第107話



 テンジは様子見のための時間とパインたちの避難する時間稼ぎのために、自殺覚悟で小鬼たちを何度か突撃させてみた。

 しかし一等級モンスターの中でも、通称:悪魔とも称されるブラックケロベロスを前にして、小鬼くんの纏める第一小鬼隊はあっという間に全滅してしまう。


 ちなみに小鬼たちには「死」という恐怖感覚が欠落している。死を怖がらずに、主のために全てを賭す覚悟を一体一体が有しているのだ。

 そうして主の役に立ち、また主の元に召喚される未来を願う。


 テンジはブラックケロベロスの様子をじっくりと伺い、どう戦いを組み立てるか考えていた。

 しかしブラックケロベロスは攻撃の大半で使う下顎が無くなっても、小鬼程度の強さでは傷一つ付けられないようだった。煩いハエとしか思っていない様子だ。


(まぁ、さすがに二小隊規模じゃ何もできないか。そもそも小鬼たちは二等級か半三等級レベルの戦力しかないし、仕方がないよね。……うん、決めた。あくまで小鬼たちは陽動に……僕と小鬼くん、小鬼ちゃんの三人で叩くしかないようだ)


 そこでパインたちが無事に避難できたのを、視界の端で確認できた。

 すぅと深呼吸をして、目の前のブラックケロベロスに全神経を集中させる。


 敵から視線はそらさずに、100ポイントを消費して再び第一小鬼隊を召喚し直す。

 そして地獄ゲートから出てきた小鬼たちに、指示を飛ばす。


「警戒、奇襲態勢で散っ! 2-1フォーメーション!」


 主であるテンジの言葉を聞いて、全小鬼の触角がぴくりと反応する。

 そして練度の高い連携を以って、ブラックケロベロスと程よい距離を離しながら、周囲をぐるりと囲い込んだ。


 突然の奇怪な行動に、ブラックケロベロスは動揺の声を漏らす。

 三つの首を忙しなく動かしながら、周囲の小鬼たちの様子を伺う。


 先ほど圧倒的な力量差で倒したはずの小鬼たち。

 それが一瞬で青年の手によって蘇生され、また歯向かってきたのだ。その光景にほんの少しの動揺を抱いていた。


 否。

 蘇生するならば……その大元を叩けばいい。


 生まれたばかりのブラックケロベロスはすぐにその考えに至り、三つの首にある計六つのルビーのような瞳を、ひと際強者のオーラを醸し出すテンジへと向けた。

 互角……いや、自分よりも奴は弱い。

 モンスター特有の感知器官で、ブラックケロベロスは瞬時に判断する。


 しかし――。

 いつの時代も戦力が拮抗するならば、『個』よりも『数』なのだ。


「天星解放ッ! 地面を持ち上げろっ!」


 言霊。

 そう錯覚してしまうほどの力強い指示が飛び交うと、刹那、周囲を囲んでいた全小鬼の体から濃い紫色の陽炎が立ち上った。

 同時に赤と紫で半々に染まりあがっていた瞳と角が、鮮明な赤へと変化した。


「グロォォォオッ!?」


 突然の異様な状況に、ブラックケロベロスは驚きの声を上げた。

 テンジが何かの言葉を発すると、周囲の小鬼たちの存在感が一段と増したのだ。


 地獄獣専用の天星スキル『岩砕き』。

 小鬼のMPを100消費することで、60秒間、攻撃力に3.0倍のバフを上乗せする自己強化系の能力である。

 彼らの元の攻撃値は平均で300程度、それが一時的に900近くまで跳ね上がる。

 ステータス値が900と言えば、それはベテラン三級探索師相当に位置する。しかし地獄獣はあくまで地球の指標ではなく、地獄の指標で表される。


 つまり、彼らの攻撃力は一時的に二級探索師の上位まで上昇するのだ。


 二級ともなれば、ブラックケロベロスに対しての攻撃が通用するギリギリのライン。

 その事実に薄々気が付いたブラックケロベロスは、この状況をどう打開すればいいのか考える。


 が、それはすぐに塗り替えられた。


「グッ、グロォォォォッ!?」


 突然、自分の体が宙に投げ出されたのだ。


 いや、少し違う。

 周囲の小鬼たちが力任せに硬い地盤に手を突っ込み、計40体の小鬼の馬鹿力で、ブラックケロベロスの立っていた地面を丸ごと持ち上げ、空高く投げ上げたのだ。

 普通のモンスターは人間の言語を理解できない。テンジの指示を理解するのは、無理なことだったのだ。


 動揺、動悸の高鳴り、視界から消えた青年。



「鈍いね」



 宙にぶち上げられたブラックケロベロスの視界の外から、声が聞こえた。

 次の瞬間には、ブラックケロベロス一体の瞳に赤黒い短剣が突き刺さった。そのままテンジはスキル『無導』を発動し、短剣を突き刺さった状態で高速回転させ、脳内を直接かき乱していく。


