第94話
(本当に人を貶すのが好きな外国人が多いなぁ。まぁ、僕のことはどう言っても構わないんだけどさ)
彼らの虐めとも捉えられるような言動を、テンジはさらりと受け流す。
目を閉じ精神統一をしていたので、瞼さえ開けなければなんということもない。集中していたとシラを切ればいい。
ここが治安のいいマジョルカアイランド共和国でなければ、すでに殴る蹴るの暴力を受けていたのかもしれないが、ここは世界でも有数の治安がいいと言われている国だ。それに、すぐそこには零級探索師の一人であるリィメイ学長が目を光らせている。おいそれと手を出してくるような事態には、今までなったことがない。
(最初に乗っていた五人はいつもと変わらず我関せずなグループだ。あとから乗ってきた八人はアメリカのジョージを筆頭に僕を言葉で非難するグループだ。……こう考えると、パインって本当にいい子だなぁ)
一つ後ろの席に座っていたパインは、先ほどまで静まり返っていたのに、ジョージたちの言葉を聞いてからテンジの耳元で「大丈夫、私がいるから」と小さく言ってくれたのだ。
パインはこのクラスの中でも、優秀な部類として数えられている。
彼女がテンジの傍にいたからこそ、今まで危害を加えられていないのかもしれない。
テンジは心の中で「ありがとう」と呟き、精神統一を深めていく。
「おっ! 時間厳守、素晴らしい! じゃあ試験会場に向かうよ~」
ミーガン先生がバスの乗り込んでくると、全ての生徒が蜘蛛の子散らすように空いている席へと座り始めた。
そうしてスクールバスが出発した。
目的地は街の端にある噴水広場であり、そこから第15階層へと転移する予定だ。
すでに生徒たちは最低でも第18階層までの通行許可証を手にしており、全員が15階層には転移できるようになっている。講義のカリキュラムでそうなっているのだから、さぼっていない限りは全員が転移できるのだ。
このクラスの中でテンジを除くと、アメリカのジョージとパインが最も下の階層までの通行許可証を手にしている優秀な生徒である。
その階層は第32階層であり、他の生徒よりも5、6階層は深い場所までたどり着いていた。
そう、彼らはたったの30階層程度までしか攻略を進めていなかった。
いや、これが普通の生徒の進度なのだ。
しっかりと毎日講義に参加し、講師とマンツーマンでダンジョン攻略を進める。週に二日以上の休息日を設定し、暇さえあれば探索師としての技術を磨く訓練を行う。
これがマジョルカの学生にとっての普通なのだ。
そんな彼らはテンジが何階層までたどり着いているのかを知らない。
そもそもパイン以外に知ろうとした人がいなかったのだ。剣士などどうでもいい、と。
デバイスに記録される到達階層の情報も、マジョルカの中ではリィメイ学長とイロニカしか見ることはできない。
彼らはテンジの本当の姿を知らないだけなのだ。
もし彼らがテンジの到達階層を聞けば、こんな仕打ちを受けることもないのだろう。
ここに来て、三か月と少し。
テンジが個人の力で到達しているのは第67階層。リィメイ学長が攻略を続けている階層まで、残り8階層の場所までたどり着いていた。
ただ65階層からはモンスターのレベルも明らかに高くなり、ここ最近はあまり階層の更新をできずに、62階層を中心にフィールドを練り歩いていた。
このバスに乗っている生徒の中でも、テンジは断トツの深層までたどり着いているのだ。
その事実が、暗に彼らとの今の実力差を表している。
「ねぇ、テンジ」
「ん? どうしたのさ、パイン」
そんな時、ふとパインがテンジに話しかけてきた。
「本当に大丈夫なの? テンジはチサトと何階層までたどり着いたの? 私、心配だよ」
「いつも言ってるじゃん、秘密だってね。僕は大丈夫だからさ。伊達に千郷ちゃんに鍛えられてないよ」
「そうだけどさ、やっぱり等級の差を簡単には埋められない――」
パインがそこまで言いかけたとき、スクールバスが目的地である噴水広場に辿り着いた。
そして、まるで言葉をあえて被せるようにミーガン先生が大きな声で言った。
「はい! じゃあ降りたら、すぐに第15階層に転移してね! はい、降りた、降りたぁ~」
パンパンと二度手を叩き、ミーガン先生は生徒たちに動くように指示を出す。
すぐに生徒たちは席から立ち上がり、それぞれの武器ケースを握り締めてバスを降りていった。その様子を見て、パインも心配そうにテンジを見つめながら降りていく。
最後にテンジが下りていく。
と、その時だった。
テンジの肩にトンと手が置かれた。
「テンジ、大丈夫かい? 温厚な日本人から見れば、外国人はだいぶひどいことを言うでしょ?」
「いえ、全然問題ないですよ。日本でも同じような感じだったので」
