第154話
福山の後ろをついていくように、テンジたちは歩き始めた。
世界的に有名な探索師やテントの合間を縫って歩ていると、見慣れない三人へと視線が自然に集まってくる。「なぜ学生がここにいるんだ」というような鋭い視線から、面白そうに好奇心の感情を向けてくる者までその反応は様々であった。
次に車のタイヤ痕がくっきりと残る広めの通りに出ると、さらに階層フィールドの中央に向かって奥へ奥へと歩き始めた。入り口から少し遠くの場所にリィメイ学長はいるようなのだ。
ここまで歩いただけでも有名な探索師が二十人はいた。
一体ここで何が始まろうとしているのかという疑問が、三人の頭で渦巻いていく。福山に聞いたところで、「俺よりも適任がいる」と言って今は教えてくれようとしないのだ。
他愛もない会話をしながら歩き続け、たまに福山のジョークが飛び交いながら数分ほど。
ここがどんな地形のフィールドなのか、テンジはおおよそ把握していた。
大きさは他のフィールドとはそう変わらない。
巨大な楕円型の形を成し、長辺20キロメートル、短辺15キロメートルほどのフィールドだ。その楕円の外には大地が無く、見渡す限りの真っ暗な奈落が続いている。
ただ、他の階層との違いもあった。
転移ゲートが中央にはないということだ。
今までフィールドの中央に位置していた、またはその付近にあった転移ゲートが、この階層ではフィールドの南端にある絶壁の上に位置しているらしい。
そのためにリィメイ学長のテントは、もう少し中央寄りの場所に設置されているのだと福山が言っていた。
さらに、このフィールド特有の奇妙な地形についてもおおよそ理解できた。
ちょうど真ん中の直径10キロメートルほどは円型の窪地となっており、そこには雄大な自然が広がっている。木々や草が青々と茂り、地面だけではなく倒木や岩石にも藻や苔、キノコ類なんかが手つかずの大自然らしく生き残っている。
その低い窪地を囲むように、高さ10メートルから20メートルほどの赤色な岩壁が辺りにそびえ立っている。
その絶壁地帯、つまり窪地の周囲にはあまり草木が密集しておらず、雑草程度の草木や数本程度の木々しかない。それゆえに、この絶壁の上部分は見晴らしが凄く良かった。
そして、この階層で最も奇妙な『モノ』――。
「……大きい」
その通りを歩いていると、テンジたちの視界に巨大な『黒繭』が入ってきた。
フィールド中央にあると聞いた窪地、その上空15メートルほどの場所に見たこともない巨大な黒繭が悠々と浮いていたのだ。
ドクドクと脈のような赤い光をときどき放ち、今にも生まれそうな予感がする。
一目見ただけでこれが全ての要因なんだと、テンジは瞬時に理解していた。
そんな状況を察し始めた三人に、福山は語り掛けてきた。
「マジョルカが調査した結果だけどね。すでに黒繭誕生から三年半近くが経過しているらしい。相当、激しい戦闘になると思う。たぶん歴史に残るよ、この戦いは」
「「――ッ!?」」
「三年半って!? それってクロアチアのときよりも……」
冬喜が思わず、そんな疑問を返した。
「そうなんだよ。おそらくあの黒繭は史上初規模の災害となる。だから、マジョルカはこうして俺たちみたいな一部の探索師たちを搔き集めているんだ。あの黒繭から生まれてくるだろう史上最悪のモンスターを討伐するために、国費を散在してまでね」
福山がちらりとこちらへと振り返って言った。
三人はようやくここが何のための拠点なのか正確に理解した。
この第75階層にこれだけの探索師がいる意味を。
彼らが何のためにここに滞在して、何のためにあれほどの鋭い殺気を纏っているのか。
二流の探索師なんて一人もいない。
ここにいるのは世界的に有名な一級探索師や英雄位の探索師たちばかりだったのだ。
クロアチアの災害は誰もが知っていることだ。
それこそ今の小学生ですら全員が知っている。
あの日以上の黒繭が今目の前にあり、それに伴い災害の規模も想像できないレベルとなるであろうこと。
もしかしたらここにいる半数以上の探索師は生きて帰れないかもしれない。
それでもここにいるってことは、それほど正義感の強い探索師たちということだ。
ただ、幸いにも黒繭が発生しているのはダンジョンの中。
クロアチアでは都市のど真ん中に黒繭が発生していたのも最悪の要因だった。
(なるほど。水面下でずっと動いていたのか)
リィメイ学長が忙しい人だということ、そして第75階層以降の攻略が進んでいない理由を今日ようやく知った。
街中では色々な噂があった。もうリィメイは限界だとか、遊んでいるだけだとか、強いモンスターが潜んでいるだとか。でも実際はこういうことだった。
リィメイは全力でこれと戦おうとしているのだ、と。
不意に、福山はテント群の中央にあるひと際大きなテントの前で足を止めた。
ベージュ色のテントに、少しばかりエスニック風の文様が刺繍されたお洒落なものであった。そして入り口には、スペイン語で『ウルスラ=リィメイ』の名前が書かれた立札があった。
「さて、あとの詳しいことはリィメイ学長から聞くといいよ」
福山は「チャリオット、福山入りま~す」と大きな声で言うと、テントの暖簾のような入り口部分を潜り内部へと入っていく。
それに続くようにテンジと冬喜、千郷の三人もテントの中へと足を踏み入れた。
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