第87話 三人のストーカー

 突然、劇場ホールに二人の男の叫び声がこだました。クインリーが左右に首を振ると、西出口、東出口の付近にウドナットとカッシュがそれぞれ立っている。ナナトは目の前の東出口から突如人が飛び出してきたので、思わず観客席の隙間へと滑り込んだ。ホーパーが驚きの声を上げる。


「な、なんだお前たち…いつからここにいた?」


 ホーパーの問いを無視してウドナットがクインリーに語りかけた。


「クインリー! 嘘だろう、嘘だと言ってくれ! あんなやつより僕こそが君にふさわしい!」


「ウドナット?」


 クインリーは顔なじみである建築責任者を見た。


「ふざんけんな! てめぇはヒトじゃねえか! 獣人には獣人がふさわしいんだよ! クーリン! 俺こそがお前の夫だ!」


「カッシュ?」


 クインリーは大道具係を見た。現状が把握しきれなくなったクインリーは、思いついた疑問をそのまま口にする。


「二人とも、どうして私がここにいるとわかったの?」


「一昨日、お前は俺に訊いたよな? 旧劇場にはどうやって入ったらいいかって。そのときの会話を思い出してこの場所が思いついたんだよ!」


 カッシュが早口で答えると、ウドナットがすかさず訂正する。


「正確には搬入口から入れるかを訊いたんだこの間抜け! 一昨日のことすら覚えられないのか! やはり頭の悪い獣人なんかにクインリーは似合わない! 彼女は僕と結婚すべきだ!」


「私も獣人なんだけど?」


 クインリーが言うと、ウドナットは大きくかぶりを振った。


「君は特別だ! 初めて舞台で会ったときから僕たちの運命が交わった! 聞いてくれ、クインリー。僕なら君を…」


「おいちょっと待てよ。なんでてめえが俺とクーリンの会話の内容を知っているだ? あのとき控室には二人しかいなかったはずだぜ?」


 カッシュの問いに、ウドナットは激昂して叫んだ。


「いちいち口を挟むなクマ野郎! 僕は隣に作った隠し部屋から覗いてたんだ! 彼女だってそのことに気付いている。そうだろう? クインリー?」


「覗いてた? 隠し部屋から?」


 クインリーは眉をひそめた。


「いいえ。全然」


「ボロを出したな人間! クーリン、こいつは異常なストーカーだぜ! 俺のところへ来い。そいつらから守ってやる!」


「騙されるなクインリー!」


 ウドナットが声を張り上げた。


「そいつは二週間前、君の控室からブレスレットを盗んだんだ! 僕は隠し部屋から見ていた。そいつが着替え場の奥に行って戻って来てから何かをポケットにしまうところを! そしてその日の夕方、君がブレスレットがなくなっていることに気付いたんだ。盗んだ犯人はそいつだ!」


「か、借りただけだ! あとで返すつもりだった!」


 カッシュが苦しまぎれに言うと、ウドナットが今度はホーパーを指差した。


「その医者もだ! 先週の頭だった。君の部屋に侵入してピアスを盗んだのを僕は見た!」


 クインリーはホーパーに目で事実を尋ねた。ホーパーも取り乱しながら答える。


「すまない。君が付けていたピアスの匂いをどうしても嗅ぎたくて。衝動を抗しきれなかった」


「整理していいかしら?」


 クインリーが全員に聞こえるよう言った。


「このひと月の間に私の控室から三度、盗難があったんだけど、一体誰がやったの?」


「僕だ」


「私だ」


「俺だ」


 三人の男が一斉に告白した。これじゃ三人ともストーカーじゃないか、と観客席の隙間に身をかがめていたナナトは思った。クインリーの呆れたような態度から見て、彼女もそう思ったようだ。ウドナットが話を戻した。


「贖罪はする。だから嘘だと言ってくれ! クインリー、君はあの医者に惹かれてなんていないだろう?」


「馬鹿を言うな! クインリーが言ったことは事実だ。彼女は私のものだ!」


「クーリン! 正直に言え! お前は誰を選ぶんだ!」


 三人がそれぞれ言いたいことを言って言葉を切った。劇場ホールの中央に立っていたクインリーは、三人の顔を見回した後、ため息をついて、言った。


「ウドナット、カッシュ。あなたたちには悪いけど、私はホーパー、いえホーンの妻になるわ」


 沈黙が劇場ホールに流れた。ホーパーが勝ち誇って宣言する。


「悪いね、二人とも。結婚式には祝儀を頼むよ」


 東出口からなにやらギリギリと音がする。カッシュが歯ぎしりしている音だった。突然、カッシュは叫び声を上げると、手近にあった観客席を両手で引き剥がし、頭の上に持ち上げた。


「納得できねえ! クーリンがそう言ったのはてめえが横に人質を取ってるからだ! 見てろクーリン! 俺が今、そいつを救い出す!」


 そう言うと、カッシュは獣人の腕力を活かし、信じがたい速度で椅子をステージへ投げ飛ばした。ホーパーに当てるつもりだったのが狙いは逸れ、デシラのすぐ横を通過する。デシラは悲鳴を上げてその場に座り込んだ。


 ステージの上にいたホーパーは、腰の後ろからリボルバー拳銃を取り出すと、カッシュに向けて二発放った。カッシュには当たらず、東出口の近くに音を立てて着弾する。カッシュは次に投げる座席を引き剥がしはじめ、銃声が合図となってウドナットもライフルを構えてホーパーに狙いを定めて弾を連射した。ホーパーは今度、ウドナットへ応戦する。ウドナットが撃った弾丸もホーパーが放った弾丸もお互いを外れ、ウドナットは前へ跳び込むように座席の後ろに身を隠し、ホーパーも舞台袖の奥へと姿を消した。カッシュが雄叫びを上げながらウドナットに向かって椅子を投げつける。


 劇場ホールは、三者が争う戦いの場と化した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る