第46話 舌鼓

 十七時。

 ちょうど夕日が山の稜線に綺麗に乗りかかったところで、クエストは終了した。


 討伐数はナナト・チームが百四十三匹。ヴァネッサ・チームが九十四匹。キャシー・チームが七十二匹だ。狩りに驚き、地上へと逃げ出したのが百匹前後、討伐を免れ、樹の上に残っている小型のラシンカも同程度と考えられるので、ザッカー・イファークの見立て通り、総数はおおよそ五百匹という計算になる。


 個体の大きさ、量ともに一番の討伐数をあげたナナトたちは村でちょっとした有名人になった。特に、五人が協力して仕留めた大型のラシンカは過去最大級の大きさだったようで、初日に五人を泊めた宿屋の不愛想な主人も、打って変わった態度で五人の偉業を称えた。


「俺は生まれてからずっとこの村で生きてきたが、これほどの大きさをした羽刺し鳥を見たのは初めてだ! よければうちで今晩調理させてくれないか? 皮はなめた上ではく製にしたい! いい宣伝になるからな!」


 特に断る理由も思いつかなった五人は、その誘いを受けることにした。

 

 ちなみに地上から百五十メートルあたりの木の枝に宙づりになっていたヴァネッサとキャシーは、夕刻間際に仲間によって救出され、最大のラシンカを討伐できなった原因を相手のせいにして、飽きもせずお互い罵詈雑言を続けているらしい。


 宿屋へと向かう道すがら、スキーネがツアムの腕を見て悲鳴を上げた。


「ツアねえ! 血! 血! 血が出てる!」


「ん? あ、ホントだ」


 ツアムが何ともないように腕を見た。実際ヒリヒリとする程度でそれほど痛みは感じない。横にいたルッカが心配そうに言った。


「傷口が開いたようですね。先に消毒と包帯の取り換えをしましょうか? 傷口の深さにもよりますが、縫合した方がいいかもしれません」


「いや、でもなあ…」


 ツアムにしては珍しく煮え切らない態度を見たスキーネが、ピンときてこっそりと囁いた。


「大丈夫よ。ツア姐! あとで部屋に料理を運んであげるから」


「…なら、治療を優先しよう」


 こうして、宿屋へ帰ったツアムは皆と別れて村の医師に傷口を治療することになった。


「さあ、お待ちかね。ラシンカの肉だ! なかの国ヴァンドリアじゃ、一羽に三万リティも出す店があるらしいが、今回はざっと二十羽分はあるぞ!」


 目の前に広げられた美味しそうな料理にスキーネは目を爛々と輝かせる。


「食材を与えたもうた神に感謝し…頂きましょうか!」


 スキーネはまず鳥のバターソテーをナイフで丁寧に切り、フォークで口に運んだ。


「うーん、別に味を期待していた訳じゃないけど…あれだけ苦労した割にはとても淡白な味ね」


 スキーネの正直な感想だ。


「見た目以上に弾力がありますね。ささ身の部分に似ている気がします」

 ルッカが味わったうえで語った。


「不味くはないけど、美味くもないないな」

 これはポピルの意見。


「でもこのスープは美味しいよ」

 ナナトが前向きに語った。


 四人が満足いくまで料理を堪能すると、最後に宿の主人が食後のハーブティーを持ってきたので、四人はゆっくりと落ち着いた。


「うふふ。これで大きくなるのねー。楽しみすぎて微笑みが止まらないわ」


「同感です」

 スキーネの言葉を聞いた主人がにこやかに答えた。


「おう。特に嬢ちゃんたちは育ちざかりだからな。一年も食べ続ければ効果が出てくるだろう」


「一年!」

 スキーネが思わず大声を上げた。


「一年もこの肉を食べ続けなきゃならないの?」


「まあそりゃ、一か月かそこらで大きくなったら逆に病気かってなるだろ?」


「それはそうかもしれないけど…」

 スキーネは横に座っていたポピルをじっと睨んだ。


「話が違うじゃない。十羽も食べればシャツの開け閉めに苦労するんじゃなかったの?」


「お、俺が聞いたのは噂だったから…どうやら尾ひれがついていたらしい」


 スキーネは大きなため息をついた。


「年の暮れにある舞踏会までには大きくなっているって期待してたのに。そもそもこの肉、本当に胸を大きくする効果があるんでしょうね?」


 スキーネは訝し気な視線でポピルを再度見ると、横に立っていた主人が代わりに答えた。


「おう、それは保証するぜ。うちの嫁とその妹も子供の頃からこの鳥肉を食べてたおかげでこの村一、二、を争ういいものを持っている。あんたが望むならここへ連れてこようか?」


「そうね。仕事のお邪魔にならなければぜひお会いしたいわ」


「いいぜ。ちょうど今頃手が空いているはずだ」


 主人はそう言うと、食堂を出て二人を連れ戻ってきた。


「ほら、これがうちの嫁と義理の妹だ」


 主人が連れてきた二人の女性は、非常に大きなバストサイズを誇っていた。ヤシの実を二つそのまま取り付けたと言わんばかりの大きさである。


 がしかし…。


 そのバストをはるかに上回るお腹周りの肉が腰の上に乗っかっている。腕も足も太く、アゴは二重。要するに、二人の体型はたるを思わせる巨漢だった。


 これ以上できないというほど目を見開いて唖然とするスキーネとルッカに宿の主人が説明を始める。


「ラシンカの主食はアラジュ虫の幼虫で、こいつが若干毒を含んでいてな。ラシンカはこの毒を分解するために特殊な酵素を体内で生み出すんだが、これが人間にとっては胃で分解しにくい脂になる。つまり脂肪がまりやすくなるってこった。鳥肉のくせしてな。胸を大きくするってのはなんてことはない、体重を倍ぐらいまで太らせてから胸のサイズだけを保持しつつ痩せるってことだよ。まあ、一度太っちまったら体を動かすのが億劫になるんで、大抵の女は大きくなってから元に戻れずそのままになるんだけどな」


 女はデカいぐらいが健康でいいんだよ、がはは、と笑いながら主人は妻と妹の体にちょっかいを出し、二人も笑いながら主人に対して文句を言っている。そんなやり取りを見たスキーネは、頭を抱え込んで俯いてしまった。


 ポピルがへへへと笑ってスキーネを小突く。


「どうだ? あの胸に憧れてたんだろう?」


「うう…そうだけど違う…」


 一方、自分の部屋で食事を運んでもらっていたツアムはというと。


「んーなんか微妙な味。まあいっか。全部食べよっと♡」


 上機嫌で舌鼓したづつみを打っていた。

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