「グロォォォォォォオッ!?」


 頭の一体に奔った猛烈な激痛は、他の二体の頭にも共有される。

 痛みの咆哮は、今までのブラックケロベロスの咆哮とは比べられないほどの「力」が籠っていた。


 スキル『悪魔犬の怒り』が自動的に発動したのだ。

 元々黒き陽炎のように揺れていた毛並みが、一層激しく燃え始める。そして赤い瞳が薄っすら、朱色へと変わる。鮮明な赤から、ほんの僅かに白味が増したのだ。


「うわっ!?」


 ブラックケロベロスの体から、衝撃波にも似た圧が放たれる。

 跳躍し、空中で態勢を取っていたテンジはその威力に身をさらされ、近くの木の中へと吹き飛ばされてしまった。

 木の枝や木の葉がクッションになって大事には至らなかったが、あばらに痛みを感じる。


(……なんていう攻撃なんだ。うっ……あばらにヒビが入ったか)


 モンスターによっては魔法や遠距離攻撃を仕掛けてくる種類も多くいる。

 しかし目では見えない「圧」にも似た攻撃は、テンジにとっては初めての経験だった。


 無色透明な攻撃。


 回避できなかったのも仕方のないことだろう。


 テンジはすぐに閻魔の書の『地獄婆の売店』から、HP回復鬼灯を購入し、グイッと喉の奥に流し込んだ。

 すると体の中にじんわりと熱い靄のようなものが流れ始め、痛みを感じていたあばらのあたりをぐるぐると蠢き始める。そして――数秒と経たずにあばらのヒビが癒えたのであった。


 と、黒いレーザー攻撃が木の中で倒れていたテンジの眼前に迫ってきた。


「あぶなっ」


 寸前で赤鬼ノ短剣を構え、その奇襲攻撃をいなしてみせる。

 ジュゥゥゥと鉄が焼けたような匂いが上がり、テンジはすぐに決断した。


(ブラックケロベロスの方が感知能力は高いようだな。姿が見えないんじゃ、僕に勝ち目はない)


 むくりと太い枝の上で起き上がったテンジは、その枝を赤鬼ノ短剣で簡単に斬り落としてしまい、すぐに視界の開けた地面へと降り立った。

 念のためダミーとして切り落とした枝であったが、ブラックケロベロスは奇襲をしかけてはこなかった。


 そして約30メートル先の地面にぽっかりと穴が開いた場所ができており、そこに奴はいた。


「ま、そうだよね」


 その光景を見て、テンジは当たり前のように呟いた。


 周囲にはすでに赤鬼たちの姿は一体もおらず、小鬼たちが次々と倒れた感覚を感じ取っていたテンジは、今の無色透明は範囲攻撃で殺されたのだろうと推測する。

 今のブラックケロベロスは先ほどまでの奴とはレベルが違う、その存在感が物語っていた。


(さて、どうするかな)


 正直、今の怒り状態のブラックケロベロスに小鬼たちでは時間稼ぎにもならないだろう。


「グロォォォォォオ」


 瞳から多量の赤い血を流していた頭の個体が、威嚇するように唸る。

 今度はこっちの番だと言いたげな様子だ。


「本格的な再戦はここからってか」


 テンジもその意気込みに心を決めた。

 赤鬼ノ短剣を低く構え、四足歩行のモンスターに対する優位な姿勢を作る。


 正々堂々がダメなら、奇襲で小鬼を使えばいい。

 速さと攻撃力は互角。いや、攻撃は奴以上。

 その他のステータス値は、全部が負けている。


 次から始まるのは、本当の一対一の命を懸けた真剣勝負だ。


 それを悟られないように、テンジは口角を上げて笑って見せた。


「さぁ、来い。僕が君を殺して、僕自身と決着を着ける時だ」


「グロォォォォォォォォォォォオッ!!」


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