第128話 工場の戦い6

 背後から格闘と銃声が聞こえたモネアが盾の裏に隠れながら部下たちを見やった。


「挟み撃ちは、御免ですねえ」


 モネアはひとち、まずは背後に回った奴らの仲間から確実に消すべく、盾を持ったまま後ずさりしようとした。


 途端に、腕に重りがのしかかる。木製の軽いはずだった可変式盾が重くて動かせない。まるで象を引っ張っているかのようだ。


 モネアは一瞬だけ顔を上げ、盾の表面の状況を見て驚愕した。分厚い氷が盾一面を覆っている。これだけ固められてしまえば収納することもできない。


 凍結弾。ナナトの狙いは盾から覗く隙を突くのではなく、盾自体に弾を当てるのが目的だった。


「ツアムさん、今だ!」


 ナナトが大声を上げ、今度は電撃弾で銃撃を繰り出した。同時にツアムもモネアに狙いを定める。


 モネアから見て左からナナト、右からツアムが銃で牽制しつつ距離を詰めてくる。今の重たい盾では、二方向から同時に攻められると対処できない。モネアとナナトたちの距離は五メートルまで近寄った。


 モネアは腰から爆発弾の込められたピストルを手に取ると、ほぼ真上に向かって一発、発射した。赤い弾が、まるで打ち上げ花火のようにするすると上っていく。本来であれば天井に当たって爆発するところだが、先ほどツアムが集中的にモネアの頭上を撃ったことで天井には直径一メートルの穴が開いており、爆発弾はその穴を通り抜けて再び地面へと返ってくる。


 モネアの盾の前で爆発弾は着弾し、周囲に大きな炎と爆音が広がった。


 ナナトは爆発の瞬間、パレットの陰に身を伏せて爆発の被害を回避する。足元に白い蒸気が漂ってくるのを見て顔をモネアに向けると、二十発以上、凍結弾を当てて氷らせた盾から氷が一片もなくなっていた。爆発は、氷を吹き飛ばすために撃ったのだ。すぐ目の前で爆発が起こったというのに盾には黒い煤しかついておらず、破損は見当たらない。


「走れナナト!」


 横からツアムの声がしてナナトは思わず駆け出した。銃口はモネアへと向ける。


 炎によって氷が蒸発し、白い煙と、床の黒い埃を舞い上がらせた空間の中で、ナナトとツアムは同時にモネアへ射撃した。


 モネアは可変式盾を最長である百五十センチから一段収納し、まずは右のツアムの攻撃を盾で防ぐ。一方でナナトに対して拳銃を撃って牽制し、ナナトの銃口の狙いを狂わせた。


 モネアは体を横に回転させながらさらに一段盾を収納し、今度は素早く左のナナトに最も小さい状態の盾を向ける。ナナトの撃った弾は盾に防がれ、モネアは今度、ツアムに対して発砲した。ツアムの体の一メートル手前に弾が当たる。


 右と左。モネアを挟むようにして駆け出したナナトたちはそのまま通り過ぎ、ツアムは銃に込められた最後の弾を、モネアの足に向かって放った。


 しかしモネアの反応が僅かに勝り、モネアは盾を振って一番長い状態まで伸長させ、ツアムの弾を盾で受ける。三者ともに撃った弾は誰にも当たることなく、ナナトとツアムは工場の奥へと駆けていった。


 舞い上がる煙の状況から迂闊に発砲できなかったモネアの部下たちの前を通り過ぎ、ナナトとツアムはルッカに合流する。ナナト、ツアム、ルッカ、ディーノの四人は、皮を引き伸ばすための大きなローラー工作機の裏へと隠れた。


「あれだけ撃って一発も当てられないとはな」


 弾をリロードしながらツアムが悔しさを漏らした。走りながらとはいえ、モネアの着ている服をかすめることさえできなかったのだ。そして顔を見上げ、自分たちがいる状況を見る。あと十メートルも奥に進めば行き止まり。工場の壁だ。ローラー工作機は両壁から離れた真ん中に位置し、周囲にはもう弾から身を隠せるような遮蔽物はない。向かって右側にどこかへ通じる出入口があるが、距離は七メートル。遮蔽物なしに走れば簡単に弾を浴びるだろう。


 絶体絶命。もしモネアがあの爆発弾をここへ撃ち込めば四人全員が丸焼きになる。だがツアムは勝機を感じていた。


「ナナト、さっきの氷漬けの作戦は良かった。もう一度凍結弾であの盾を撃ってくれ」


 しかしナナトは力なく首を横に振る。


「駄目なんだ。全部撃っちゃったんだよ。凍結弾はもう一発も残ってない」

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