第165話
炎が前足で地面を大きく、そして力強く踏み込む。
どろどろと溶岩が止め処なく溢れ出てくる右腕を振りかぶると、遠くに見える白きモンスターへと攻撃焦点を合わせた。
ゴゥゴゥと激しく空気を焼き焦がしていく豪快な右腕。
途端――腕に纏わりついていた溶岩がボーリング玉大の小さな球形へと変化した。
そして、炎はそれを勢いよく放り投げた。
周囲の空気を焦がしながら、目にも止まらぬ速さで飛んでいく溶岩球。
(これが稲垣炎の力! 凄まじい威力だ、僕にこれほどの火力を生み出せるほどの技術力はまだ無い。それに先制攻撃はこれだけじゃない、他の探索師たちも――)
テンジが間近で本物の探索師の実力を嫌というほどに感じ取っていたそのとき、白いモンスター目掛けて四方八方から炎と同様に多種多様な遠距離先制攻撃が飛んでいった。
あらゆる方向、あらゆる属性、あらゆる威力を内包した同時多発的な先制攻撃。
炎だけじゃない。
他の探索師たちもそれぞれが持つ最高クラスの遠距離攻撃を、合図と同時に撃ち放ったのだ。
「ルゥ……ゥ」
しかし、モンスターの瞳は微動だにしなかった。
見えてないという訳ではないと思う。
この暗闇の中で輝く先制弾の数々は、否応にも目を惹かれるほどの存在感があった。
ただただジッと奴は、何かを想うように寝待月を見上げるばかり。
そんなのんびりとした様子のモンスターへと、先制奇襲攻撃の全弾が直撃した。
ドカンッと激しい爆音を轟かせながら、衝撃波と爆風を発生させる。
世界の名だたるプロ探索師たちの渾身の一撃。タイミングを合わせて放たれた数々の強力な攻撃が、見事に奴の図体へと衝突した。
赤、緑、黒、青――様々な色を持った先制攻撃が成功した影響により、モンスターのいる位置を中心に巨大な爆発が巻き起こった。それぞれの攻撃が他の攻撃をさらに誘発させ、より強力な威力を実現したのだ。
スキルの乗算と合成。
テンジもその存在を聞いたことはあったが、そう簡単に成功できるものではないと学校では習っていた。探索師同士のタイミング、意志、攻撃の相性などの様々な要素が奇跡的に噛み合うことで成功すると言われている超常的な技術だ。
動画でも、テレビでも、もちろん現実でなど一度も見たことがない。
そんな偉業とも言えるスキルの合成技に、思わずテンジは目を奪われていた。
あまりの規格外な威力に、遠くで控えていたはずのテンジの場所までズシンッとした衝撃波が届いてくる。肌を撫でてきたその感触を忘れてはならないと思った。
(これが世界レベル……上位探索師たちの住む領域か)
これほどの合成攻撃は誰も見たことがないだろう。
一等級モンスターならば血一つ残らないほどに木っ端みじんとなり、燃えカスとなるであろうほどの攻撃威力。かの有名な零等級モンスター「石化の魔女」にすら致命傷を負わせられるであろう可能性を十分に秘めていた。
――はずだった。
声が聞こえてきた。
「ルゥ」
吹き荒れていた爆風や攻撃の残余が、その一言で突然消し飛んだ。
すべてをなかったことにしたような、すべてをリセットしたような、そんな感覚だった。
そして、そこには――。
傷一つ、火傷一つ、汚れ一つ。
まるで何も起こらなかったと言うように、白い瞳がキラリと輝いていた。
(……嘘でしょ!?)
テンジは目を疑った。
今の攻撃で下半身を覆っていた黒繭はいつの間にか吹き飛んでいた。
そして顕になった白いモンスターの下半身もまた、白く直線だけで構成された奇妙な姿かたちをしていた。その全貌があらわとなり、ここいる全員がその姿を視界に捉えた。
こんなモンスター見たことがない。
誰もがそう思った――その時であった。
「やはりか」
九条団長がぼそりと呟いた。
その発言にはまるで予想通りの光景だと言いたげな雰囲気すらあったことに、テンジと冬喜は素早く気が付いた。そう、九条は攻撃が効かない可能性を初めから予測していたのだ。
その時、奴の周りに何かが出現し始めた。
淡く発光するタンポポの綿毛のような物体がふわりと現れる。
周りには何もなかったはずだが、瞬きした次の瞬間にはそこに出現していたのだ。
それを見るや否や、先頭に立ってモンスターを観察していた九条がすぅと息を吸った。
そして一度心を落ち着かせるように肺に溜まっていた不安を吐ききると、冷静に指示を出す。
「お前ら出番だ。子飼いを殲滅するぞ」
「「「「「「了解!」」」」」」
その号令と同時に、チャリオットは作戦を開始する。
テンジを含めたチャリオット全員が崖を当たり前のように飛び降り、自然豊かな中央窪地地帯へと踏み入っていった。
彼らの重要な役割の一つ、『子飼いの殲滅』が始まろうとしていた。
一般人ならば誰もが見失ってしまうほどの移動速度で、全員が森を駆けていく。
森の草木や蔦に足をとられずに、慣れた動作で探索師たちはモンスターとの距離をみるみると詰めていく。
テンジもまた同様に彼らの隣を走るように森を進んでいた。
ここに学生やプロという肩書なんて関係ない、戦える奴しかいないのだから誰もテンジたち学生に遠慮する様子は見せていなかった。付いてこれないならば置いていく、そんな雰囲気さえあった。
ちょうどそのとき――。
視界の端に一瞬だけ僅かな光の線が奔った。
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