「そう、それならいいけど……。まぁでも、試験については全く心配してないから頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます。ミーガン先生」
ミーガン先生は、テンジが本当は剣士ではないことを知っている。
それ以上のことはリィメイ学長から詮索しないようにと言い含められているため、あまりテンジと話をしようとはしなかった。
だけど今日は珍しく心配してくれたことに、テンジは少し嬉しくなっていた。
テンジはバスを降りると、噴水の前にある陣の上に立つ。
「――第15階層へ」
† † †
ダンジョン内に転移すると、そこには5人の教師とちょうど15人の三年生が待っていた。そしてもう一人、学長の秘書であり、あまり生徒の前には姿を現さないスーツを着こなした眼鏡姿のイロニカがいた。
一番最後に、担任のミーガン先生が転移してくるとイロニカが眼鏡をくいっと上げた。
「では、1-Aクラスの前期実技テストを始めます。すでにミーガン先生から説明を受けていると思いますので、端的に――」
イロニカをはじめて見た生徒もいたのだろう。
ドS感が全身から漏れ出ているその冷淡な表情と、思わず息を飲んでしまうほどの容姿端麗な美貌に、面を食らった生徒が数人いた。
イロニカは元クロアチア人であり、今はマジョルカの国籍を持つ28歳の女性である。
「みなさんにはここから三年生と一緒にフィールドの開始地点まで移動してもらいます。その際、こちらで目隠しをしますのでご了承ください。道中のモンスターは問題なくこちらで対処しますのでご安心を」
ダンジョンの中で目隠しをするなんて、マジョルカでしかできない試験だろう。
そもそも他の国となると、倫理がどうとか、馬鹿げているとか、そんなバッシングを国民から受けてしまうのでできないのだ。
「そこからは一人でこの場所を目指して進んでもらいます。道中のモンスターも自力で対応してください。ここに到達するまでの時間と順位、モンスターの等級と倒した数を基本的に採点します。その他の採点基準はお答えできません」
知ってたる採点基準に、全員が力強く頷く。
「周囲には多くの教師を配置していますが、生徒が死ぬような境遇に陥らない限り手助けはしません」
この文言が非常に需要だった。
要するに、生徒が死ぬような怪我を負わない限り、全てを見て見ぬ振りにすると言っているようなものなのだ。
妨害、共闘、裏切り、何でもありのサバイバル。
さらりと言い放たれた厳しい現実に、生徒たちはごくりと息を飲んでいた。
(さすがマジョルカエスクエーラだな。あくまで本当のダンジョンを意識したテスト内容、日本でなんか絶対にできない危険な行為だな)
これも全て彼ら、生徒たちに本物のダンジョンを知ってもらうためなのだ。
ダンジョンに存在する敵は、なにもモンスターだけではない。
ブラック探索師と呼ばれる、探索師殺しを生業とする探索師もいる。その他にも一緒にパーティーを組んでいた探索師に、裏切られることもよくあることだ。
それでもなお、立ち上がらなければならないのが探索師という生き物なのである。
全てを否定し、全てを受け入れる。
探索師としての入り口を学ぶには、うってつけの試験内容なのだ。
それを知っているからこそ、ここにいる全員の瞳に熱い闘志が燃え始める。
「制限時間は2時間。それまでにゴールできなかった人は、相応のマイナス点数が加算されるのでご注意ください。質問は受け付けません。それでは三年生のみなさん、一年生をお願いしますね」
こうして、マジョルカエスクエーラ一年次前期課程の実技テストが始まる。
「おはよう、テンジ。行こうか……の前に、目隠しをしてね」
テンジの目の前にやってきたのは馴染み深い青年、黒鵜冬喜だった。
冬喜は手に持ていたレンズが真っ黒に塗りつぶされた特殊なゴーグルをテンジへと渡す。
テンジもこれが目隠しなのだと気が付き、なんの疑問を持つことなく装着した。
視界が真っ黒になり何も見えなくなったところで、冬喜がそっとテンジの片手を取った。
「さぁ、行こうか。足元には気を付けてね。……それともおんぶしようか?」
「ははっ、さすがにおんぶは嫌だな」
「あっ、そう? 他のみんなは全員おんぶされてるけど。……うん、お姫様抱っこされてる人もいるね」
「え?」
「本当にいいの? 目隠しで歩くと、普通に転ぶよ? 試験開始ごろには泥まみれになってるかもよ?」
「えっと……じゃあ、お願いします」
恥ずかしいと思いながらも、テンジは大きな冬喜の背中に乗っかる。
そしてなんだか微妙な気持ちになりながら、スタート地点へと向かうのであった。
(お姫様抱っこって……誰だよ)
この状況でお姫様抱っこされた人物が、誰なのか気になって仕方ないテンジであった。
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