第142話
約23年前――いや、もうそろそろ24年が経とうとしているか。
第一期ダンジョン時代、久志羅ムイは十六歳の女子高校生であった。
三重の田舎に住む普通の女子高生で、県民らしく赤福が大好物な、特筆すべき特徴も特技もなかったごく平凡なJKだった。勉学も得意というわけでもなく、むしろ三重の中では下から数えた方が早いだろう偏差値の高校に通っていた。スポーツの経験もまるでなく、平均といえる記録しか出したことはなかった。
その頃はまだギャルっぽさもなく、薄化粧な平凡娘だった。
ただ、彼女は世界から選ばれた人間だった。
ダンジョンが地球に現れたあの日、久志羅は固有アビリティに目覚めた。固有名称《アナリスト》、目で見たもの、手で触れたもの、耳で聞いたもの、全てを解剖し分析することのできる能力であった。分析と言っても何もせずにパッと思い浮かぶような便利なものではなく、どちらかという固有アビリティ発動時にはずば抜けたIQを授かり、ダンジョンに関する物に対しての理解が深まるという微妙なものだ。
攻撃能力のある才能ではなかったものの、久志羅の固有アビリティには当時は珍しかった未知のものを解明できるという要素があった。
今では《鑑定師》と呼ばれる鑑定に特化した能力を持つ探索師が多く協会に在籍しているのだが、当時ではこのような能力は稀有だった。
久志羅はすぐに日本の政府に才能を見出され、ゲートの先にあるダンジョンの中へと一緒に帯同することとなった。
それが彼女の人生を大きく狂わせたのだ。
何度目かのダンジョン探索。
当時は探索のことを『特異点調査』なんて呼んでいたりもした。
久志羅は同じ固有アビリティの才能を持つ同志や、自衛隊の隊員たち、研究者たちと共に北海道にある石狩ダンジョンに向かった。
そこは――日本の中では最も等級の高い、二等級ダンジョンだったのだ。
当時はその事実は知られておらず、彼女たちは無知のまま、探索に向かうことになった。
すぐに彼らは全滅しかけた。
自らの強さに見合わないダンジョンに介入したことにより、彼らは圧倒的な強者であるモンスターに食い殺されたのだ。
その逆境の中、数人が天職に目覚めた。
天職クエストを攻略し、新たな能力に目覚めたのだ。そして久志羅ムイという女性も、ここで一等級天職《黒呪魔法師》に覚醒した。
それでも覚醒したての彼らに為す術もなく、徐々に隊の数は減少していった。
そして――。
久志羅ムイは知らぬ間に、『代償』の能力を使用してしまった。
あるとき、久志羅を含めた十人程度の人間たちがモンスターハウスに誘導され、モンスターの群れに囲まれてしまった。
逃げようにも、逃げ道はなかったのだ。
久志羅は後悔に苦しみ、自らの運命に抗おうとした。
ただでは死んでやるかと思い、自死するために舌を噛み千切ったのだ。
その結果――『代償』は発動したのだ。
久志羅の代償による効果は絶大だった。
周囲に溢れていたモンスターたちは途端に苦しみ始め、その場に倒れ伏し、黒い靄のような何かに体を侵食され始めた。
そのまま腹の中に強大な呪いを抱え、死ぬまで苦しみ続けるはめになった。
その効果が二十四時間も続いた。
彼女たちはなんとか地上へと帰還することができた。
百人以上いたはずの隊は崩壊し、たったの十人だけが地上に戻ってくることとなった。
――それから数年後、久志羅は自分が一切老いていないことに気が付いた。
彼女が『代償』にしたものは、彼女の『未来』。
自らの未来を呪うことで、彼女はたったの二十四時間の無敵を手に入れた。彼女の視界に入ったが最後、どんなモンスターであれど呪いに体を侵食され、死んでいくことになったのだ。
それでも彼女は自分の運命に抗おうとした。
不死が羨ましいと言う配慮のない奴もたくさんいた。
老いないなんて人間の進化だと謳うような輩もいた。
女子高校生のまま一生を過ごせるなんて、神からの贈り物だという奴もいた。
久志羅はそんな奴らのスカスカな脳みそが羨ましいと思った。
確かに今はまだ最高の贈り物なのかもしれない。だけど、その「楽しい」が一体いつまで続くのだろうか。
「楽しい」は突然「退屈」に変わるものだ。
それから彼女は、今まで無縁だと思っていた研究者を目指すことに決めた。
自分の人生が退屈に変わったとき、このままでは自分は死ぬことができない。
死ぬことができないってのは、きっとつらいんだろうなと思った。
だから――、
久志羅ムイは自分を殺す方法をずっと探している。
いつか死にたいと思った日に、死ねるように。
それはいつになるかは分からない。だけど、死にたいときに死ねない体ってのは凄く嫌だった。
そんな話を、久志羅はテンジへと話したのであった。
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