第71話 行方
新劇場では、八十人余りのスタッフが劇場ホール内への移動を終えたところだった。
俳優、スタッフ、内装作業員がそれぞれ不安と困惑の色を浮かべながら口々に状況の説明を求めている。そんな集団の中で一際身長が飛び出しているクマの獣人カッシュは、腕を組みながら何食わぬ顔で仁王立ちしていた。
誰も俺が火を起こしたと思っていないな。疑われたとしても頼んできたのはあいつだ。
カッシュは首尾よくいった騒ぎに心の中でほくそ笑む。劇団スタッフの古参とはいえ、さすがに劇場内へ放火したと知られればよくて解雇、悪ければ牢獄行きとなる。この場では下手に語らないのが得策だ。一方、カッシュから離れた位置で、ウドナットがしきりに周りを見回していた。
おかしい。クインリーはどこだ?
集められた全員がその場で立ち止まったところでステージの上に支配人のバエントが登場し、スタッフたちの前に立って耳目を集めた。
「みな、聞いてくれ。先ほど東奥のスタッフ部屋の前で火災が発生した。廊下の真ん中でなんらかの草木が燃やされたようだ。人為的な仕業であることは間違いないが現在は完全に消火され、建物に深刻な被害をもたらす延焼もない。その点に関しては安心してほしい」
安堵のため息がスタッフたちに広がっていく。中で誰かが声を上げた。
「公演は? 明後日に上演できるの?」
「無論、やるつもりだ。劇場へ来る観客に火災の跡は見えない。しかし不安が一つある。今、ここには劇場に関わる全員がいると思うが、一人足りないのだ。そう、クインリーが」
今度は動揺の波が広がった。誰もが左右に首を振り、周りにクインリー・カースティがいないか確かめる。
「落ち着いて私の話を聞いてくれ」
バエントが手を挙げた。
「どうやら火事の混乱に乗じて劇場から抜け出したらしい。十分ほど前に外で姿が目撃されている。そして詳細は不明だが、街のゴロツキ共とひと
再びスタッフの誰かの声が響きわたる。
「どういうことだ? 火事もクインリーが起こしたのか?」
「それはわからない。わかっている重要なことはクインリーが今、街の中にいるということだ。そこで君たちに教えてほしい。彼女がここから逃げた理由を知っている者はいないか? あるいは街の中で彼女が行きそうな場所に心当たりがある者は?」
バエントが尋ねると、スタッフたちはお互い口々に喋り始めた。バエントは有力な情報が出るのを待ったが、見たところ眉を寄せて考える者ばかりで望めそうにない。
ふと、バエントは劇場ホール入口の扉が開いて誰かが入ってくるのが目に入った。防弾ケープをひらめかせて足早にステージへと歩いてくる銀髪翠目の若い娘、ツアムだ。バエントは思わず彼女の動向に釘付けになり、そんなバエントの視線の変化を感じ取ったスタッフたちも後ろを振り向いてツアムに気付いていく。ツアムがステージへ上る頃には、劇場ホール内にいる全員が彼女を認識していた。
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