第53話 女優
「知っているかもしれないが、クインリー・カースティは現在、演劇界で最も名の知れている女優だ。高い演技力と容姿も相まって人気があり、劇の上演日には席を取れなかった多くのファンが彼女見たさに諦めきれず入口付近から離れようとしない。劇団としてはこの上ない限りだが、しかし人気を得た役者の常として、彼女には悪質なファンが付きまとうようになってきた」
バエントは小さいため息をつく。
「彼女を常に見張っているという手紙に始まり、しつこく食事へ誘う者、幸運を授けるといって得体のしれない置物を何度も送り付けてくる者。気を引くための嫌がらせは様々だ。当然我々は彼女と彼女の生活を守るべく警備を強化し、不快な思いになるようなものを排除してきた。ところが三週間前、舞台稽古から控室に戻ってみると、彼女の衣服がなくなっていた」
「盗まれたんですね?」
ルッカが鋭い目つきで尋ねると、バエントは小さく頷く。
「その通り。下着を含む彼女の私服が被害にあった。金額的に取返しのつかない代物ではなかったが、それでも我々はショックを受けた。劇場内の警備は厳戒を徹底していて、外部の人間が入り込むことはとても不可能だったからだ。さらに恐ろしいことに、盗難はその日から今日までの間に二度続き、合計で三度もおこった。盗まれたのはブレスレッドやピアスといったアクセサリー。いずれもクインリーの私物だ。無論、犯人については見当もついていない」
「劇団関係者の中に盗んだ人がいるんだ」
ナナトが言うと、バエントは力なく頷いた。
「残念ながらそう結論せざるを得ない。今劇場内にいるのは俳優、スタッフ、それに内装作業員あわせて八十七名で、みな最低でも一年以上の付き合いがある者たちだ。全員が容疑者だが、当然全員が盗みを否定している。ここまで言えば、私がなぜ君たちに依頼を持ちかけたかわかってくれるだろう?」
「いや、さっぱりわからないんだが…」
ポピルが不思議そうに首をかしげると、ツアム、スキーネ、ルッカ、ナナトまでがじっとポピルを見つめた。ツアムが説明をする。
「内部の人間誰もが疑わしい状況だ。こうなると、信用できるのは逆に全く関係のない外部の人間になってくる」
バエントが首肯した。
「その通り。さらにいえば、君の存在がありがたかった」
バエントは斜めに座っているルッカに視線を送った。
「え? 私ですか?」
「クインリーはキツネの獣人だ。身近な警護につく者としては同じ獣人か、もしくは君のような半獣人の方が彼女も安心すると思ってね。女性の獣人か半獣人を含むチームを待っていたところで君たちに出会ったという訳だ」
バエントは一息ついた。
「君たちに依頼する仕事は、今日から三日間、劇場内におけるクインリーのボディーガードだ。三日後、この新劇場に移ってから初めて、大々的な規模の劇を上演する。演目は“ルシーデの旅”。主演はもちろんクインリー・カースティで、この新劇場にとってこけら落としになる。実は現在、別の街で新たに警護人を雇うため面接をしている最中で、一日でも早くここへ呼び寄せたいんだが、身辺調査に時間がかかっているのだ。予定では三日後に新しい警備が到着する。その間だけでも、クインリーの警護を務めてもらいたい。せっかくのこけら落としだ。うちの看板女優がストーカー騒ぎなどで神経衰弱を起こして目も当てられない演技になってしまうのはなんとしても避けたい。どうだね? 引き受けてくれないだろうか?」
「はい。お引き受けします」
誰よりも真っ先にルッカが答える。ナナトたち四人が思わずルッカの顔を見ると、ルッカは恥ずかしそうに口に手を当ててうつむいた。
【五級クエスト・新劇場内におけるクインリー・カースティの警護】
報奨金:三万リティ
弾代金:自費
備考:クエスト期間は三日後の正午まで
期間中は劇場内で銃を所持可能。ただし銃を持つのはあくまでも
であり、安全のため弾は抜いておくこと。銃に弾が入っていないことは支配
人以外の人間は知らせない。
クインリーに対する安全確保以外のときは、彼女の言うことを必ず聞くこと
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