迫感。
稲垣炎でさえ、九条霧英でさえ。
あまりの恐怖に固まったまま指先一つ動かせなくなっていた。
お、おかしい。
さっきまでリィメイと戦っていたときとは、存在感の桁がまるで違う。
この十数分という短い時間で一体奴の身に何が起こったというのだ、あまりにも強さの桁が跳ね上がり過ぎている。
――あっ。
息って、どうやってするんだっけ。
(あれ、死ぬのか? 私)
九条はその一瞬で自分の死を覚悟した。
彼女だけじゃない。炎も、一級探索も、二級探索師も、福山も、千郷も、誰もがみんな自分の死を瞬時に悟ってしまう。
もう一歩も動けない、無理だ。動けば殺される。
アクション一つで、確実に首を跳ねられる。胴を捩じ切られる。心臓を貫かれる。
みんな……ここで死ぬんだ。
アマチュアか、プロか。
探索師か、人間か。
一等級か、二等級か。
そんな肩書は奴の前ではただの誤差でしかないと、全員知ってしまった。
人間がハエを容易に殺せるように、奴は探索師をハエのごとく殺せてしまう。それほどの力量差があるのだと瞬時に生存本能が理解してしまった。
誰もがそれを理解してしまった。
――いや、違う。
たった一人、恐怖を感じていない人間がいた。
ここにいる誰よりも特別な天職、特級天職【獄獣召喚】を授かった一人の少年。
ここいる誰よりも奴に近い存在。
「――『炎々』ッ」
ドンッと豪快な地面を蹴る音を轟かせ、奴の眼前でテンジが右腕を振りかぶっていた。
武器さえ構えていないまさかの拳一つでその”恐怖の象徴”を殴ろうと、たった一人だけ体に鞭を打ち飛び掛かっていったのだ。
その行動は蛮勇――いや、誰よりも
後ろにいたはずの少年が、まだ正式なライセンスすら持ち合わせていない一人の学生が、目の前で戦っている。プロ探索師たちはその光景の変化に、息の仕方を思い出した。
『
「うるさいッ!!」
何かを語り掛けてきた奴に対し、テンジはスキル『炎々』の攻撃力2.25倍を付与した本気の右拳を敵の頬目掛けて振り抜いた。
ドガンッッッ、と強烈な衝撃が頬に奔った。
『G〇▽&%“*+LUu』
モンスターは突然の拳に対応できなかった。
もろに食らったテンジの右拳突きに意味不明な言葉を発すると、きりもみしながら遥か遠くの窪地地帯へと吹き飛ばされていく。
その火力ははっきり言って、リィメイと遜色ない。
いや、九条の瞳にはリィメイよりもずっと威力の高い右拳の突きに見えていた。
(なんだ? 今の火力はなんなんだ? あれが……学生のなせる技なのか?)
九条の頭の中には一瞬でテンジに対する疑問がいくつも浮かんできた。
それでも今すぐに解決できる疑問ではないとすぐに頭から切り捨て、恐怖に縛られていた体の硬直を自分の強い意志で解く。
ほぼそれと同時にここいた全員の硬直が解け、時が突然動き出したような状況になる。
そんな中、テンジが動揺した様子で振り返ってきた。
異常な右拳の火力を見せたテンジの瞳は動揺の色で染まっており、訳が分からないと言いたげな表情で九条へ言った。
「奴が探しているのは…………僕かもしれないです」
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