第19話

 


「お、終わったぁー!」


 テンジは達成感のあまり大きな声で終了を宣言した。

 そのまま枯れ葉の山にドシンと倒れ込み、肩をぜぇぜぇと動かしながら息を整えることにした。

 それと同時に、目の前で浮かんでいた閻魔の書の模造品とシャドーがシュポンッと煙になって掻き消えていく。


《達成条件その2の終了を確認しました。お疲れ様です》


「はいはい、どうも~」


《続いて――》


「まだやるの!?」


《一時間の休息を挟みます。しっかり心身の休息を取り、次のクエストに備えてください》


 そのアナウンスを聞いて、テンジは思わずホッと胸を撫でおろしていた。


 さすがに2時間半もぶっ通しで本気の運動をした後では、体が棒のように動かなくなっていたのだ。完全に心身ともに燃え尽きたと言っていいだろう。足も腕も、全部が限界を訴え痙攣を起こしそうなほどだ。

 とはいってもだ、一時間の休息でどうにかなるものではないことは確かだった。


「な、なんか飲み物を……」


 テンジは懇願するように呟き、地面に置いていた水筒を手に取ろうとした。

 そこに模造品の閻魔の書が現れ、テンジの眼前で「見ろ」と言うように停止した。


「ん?」


 疲れた眼で閻魔の書の一ページを見つめる。そこには思いもよらぬ文言が銀色文字で書かれていたのであった。

 銀色文字、それは地獄クエストと同じ発色である。



 ――――――――――――――――

『地獄婆の売店 ~領域限定品~』

 ・体力回復鬼灯ほおずき(1ポイント)

 ・精神力回復鬼灯(1ポイント)

 ・三途さんずの川の天然水(1ポイント)

 ――――――――――――――――



 突然現れたそれには、今まさにテンジが欲していたものが記されていたのだ。

 売店という文言だけでこれが一体なんなのかテンジにも何となく察しは付いていたものの、ポイントをこう易々と使っていいものなのか判断に迷っていた。


(全部選んでも3ポイント……今は55ポイントあるんだけど、半一等級モンスター1体で55ポイントしか手に入らない。もしポイントがものすごく貴重なものだった場合、本当にこれを選んでもいいものなのか。まあ、考えるまでもないか)


 堂々巡りにはいりそうだった思考を、テンジは思いのほかあっさりと切り捨てることにした。

 それはこのクエストがもし破棄されてしまった場合、せっかく授かった天職の本領を発揮できない可能性があったからだ。

 地獄クエスト名『赤鬼との出会い』、ここから推測すると赤鬼と出会うクエストということになる。これがもし失敗したとなれば、テンジは赤鬼との縁を断ち切られる可能性が考えられたのだ。


 ”ポイント”と”赤鬼との縁”。

 これを天秤にかけたときテンジには赤鬼との縁の方が重く重要に見えたのだ。


 だから迷わず、その三つの文章に触れてみた。

 振れた途端に銀色だった文字は黒へと変色し、シュポンッと何度も聞いた閻魔の書の効果音と共に、テンジの目の前に三つのアイテムが現れた。正確には、閻魔の書が浮かんでいた真下の地面にぽつんと無造作に置かれていた。


 二つの鬼灯に、一本のアルミ缶。


 鬼灯の一つはほんのりと緑色を帯びており、テンジでも知っている提灯のようなホオズキの植物に類似していた。

 もう一つの鬼灯は真っ青な色をしている。二つの色が違うことから、どちらかが体力回復鬼灯で、もう片方が精神力回復鬼灯なのだろうと推測する。

 そして赤鬼の文様が描かれた銀色のアルミ缶、見た目からしてもこれが『三途の川の天然水』であることがわかった。


 と、そこで天然水の下に一辺4cmほどの小さなメモ用紙が下敷きになっているのを発見する。

 三つのアイテムを手に取るよりも先に、そのメモ用紙を手に取って確認する。


『緑の鬼灯:体力回復効果あり。青の鬼灯:精神力回復効果あり。三途の川の天然水:美味しい水、鬼の好物』


 たったそれだけではあったが、テンジにとっては十分な情報であった。

 早速乾いた喉を潤すために地面に置かれアルミ缶を手に取り、プシュッと飲み口を空ける。口に入れる前に中身を覗いてみると、薄っすら液体の色が赤みを帯びていることに気が付いた。


「……飲んでも大丈夫だよね?」


 不安に思いながらも、テンジはちょっぴり天然水を口に含んでみた。


「あっ、美味しい」


 味が付いているわけではないのだが、水にしては澄んでいてすぅっと体の中に染みわたっていくのがわかる。それほど今のテンジは水を干しいていたのだろう。

 その後、テンジは勢いよく天然水を飲み、すぐに缶の半分ほどが無くなってしまった。


 次にテンジが手にとったのは、二つの鬼灯だった。

 本来の地球にあるホオズキは食用ではないものが一般的だ。妊婦に食べさせてはならにと言われているくらいには、有毒な植物なのである。とはいってもテンジにそんな知識はないので、これをどうするべきなのか判断に迷っていた。


