第46話



「大丈夫か?」


「あ……うん、ありがとう水江くん」


 思わず尻もちをついた草津に、水江は無表情だが優しく手を差し伸べた。

 草津はその頼もしい手を掴み、ゆっくりと立ち上がってから吹き飛んだアイアンソードを回収しに向かった。


 はじめての戦闘は立華が一体、水江が二体倒すという上々な滑り出しをしていた。

 彼ら三人は自然と輪になって集まり、今の戦闘について感想戦をしていく。


「水江さん、今の動きはびっくりしました。今後は水江さんを中心に添えて戦いませんか?」


 立華が、水江を尊敬するようなまなざしで見つめ、優しく上目遣いで言った。

 草津もすぐにその言葉に同意し、力強く頷いた。


「うん、僕もその方がいいと思うよ。やっぱり僕は鈍いから剣はダメだったかなぁ」


「いや、いい動きだったぞ。その怪力は武器になるし、鍛えれば十分やっていけると思う。ただ……」


 水江はナイーブになりかけた草津に励ましの言葉をかけ、後方で待機していた福山へと視線を向けた。

 福山は待っていたと言わんばかりに爽やかな笑みを浮かべ、その三人の元へとゆっくり近づいていく。


「うん、初戦にしてはなかなか良かったんじゃないかな? 俺なんかよりも君たちの方が断然に筋がいいよ。ただ、そうだね……。水江くんの言う通り、草津くんは剣じゃなくて『盾』が一番似合ってると思うよ。ということで、はいこれ。盾を使うといいよ」


 福山はそう言うと、自分の持っていたバックラーを草津へと手渡しした。

 押し付けられる形で渡されたバックラーをきょとんと見つめる草津は、不安そうな表情を浮かべながら福山を見返す。


「あの、僕が福山さんの盾を使ってもいいのでしょうか?」


「あっ、それ僕のじゃないよ。元々なんで草津くんは剣を持ってるのかなぁ、って待機してる時から思ってたんだよね。だから君のために持ってきてたんだ」


「そ、そうだったんですか……僕は盾…………」


「そう、草津くんは盾だよ。盾は結構地味だと言われることが多いんだけど、探索師の中でも誰よりも人の命を守ってきた武器なんだ。この短時間だけで、君はモンスターに攻撃するよりも、仲間を守る方が性格的に向いてるとわかった。だから俺は君に、盾役になることをお勧めするよ」


「わかりました! ご助言ありがとうございます!」


「いいってことよ。はい、じゃあそのアイアンソードは俺が預かっておくね」


 福山というプロ中のプロ探索師から助言を貰えたことで少し気持ちがすっきりしたのか、草津は晴れた表情で自分のアイアンソードを福山へと渡した。

 にっこりと笑みを浮かべながら福山も剣を受け取り、再び一番後ろへと戻っていくのであった。


「これで決まりだな。草津が盾役として前衛で攻撃を防ぎ、俺と立華で数を減らしていく。これが一番だろうが……お前はどうなんだ?」


 水江はたったの一線で彼らの信頼を勝ち取り、リーダーのような立ち位置を確立していた。

 そんな水江が、今の戦いで一歩も動かなかったテンジを見て質問をする。その瞳には、やる気がない奴は引っ込んでろ、とでも言いたげな敵意剥き出しの感情が込められていた。

 しかしテンジは動揺する素振りを一切見せずに、アイアンソードを鞘に仕舞いこみながら涼しげな表情で答える。


「僕はこのまま後ろで待機していてもいいかな? このダンジョンもどれくらい続くかわからないし、交代要員はいた方がいいでしょ?」


「なるほど、賢明な判断だ。探索師高校の生徒にしては謙虚だな、天城と言ったか」


「まぁ、僕は出来損ないの負け組だからね。荷物持ちとしての経験だけは豊富だから、後ろから見て改善点があればその都度言うことにするよ」


「わかった、それで頼む。草津も立華も疲れたときに、天城と交代してくれ。長丁場を意識しながらやっていこう。最初にサブダンジョンに入っていったやつらも、一時間経って出てこなかった。そこから推測しても、最低で一時間は戦い続けることを念頭に入れておいてくれ」


