第54話 ルシーデの旅

 クエスト依頼書に署名した後、依頼書は取り急ぎギルド斡旋所へと届けられ、その間五人は客間でハーブティーを飲みながら待つことになった。ギルドから契約完了の正式な捺印が押された写しが確認できれば、正式に仕事開始となる。


「契約書に目を通さず引き受けるとはな」


 ツアムがカップをテーブルに置いてルッカを見やった。ルッカは一人だけ椅子から立ち上がり、先ほどから部屋の入口付近を落ち着かない様子で行ったり来たりしている。


「い、言わないでください。舞い上がったんです」


 ツアムとスキーネはどこか愉快そうにお互いの顔を見る。手持無沙汰に自分のライフルを布で磨いていたポピルは「なあ」と切り出した。


「それにしてもなんでストーカーの仕業っていえるんだ? 単に金目当てで盗んだとも考えられるだろ?」


 答えたのはスキーネ。


「それはやっぱり、クインリー一人だけが被害にあったからじゃないかしら。それに金品だけでなく私服まで盗られているですもの。お金を得るのが目的なら衣服なんていらないでしょう? 仮に有名人の私物として高値で売るとしても、クインリー本人が着ていたかどうかなんて外にいる人にはわからないんだし。熱狂的で悪質なファンが所有欲をこじらせて盗んだと考えるのが自然じゃない?」


「ああそうか」


 ポピルが納得すると、スキーネは無邪気に言った。


「それより、ねえ。三日後に披露されるのは“ルシーデの旅”なんでしょう? 私も観たい劇だわ。なんとか席が取れないかしら」


 ポピルが再び銃から顔を上げた。


「俺は知らないな、それ。面白い劇なのか?」


「僕も知らない」


 ナナトが続く。スキーネは飲もうと手に取ったカップをテーブルに置き直した。


「あらナナトも? とても感動するお話よ。四部から構成される劇でね。主人公の女性ルシーデは、凶暴な亜獣を退治することを生業とする狩人の娘として生まれるの。彼女の生まれた家というのは代々がキツネの獣人で、跡継ぎはみな勇敢な狩人として亜獣を退治し、周りに住む人々から尊敬を集める名家だったわ。ルシーデは女でありながらも卓越した狩りの腕前を誇り、成長していくにつれて家族や周囲の人から将来を嘱望されるようになっていくのよ」


「十八歳になったあるとき、ルシーデは父に連れられて遠方の亜獣退治に出かけるの。そこでルシーデは、道案内人となったヒトの青年フィルシャンと運命的な恋に落ちる。二人はお互いに一目惚れして、ルシーデが亜獣を退治後、フィルシャンはルシーデ家の庭師として奉公することになるの」


「二人は両想いなんだけど、ルシーデは名家として生まれた獣人。フィルシャンはヒト種の単なる農民。身分差と種族差から周りに結婚を反対されるのが目に見えていたために、二人は誰にも秘密で逢瀬おうせを重ねるの。でもとうとうルシーデの父親に交際が知られてしまい、父親は激怒するわ。大切に育ててきた娘がヒト種と結婚なんて考えられないってね」


「ルシーデとフィルシャンは父親に結婚の許可を求めるけど、父親は猛反対。なんとか二人を引き離そうと説得するんだけど、ルシーデたちのあまりの意志の固さに閉口して、二人にそれぞれ結婚の条件を出すことにしたの」


「ルシーデへの条件は、最も強く、最も凶暴とされる亜獣ヴァリアスの討伐。フィルシャンへの条件は北の洞窟に住む賢者たちから獣人になる薬…現実にはそんな薬なんてないんだけど…を手に入れ、それを飲んでヒトから獣人となること。二人がそれぞれ条件を満たせれば結婚を認め、一族総出で祝福すると父親は約束する。ルシーデとフィルシャンは承諾し、お互い分かれて旅に出ることを決めるわ」


「フィルシャンが北へと旅立つ日、彼は婚約指輪をルシーデに贈って告げるの。まだ結婚を許されたわけではないから指にはつけない。辛いときや心細いときにはこの指輪を見てお互いを思い出そう、そしていつの日か再会したとき、この指輪を必ず指にはめようと言って。ルシーデは頷き、二人は指輪をネックレスとして首から下げ、それぞれ旅路に出る」


「ルシーデは、狩りの腕を磨くために危険な亜獣討伐を次々とこなすわ。一方で最終目的である亜獣ヴァリアスの情報も集め、ついに生息地を突き止めて討伐に向かう。フィルシャンも、北の洞窟へ辿り着いてから悪辣な賢者たちの罠をかいくぐり、見事獣人になる薬を手に入れるんだけど、洞窟から出る際に賢者たちから忠告を受けるの。この薬は確かにヒトから獣人へと変わる効果がある。ただし飲む量が多すぎれば亜獣となってしまい、二度と元の姿には戻れなくなる、と。フィルシャンはルシーデの前で薬を少しずつ飲み、彼女の好む姿になった時点で飲むのをとどめよう決め、洞窟を後にするわ」


「フィルシャンはルシーデのもとへと帰途に就くんだけど、その途中、亜獣ヴァリアスが村を襲っている現場に遭遇するの。ヴァリアスを討伐するのはルシーデに課された条件。フィルシャンは断腸の思いでその場から離れようとするんだけど、ヴァリアスが村の子供を襲おうとしたところを見てこらえきれず、ヴァリアスの前へと出てしまう。でもただのヒトであるフィルシャンにとってヴァリアスはあまりに強すぎる獣。やむをえず、フィルシャンは賢者の薬を飲んで獣人になり、ヴァリアスと互角に戦いを繰り広げる。それでもヴァリアスが優勢だったために、フィルシャンは薬を全て飲み干し、自身が完全な亜獣になってようやくヴァリアスを倒すことに成功する」


「戦いが終わり、我に返ったフィルシャンは水たまりに映った自分の醜い姿を見て絶望するの。そして錯乱状態に陥った彼は、行き場のない怒りをぶつけるように自身が村を襲い始めてしまう。そこへヴァリアス討伐を目的にしたルシーデがやってくる」


「目的のヴァリアスはすでに死んだ。でも見たことのない亜獣が村を襲っている。ルシーデは亜獣となったフィルシャンとは気付かずに戦いを挑んでしまう。激闘の最中、一瞬自分を取り戻したフィルシャンが、今戦っているのが愛する女性ルシーデだと気付き、動きを止めるわ。その隙をついてルシーデはフィルシャンに致命傷を与え、フィルシャンは地面に倒れ伏す」


「とどめを刺そうとしたルシーデだけど、亜獣が首から指輪のネックレスを下げているのを見つけ、そこで全てを悟るの。慌ててフィルシャンの側へ駆け寄るんだけどフィルシャンは絶命してしまう。亜獣と化したフィルシャンの死骸を抱きしめ、ルシーデは慟哭しながら自分に対する過酷な運命を天に向かって罵り、そしてフィルシャンへの深い愛を語って自刃する。劇はそこで幕を閉じるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る