「これはどう使えばいいのかな? 肌に掠りつける? 食べる? それとも持ってるだけとか?」


 そう、鬼灯の回復効果の恩恵を受けるにはどう処理すればよいのか困っていたのだ。ドラ〇エの「薬草を使う」って実際にどうすればいいのかわからない現象に陥っていたのだ。

 なんとなく天然水と一緒に売られていたので食べるのが正解な予感はしていたが、確証はなかった。

 テンジは考えた末に、三十分ほど手に持ってみて効果が出ればそれで良し、効果が無かったら次の手を試そうと考えた。


 そして三十分後、テンジに回復した様子はなかった。


「次は、肌に擦りつけてみよう」


 優しく、鬼灯の萼を腕へと触れさせてみた。そうして上下に少し動かし、体の様子を観察していく。

 しかし、やはりこれも特筆する効果は得られなかった。


「やっぱ食べるのが正解なのか」


 もうテンジにはその考えしか思いつかなかった。

 だから思い切って、口の中へと放り込んでみることにした。

 最初はまだ毒々しくない緑の鬼灯を食べてみることにした。片手に鬼灯を持ち、もう片方にはまずかったとき用に天然水を持っておく。


「いただきます。どうか美味しくあってください」


 昔から薬の苦さが嫌いだったテンジは、美味しい回復鬼灯であることを願い一気に口へと放り込んだ。

 噛み砕くとほんのりと苦みが滲み出てきたので、すかさず天然水で胃の中へとねじ込むことにした。そしてごくりと飲み込んだ。


「ぷはぁ……おぉ!?」


 その効果は抜群だった。

 緑の鬼灯は体力を回復する効果がある。それを胃に入れた瞬間テンジの体が驚くほどに疲労を忘れ、筋肉の疲労までもがどこかへ吹き飛んでいったのだ。それよりか、背中に羽があるのではないかと錯覚してしまうほどに体が軽くなっていた。


 その効果に思わず目を丸くして驚いていたテンジは、もう一つの青い鬼灯を手に取って、同じようにごくりと飲み込んだ。


 これまた効果は抜群で、すぐにやる気の削がれていた心が燃え上がった。

 始めてダンジョンに入った時の感動をそのまま再現したようなワクワク感さえ、今のテンジには感じていたのだ。


「これは凄い効果だな。さすがは1ポイントも消費するだけのことありそう。……いや、よくわからないんだけどね」


 思いもよらぬ方向から心身ともに全快したテンジは、もうそろそろ一時間経つ頃だと思いゆっくりと立ち上がった。

 そしてここに来る前の記憶を辿り、地獄クエストの三番目に書いてあった項目を思い出す。


(たぶんだけど……。領域達成条件その3で、三時間生き延びる、又は、赤鬼を倒す。だったよね)


 ここが一番の鬼門であるとテンジは読んでいた。

 達成条件その1とその2は、あくまで運動を主体とした条件が並んでいた。

 その次に本命だと思われる”赤鬼”の文字が書かれており、生き延びるや倒すという言葉からもどこか物騒な香りさえしてくる。


 そう考察していたときだった。


《一時間が経過しました。制限時間は3時間。条件その3:三時間生き延びる、又は、赤鬼を倒すを実行してください。制限時間を過ぎた場合、このクエストはクリアしたとみなされます。また天城典二が3度死亡した場合、このクエストは破棄されます》


 もはや聞き慣れたと言っても過言ではないアナウンスが終わった瞬間、テンジの目の前に再び模造品の閻魔の書が現れる。

 ぱらぱらと本が勝手に開かれ、とあるページで止まるとそこには銀色に輝く文字が書かれていた。



 ――――――――――――――――

【地獄武器 赤鬼シリーズ】

 ・赤鬼刀(五等級)

 ・赤鬼リング(五等級)

 ――――――――――――――――



 この段階になって、テンジに迷う素振りはなかった。


 銀色の文字に出会うのはこれで三度目である。黒字の文字に触れたところで何も起きないが、この銀色文字だけは触れるだけで何かが起こってしまう。

 最初はこのクエストに強制的に参加させられ、二度目は二つの鬼灯と天然水が現れた。

 そこから「銀色の文字は、閻魔の書からの言葉」であると知り、今回の銀色文字も閻魔の書がテンジに必要だと判断したからこそ、銀色に光り輝いたのだろう。


 だからこそ、テンジが迷うはずがなかった。

 銀色の文字へと指の腹を押し付け、閻魔の書がカッ光り輝く。そして気が付いた時には、テンジの手の中には二つのアイテムが握られていた。


「へぇ、これが赤鬼シリーズか」


 テンジは不敵な笑みを浮かべた。

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