第133話 橋の前の戦い1

「モネア様!」


 吊り橋の手前、五メートルの地点で横たわったモネアの馬車を部下たちが慌てた様子で取り囲んだ。馬車に繋がれていた二頭の引き馬は横転した衝撃で留め具が破損したらしく、いななきを残して走り出し、吊り橋を渡って去ってしまう。部下たちがモネアの安否を気遣って馬から降りたとき、馬車の搭乗口。横転しているために真上の位置に来たその扉が勢いよく開かれ、中からモネアが出てきて馬車の上に立った。


 モネアは拳銃を三つぶら下げたベルトを腰に巻きながら周囲を見渡して現状を確認する。目と鼻の先には濁流が流れる崖を結ぶ吊り橋。道路の両側には森。そして自分から三十メートルほど離れたところでこちらの様子を窺っている青年。モネアは眼鏡の中央をクイッと持ち上げると、馬車から飛び降りた。


「モネア様、ご無事ですか?」


「馬車を壊したのはあの子供ですか?」


 モネアは部下の気遣いを無視して訊いた。最も近くいた部下が頷いてみせる。


「はい」


 モネアは改めて馬車の状態を振り返った。四つの車輪のうち、左側の前輪が完全に破損し、後輪も車輪の骨が何本か折れた状態でくるくると回っている。ポピルの放った弾が前輪と後輪を貫いたのだが、その場を目撃していないモネアは眉根を寄せた。


 ダイナマイトでも使ったのか?


 そこへ馬車から振り落とされた御者が駆け寄ってモネアたちに合流してきた。モネアが御者に対して命令を下す。


「あなたと奴隷は馬車を起こし、修理に取り掛かりなさい。他の者は戦闘です。森に散ってあの子供に忍び寄りなさい。あれを殺した者にはそうですね、金貨十枚を出しましょう」


 モネアが冷静に告げた。攻撃を受け、この雨の降りしきる中で馬車から放り出された怒りはあるが、これまで幾たびの戦闘した経験から、表情はおくびにも出さず胸の内へ押しとどめる。激情は銃の持ち手を狂わせると知っているのだ。獲物を狩るのに必要なのは怒りの精神状態ではない。冷静な思考だ。


「はっ!」


 モネアたちの部下がライフルを準備する。


 三十メートル先、戦闘になると直感したポピルは隠れていた木の根元にチャージ2の弾を撃った。


 バーーン!


 銃が火を噴き、木にスイカほどの穴が穿つ。ポピルは道路の反対側へ回ってその木を押すと、木は大きな軋み音を立てて道路に向かって倒れ込んだ。馬車の逃げ道を塞ぐように倒木が道へ横たわる。


 ポピルは倒した木の上に立ち、モネアに銃を向けながら大声で名乗った。


「俺の名はポピル・トラスバレン! 十か月前、アトラマスでお前たちが略奪した村の生き残りだ! 投降しろ、モネア! さもなくば、撃つ!」


 モネアは薄笑いを浮かべながら右手の小さな盾を左手で擦った。


「敵討ちというわけですか! 愚かですね。何一つ得などないというのに! 我々は一体誰を殺したんです? 親ですか? 兄弟ですか? 友人ですか?」


「俺の! 両親だっ!」


 ポピルは怒り声を上げながらチャージ3をモネアに向かって放った。弾丸は外れ、横転した馬車に直撃する。周りにいた御者と奴隷たちが悲鳴を上げ、大きな音を立てた馬車は二メートルほど地面を滑って崖へとさらに近付いた。破壊音に驚いた部下の馬たちが一斉に吊り橋へと向かっていく。


 なんだ、あの銃は。


 モネアの顔から笑みが消える。ただの猟銃ではない。威力が強すぎる。

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