第47話 別れ

 不覚! 迂闊うかつ! 俺ともあろうものがこんなていたらくを演じるとは…。


 黒い皮ズボンに肌色のシャツ姿のザッカーが壁に寄り掛かりながら、宿の廊下で自分の部屋へ向かってと歩いていた。

 

 痺れはかなり取れてきたものの、まだ満足に歩くこともできない。原因は一昨日の晩、ヴァネッサとの晩酌で勧められるまま酒を浴びるように飲んだことだ。銃の腕前とともに酒豪であることも自負していただけに、調子に乗って、なみなみ注がれた盃を往復してしまった。まったくもって後悔先に立たずだが、翌朝には全身が寝違えたかのごとく言うことを聞かず、ベッドから起き上がることさえできない。さらに仲間内で最も被害が深かったという事実も恥の上塗りだった。酒豪ぶりが裏目に出て、チームの誰よりも劇薬の入った酒を仰いでしまったのだ。チームを結成して来年で十年となるが、これほど自分を恥じ入る結果を出したのは初めてだった。


「おはよう。その様子じゃあと三日はここから出られそうにないな」


 背後からそう声をかけたのは、前髪をかきあげて髪留めで止めた銀髪の美女、ツアムだった。防弾ロープを羽織っている姿から察するに、じきにこの宿を発つつもりのようだ。


「…おかげさまでな。こうやって宿泊を延長しに一階へ降りるだけでも一苦労だ」


 ザッカーは廊下の壁に背を預けてもたれかかると、いぶかしげにツアムを見た。


「何の用だ? クエストなら昨日終わっただろ? 狩猟数がトップになったことを俺から祝ってもらいたいのか?」


「実は相談がある。ザッカー…よければ昨日あたしたちが討伐したラシンカを買い取らないか?」


 寝耳に水、の話だった。ザッカーが驚いた表情で聞き返す。


「どういうことだ? 価値の低い個体を俺に売りつけようってのか?」


「いや、あたしたちは全部売るつもりでいる。村に納めた数を引いて合計で五十七羽。平均相場価格として、一羽十万リティでどうだろう?」


 ザッカーはじっとツアムの表情を観察する。どうやら冗談でもからかっているわけでもないらしい。


「願ってもない話だ…が…何故だ? お前たちはラシンカの肉を狙ってたんだろう?」


「確かに狙ってた。だが、もういいんだ…」


 それだけ言うと、ツアムもまた腕を組んで廊下の壁にもたれかかり、反対側の壁の窓から差し込む光を見つめた。どことなく砂を嚙んだ顔をしている。


「この村に売ろうかとも考えたんだが、足元を見られそうでな。なにより、泊まる部屋を分けてくれたお礼だと思ってくれ。どうせあんたのチームは肉を食べることに興味ないんだろう? 男が胸を大きくしたいとは思えない。おそらく、どこかの金持ちからラシンカをできるだけ狩ってくるように依頼されたんじゃないか?」


 図星だった。

 ザッカー・イファークチームは、北の国ウスターノのさる資産家から、ラシンカを狩るクエストを請け負ったのだ。獲物の状態がどれだけひどくても、一羽十五万リティで買い取るという好条件であり、ラシンカ自体も比較的脅威とは言えない亜獣種であることから、危険なく、そして手っ取り早く大金を稼げると踏んだのである。


 損をこいたと思っていた矢先の申し出に、ザッカーは微笑を浮かべた。


「くく。情けは人の為ならずだな。乗ったよ。ただし獲物はちゃんと値踏みさせてくれよ? こちらの判断次第で、値を替えさせてもらう」


「ああ、かまわない」


 こうして、ツアムたちは苦労して手に入れたラシンカを全て売りさばき、しめて九十二万リティの小切手をザッカーからの受け取ったのだった。


 いつか、お前たちと本気でクエストを競いたい。


 そんな口上を惜別の台詞としてザッカーから言われ、ツアムたちは村を後にした。もと来た道を戻る道すがら、ナナトは何度も巨大樹を振り返る。尾根をこえて見えなくなるまで、大地から天空を刺すように突き出した生命の樹は、ナナトたちの旅路を見送るように葉を揺り動かしていた。


「本当に大きな樹だったね。僕、もう一度登ってみたいな」


 雲を見下ろし、鳥になった気持ちを味わえる壮大な景色を思い返しながらナナトが言うと、スキーネが頬を膨らませた。


「私は嫌よ。ラシンカなんてもう見たくもないわ」


「でも凄い眺めだったよね?」


「あいにく景色なんて堪能するほどよく見てないの。はあ…あれだけ弾も撃ったのに無駄骨だったわ」


「同感です」


「そうだな」


 スキーネ、ルッカ、ツアムの女性陣がおしなべて暗い表情で俯き、対照的にナナトとポピルは木登りの楽しさについて語り合った。

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