第105話 ディーノ

 ツアムとディーノはほろ馬車に乗り込み、一行は道なりに進んでヤスピア西側で最も大きい街、タズーロへとやってきた。


 先に逃げていった三人の男たちが引き返してくるかもしれないと考え、ナナトたちは警戒しながら進んだものの、結局会わずに街の中へと入る。シウスブルよりも大きな街であり、目抜き通りには大勢が行き交っているので、ここまで来てしまえば奴らとしても人の目を気にしてそうそう無茶はできないし、そもそもナナトたちを見つけることさえ至難のはずだ。


 街の中心まで来たナナトたちは真新しい宿屋に一室を取り、貴重品や弾などの手荷物だけを持って三階の宿泊室へと上がる。

 

 この頃にはツアムも回復して介抱なしで動けるようになり、男たちに追われていたディーノは首に嵌められていた首輪をナイフで取り除かれ、念のため全身を隠すようローブを羽織って、フードを目深にかぶった状態でほろ馬車から部屋へとやって来た。


 綺麗な五人部屋へと入ったポピルは、真っ先に部屋の木窓へ近付くと、外の様子を窺った。目の前には大きな通りがあり、いろいろな人種が歩いているが、あの三人組の顔は見えない。


「尾行はされていないみたいだ。ここならいいだろう。さあ、全部話してくれ」


 ポピルはディーノに促した。ディーノは部屋の中の大きな五人掛け椅子の中央に座り、ポピルはその対面に丸椅子を持ってきて腰掛ける。スキーネとルッカはベッドの端へ座り、ツアムは窓の傍で腕を組んだまま壁に寄り掛かった。最後にナナトがディーノへ水筒を手渡しながら彼と同じ五人掛け椅子の端に座る。ディーノはナナトから受け取った水筒から水をゴクゴクと飲み、一息ついた。


「ありがとう。生き返ったよ」


 ディーノはナナトに感謝して水筒を返した。


「知っていることは全部話すが…そんなに多くはない。俺だって最初にモネアと会ったのは一週間前なんだ」


「あんたが知っていることだけでいい」


 ポピルが身じろぎもせずに言い、ディーノは訥々とつとつと喋り始めた。


「俺はもともとウスターノの山で暮らしていた、ただの農民だ。二か月前、人さらいに遭い、奴隷街へ売り飛ばされた。そこで他の奴隷十人と共にモネアに買われたんだ。モネアはこの街に用があったようで、奴らは長い旅の世話をする人間を探していた」


「それが一週間前だな?」


 ポピルが訊くと、ディーノは頷いた。


「アトラマスとの戦争が起こる前だ。それで?」


「俺たち奴隷は…手かせを嵌められ、有無を言わさず旅に付き合わされた。モネアは…高そうな四角い黒塗りの馬車に乗ってほとんどそこから出なかった。俺たちは奴らの仲間七人に脅され、アトラマスからウスターノ経由でこの街まで一日中移動して砂漠を越えてきたんだ」


「四日で砂漠越えだと?」


 木窓の傍に立っていたツアムが眉間にしわを寄せた。


「馬車を引いたのは馬じゃないな。恐竜種か?」


「ああ、種類はわからないが、大きなトカゲだった」


「たぶん、コオスズラウスだわ。地上で人間が乗れる最速の生き物である恐竜よ。育成が大変で私の家でも一頭も飼育してない」


 スキーネが補足する。ディーノが続けた。


「とにかく急いでいたんだ。俺たちも砂漠の間はそのトカゲに乗って一緒にやって来た。地獄だったよ。あいつらは砂漠の中でほとんど俺たちに水と食料をくれなかったし、暴力をふるいながら雑用として酷使してきた。十人にいた奴隷のうち、この街まで辿り着けたのは俺を含めて四人だけだ。一人は砂漠で日射病を患ったのでその場で放置され、二人が砂漠に済む亜獣、すなエイに襲われて土の中に飲み込まれ、三人は走っているトカゲから落ちた際にロープで首を締め付けられて窒息死した。俺たち奴隷は逃げられないよう、全員が一つのロープで首に縄をくくられた状態で走らされたんだ」


「なんてむごい…」


 スキーネが両手を口に当てた。ポピルが訊く。


「そんなに急いでこの街へ来た目的は?」


 ディーノは弱々しくかぶりを振った。


「詳しくはわからないがダーチャとかいう奴に会うためだと思う。今朝、奴隷の中で俺だけがモネアの部下に連れられて街に入り、そのダーチャの居場所を人に聞きながら探して回ったんだ。ああ、それから出発前、俺はモネアが乗る馬車に大きな箱を詰め込んだ。その箱は旅の間一度も馬車から降ろしていない。ここまで送り届けたかったのかどうかはわからないが、たぶんそれも来た目的と関係している」


「モネアたちはまだ…この街にいるのか?」


 ディーノは頷いた。


「きっといる。俺が逃げ出したのは今朝早くこの街に入ってからだったから、まだ用は果たしていないはずだ。俺はダーチャという奴がいる建物を突き止めたところで隙をついて奴らから逃げた」


「その場所まで案内してくれ」


 ポピルが唐突に言ったのでディーノは目を見開いた。返答を待つ前にポピルが続ける。


「聞いてくれ。俺はアトラマスで奴らに村を襲われ、親を亡くした。この国へ来たのも復讐のためにこの銃を手に入れたかったからだ。まさか幹部の方から来てくれるとは思わなかった。承諾してくれればできる限り報酬も払う。頼む、教えてくれ」


 ディーノは困惑した様子で目を伏せた。


「報酬なんて…あいつらから助け出してくれたんだ。これ以上のことは何も望まない。むしろ君たちに恩が返せるならなんでもしたいと言いたいところだが…正直に言う。俺は見つかるのが怖い。あいつらにまた捕まったらどんなひどいことをされるか…」


「案内してくれるだけでいいんだ。場所さえわかったらあんたはすぐにその場から離れていい。頼む」


 ポピルは真っ直ぐディーノを見つめた。ディーノはしばらく考えていた様子だったが、何かを思いついてゆっくりと口を開いた。


「君は…モネアを殺すつもりなのか?」


 部屋が一瞬静まり返った。ナナトたちがポピルに視線を送る。ポピルは軽く息を吐いてから言った。


「いや…できれば幹部は生け捕りにしたい。少しでもベネアード一派内部の詳しい情報が知りたいからだ。これが頭領だったら命を取りにいっただろうが」


「他の奴隷三人も解放してもらえないか?」


 今度はディーノが真っ直ぐにポピルを見た。


「もともとは赤の他人同士だったが、みな命がけで砂漠を越えてきたんだ。俺だけ助かって元の生活に戻るのは気が咎める…。約束してくれるか? モネアを捕獲したら奴隷を解放してくれると」


 ポピルは力強く頷いた。


「もちろんだ。約束する」


 ディーノも頷いた。


「わかった。街を案内する」


 話を聞いていたスキーネが高揚した様子でベッドから立ち上がった。


「私たちも協力するわ! 凶悪な犯罪者を野放しになんてできるもんですか! いいわよね、ツアねえ?」


 スキーネがツアムに顔を向ける。ツアムは腕を組んだまましばらくポピルのことを見つめていたが、スキーネに顔を向けて言った。


「駄目だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る