第21話 ルッカの秘密

 頬から生えた長いひげをピクピクと震わせたルッカは、二、三度首を左右に振ってから言った。


「こっちです。空気が新しい」


 松明たいまつを片手に持ったルッカが先を進み、それから四歩分遅れてナナトが付いていく。

 ナナトはルッカの歩く後姿を見つめた。心なしかその背中は悲しそうだ。ナナトが先ほど驚いたのがかなりショックだったらしい。


「あの…ごめんなさい。驚いたりして」


「いいんです。あらかじめ伝えておかなかった私も悪かったですから」


 数歩進んで、ナナトがおずおずと尋ねた。


「ルッカは半獣人はんじゅうじんなんだね」


「…はい」


 半獣人はんじゅうじん獣人じゅうじんと人間の両方の特徴を持った人種。


 生まれたときから人外の容貌をしており、死ぬまでその姿を変えることのない獣人と違い、半獣人はヒトの姿と獣人の姿を本人の意思で自在に切り替えることができる。ヒトの姿の状態でも人間を凌駕する筋力を持ち、獣化じゅうかした場合はさらに運動能力が飛躍する。ただし純粋な筋力、体力に関していえば野生動物の血が濃い獣人には劣るとされ、多くの場合、獣人とヒトとの合いの子ハーフだ。


「メッシュの入った髪は…半獣人である証。私たちは多かれ少なかれ色素の異なる体毛が現れるんです。たとえそれがどんな動物との折り合いだろうと」


「獣人なら出会ったことがあるんだ。いつも村に来る行商人が牛の獣人だったから。半獣人は僕、初めて見た。ルッカは何の…」


「イタチです。人間とイタチの半獣」


 みなまで言わさずルッカが答える。その口調はどこか重々しく、触れて欲しくないみたいだった。ナナトは松明に照らされたルッカの横顔を見る。なるほど、いわれてみればイタチの面影がある顔だ。

 顔の三分の一程度を動物特有の毛が覆い、左右対称に伸びたヒゲがピンと横に張っている。鼻もヒトの頃より僅かだが上向き、先ほど真向いで話した時には口の中に犬歯が飛び出しているのも見えた。


「そんなに見ないでください。私にとっては裸を見られるより恥ずかしいですから」


「え? どうして?」


 ナナトが訊くと、ルッカは足を止めずに答えていく。


「獣人や半獣人は、ヒトたちから卑しい生き物と言われているんです。醜く、暴力的で不完全な人間だと。私達は長い間差別され続けてきました。人間が山の中で行方不明になったときは獣人が襲ったんだと濡れ衣を着せられて処罰されたり、伝染病を媒介すると根拠もなしに言われて僻地へ隔離されたり。ヴァンドリアでは十年前の五国戦争後、獣人や半獣人を差別する法が撤廃されて、表向き人種は関係なく平等と旗幟きしを掲げていますが、私達を蔑む目と声はいまだ根強くあります。私は…この姿になって人の目を引くのが嫌なんです」


「変なの。どんな外見してたってルッカがいい人に変わりはないのに」


 ナナトは純粋にそう思って言った。ルッカは不意に足を止めて振り返る。その黄色い瞳は、松明の影響を受けてか瞳孔が潤んでいるにも見えた。ルッカは再び前を向いて歩き出し、ナナトに背を向けた状態で語りかける。


「ありがとう。そう言ってくれる人間は…残念ながらまだ多くいません。できれば…世間が私たちをどう思っているか目の当たりにしても、その優しさを持っていてください」

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