「うん、わかったよ」

「はい、了解です!」


「それじゃあこの調子で少しずつ連携を深めていこう」


 水江の一言で、このチームは再び前進を始めた。

 道中はモンスターを警戒しつつも、ときどき会話を挟みながら、お互いを知ろうと努力を惜しまない参加者たち。その様子は傍から見ていても、好印象を受ける行動であった。


 ただ一人を除いて。


 少し離れた後方で、彼らを見守る二人がいた。

 福山は常に隣を平然と歩く青年に問いかける。


「テンジ君、少し消極的すぎないかい? さすがにこのままだと不合格になっちゃうかもよ? 団長の言った通り、俺に地力を見せてほしいんだ」


 さすがに消去的すぎたかな、とテンジは少し反省する。

 しかしこれ以上の隠し事は、さすがに福山への心証を悪くする恐れがあったため、テンジは素直に話すことに決めた。

 別に隠していたわけではないのだ。ただ話しづらい理由ではあるのだが。それでも福山になら話しても問題ないと判断していた。


 テンジは困ったように眉尻をほんの少し下げながら、福山に顔を向ける。


「あの……あんまり大きな声では言えないんですけど」


「うんうん、みんなには黙っておくよ?」


「実は僕……今日が入団試験って知らなかったんです」


「え?」


「一昨日、累に五等級サブダンジョンに行く予定はないかって聞いて、横浜であると答えてもらったんです。それで今日来たら……入団試験があるって言われたんです」


 福山は、まさかそんな理由を聞かされるなんて思ってもみなく、口をぽかんと開けて唖然とする。そしてようやく内容を理解できたと思いきや、ダンジョン内に響くほどの大声で笑い始めた。


「あはははははっ……ま、まじで!?」


 腹を抱えながらテンジの背中をバシバシと叩き、福山は涙目になっていた。

 心の底から面白かったらしいが、テンジにとってみれば「この人……笑い過ぎ」と見えていた。


「は、はい……まじなんですよ。普通の五等級ダンジョンを落札したと思ってたら、チャリオットの入団試験だったんです。いまだに少し混乱しているくらいですよ」


「あははははっ、そりゃあ傑作だね。なるほど、テンジ君が消極的だった訳がようやく理解できたよ。でも、本当にいいのかい? こんなチャンス滅多にないよ?」


「まだ僕自身が進路を決めていないので、たぶん今はこれでいいんだと思います。五道さんや炎さんには少し申し訳ないんですが、今回は落としてもらった方がありがたいと思ってます」


「わかったよ、団長には俺の方で口裏合わせておくから安心しなよ」


「福山さん……ありがとうございます」


「いいってことよ。でも、俺は一回くらいテンジ君が戦うところを見てみたいな。五道さんのお気に入りだってことは知ってるんだけど、俺は君を良く知らないからね」


「では、機会があればってことで……」


 突然、後ろで笑い始めた福山に驚いていた三人が、こちらへと何事だと振り返っていた。

 一体何があったんだと聞きたいが、聞いていいことなのか悩んでいる様子だ。

 そんな三人に、福山は涙を擦りながら顔を向ける。


「あぁ、ごめんごめん! さぁ、先に進むよ! もう少しで第一ボスエリアに到達するから、気を引き締めていこう!」


 福山は笑ってごまかしつつ、彼らに第一ボスエリアが近いということを伝え、会話を上手く逸らしたのであった。

 三人は第一ボスという言葉にいち早く反応し、再び真剣な表情へと変えていく。その表情には「なぜ笑っていた?」という疑問は掻き消えており、探索師としての技量を感じさせた。


 探索師には、宇宙飛行士にも似た素養が必要だ。

 いくら戦闘の才能があるといっても、探索師としての素養がなければその人物は大成でいないとまで言われている。

 その素養の一つが、柔軟な人間関係の構築術なのである。


(これがチャリオットギルドのAチームに所属する福山さんか。確か……Aチームの盾役の中でも、副隊長を務めるほどの人だったはずだ。一度でいい、この目で戦い方を見て見たいな)


 頼もしい福山を隣で見ながら、テンジはそのすごさを実感していた。


 そうして彼らは、再びダンジョンを進んでいく。


 本気で試験に合格するために、努力を欠かさなかった水江勝成。

 三度目の正直という言葉を信じて、合格を目指す立華加恋。

 ようやく本気になり始め、自分の才能に気が付いた草津郷太。


 彼ら三人を中心に、このチームはまとまり始めていた。

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