第24話 対峙

 ナナトとルッカは岩を回り込むと、身をかがめて、ウサギたちのおりへと近づいた。言い争いを止めない泥棒たちは二人に気付く様子もない。

 ナナトたちは二人に姿を見られないよう、檻の一番奥へ体を潜めた。一匹のウサギが、檻の中からナナトたちを見て目を見開く。


「き、君たちは…」


「し! 静かに! あなたたちを助けに来ました。今檻から出してあげます!」


 ルッカたちに気づき、ウサギたちはざわめきが伝播していく。ナナトは冷や汗をかいたが、宝石泥棒たちの喧騒は一向に勢いが衰えない。安堵してナナトは改めて檻を観察した。

 

 猫が入れるほどの大きさをしたその檻は、入口面の蓋を中へ押し上げて入ることができるが、バネの力ですぐに蓋は閉じてしまう。一度檻に入った小動物が単独で扉を持ち上げるのは身体の構造上不可能な仕組みになっていて、さらに念を押してか、入口面には木製の南京錠がかけられている。


「木でできた南京錠がかかって扉が開けられない。鍵はどこにあるの?」


「あのローブを着た男が持ってる」


 ナナトに聞かれた村人ウサギが指を差した。ナナトは一度南京錠を持ってよく見てからルッカに囁いた。


「すごく細い。これならナイフで切れそうだよ」


「ナイフですね。私も持ってます」


 ルッカはケープの下からナイフを取り出した。


 銃で南京錠を破壊するのが一番手っ取り早いのだが、撃つと銃声で宝石泥棒たちに気付かれてしまう。ナナトは自分の親指ほどの太さをした南京錠のアーチ状の部分をナイフで切り始めた。一分ほど休まず作業を続けてついに切断に成功する。扉を開けて中のウサギを出したナナトが横を見ると、すでにルッカは五つ目の檻の南京錠の破壊に手をかけているところだった。ルッカはナイフを使わず、防弾ケープの端で南京錠のアーチをくるむと、指に力を入れる。布で包んでいるために音は漏れず、まるで細い木の枝を折るような感じで南京錠は破断した。


 すごい、と思ってナナトもすぐにルッカの真似をしてみた。しかし渾身の力を込めても指がジンジンとするだけで南京錠はびくともしない。いくら木製とはいえ、ヒトの力で破壊するのは到底無理だと悟った。ヒト種よりも力に優れる半獣人ならではの芸当だ。


 やった、出られたと安堵する者。檻から出た途端に仲間へ駆け寄って心配する者。解放されたウサギたちは疲れ切った様子ではあったが、幸いにも息絶えているものは一羽もいないようだ。


「よし。四分の三が終わったわ。これならあと…」


 ルッカが檻をどかしたそのとき、檻の裏に隠れていた石鼠いしねずみが一匹、驚いた様子で鳴き声を上げ、湖の方へとザブンと跳び込んだ。


「なんだ!」


 水音に驚いた泥棒たちが視線をこちらに向ける。折悪く、石鼠に驚いたルッカが立ち上がってしまったところだった。


「お前は誰だ!」


 ローブを被った男が大声を張り上げる。こうなってしまっては仕方ないと、ナナトも銃を握りしめて立ち上がり、泥棒へ向き直った。


「この人たちを助けるために雇われたギルダーです。ウサギの呪いを解く方法を教えてください。できれば僕らは、あなたたちを撃ちたくありません!」


 ルッカも遅まきながらトンファー型ライフル二丁を腰から取り出して銃口を泥棒に向ける。


「ほら見ろ! 俺の言った通りじゃないか! グズグズしているからこうなるんだっ! この…」


「落ち着け、アンバオ。こっちにはまだアレがいるじゃないか。近くにいるんだろう?」


 ツルハシを持ったヒュワラーがようやく壁から離れた。一人の解放された体の大きいウサギがナナトたちの前に立つ。


「観念しろよヒュワラー! 俺たちをこんな目にあわせてタダじゃおかないからな! さあ、俺たちを元に戻せ!」


「その声はヤツネだな? 相変わらず木偶の坊だ。とっちめられるとわかってて誰がお前らを元に戻す?」


「見たところ武器は持ってないようですね。この距離でしたらもう逃がしません」


 ルッカの最後通牒だ。ライフルを握りしめる手がわずかに固くなったが見える。


「捕まえてみろ」


 ヒュワラーは特に急ぎもせずにツルハシを投げ捨てると、リヤカーの方へ歩き出した。


「ナナトはここにいてください。かたを付けてきます」


 言うが早いが、ルッカは猛然と走り出した。地面には点々と穴が開いており、最短距離を進むというわけにはいかないが、ルッカは穴など簡単に跳び越えて四十メートル、三十メートルと距離を縮めていく。

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