第186話『淡路島阿那賀岬に立つ』

かの世界この世界:186


『淡路島阿那賀岬に立つ』語り手:テル   






 淡路島の西の端に来た。


 海を挟んだ四国との間には、幅四キロほどの海が広がっている。


「ちょっとあるなあ……」


 ケイトが独り言めいてこぼす。


 ケイトの優しさなのだ。


 タングニョーストは背中にタングリス(骨と皮だけど)を背負っている。ほかにも装備品を身に着けているので、ちょっときびしい。


 我々は、オノコロジマから淡路島までは海の上を走ってきた。


 右足を出したら、その右足が沈まないうちに左足を出し、出した左足が沈まないうちに右足を出して進むという、超人的な技で走ってきたのだ。


 顔にこそ出さないが、けっこうキツイ。


 加わったばかりのタングニョーストはキツイどころの話ではないだろうし、たとえ思っていても、言い出しにくいだろう。イケイケのヒルデは気が付きもしないし、自分が言わなければと思ったのだろう。ちょっと成長したな。


「この先に阿那賀岬というのがある。そこからなら、半分の距離だ。行ってみよう」


 さすが、国生みのイザナギノミコトだ、まだできたばかりの国土を名前ごと掌握しているみたい。


 スマホもろくに使えない、この世界。高校二年生の地理的知識は小学生と変わりない。東京近辺ならともかく、関西の地形や地名には、ひどく疎い。


「ミサキとはなんですか?」


 タングニョーストが素朴な質問をする。


「ええと……」


 素朴すぎてイザナギは返答に困る。


「英語ではCAPEね」


 たまたま憶えていたので答える。


「うん、そうなんだけど、最初だから、もうちょっと突っ込んで説明するね」


 イザナギは、異世界からやってきた下級将校に出来のいい転校生に対するように接する。


「海に突き出た陸地の事でね、大きいのを半島という」


「ああ、半島なら分かります」


「小さいのを岬と呼ぶんだけど、もともとの意味は陸地の先っぽの『先(さき)』でしかないんだ。それにくっついた『み』は、尊敬の意味の『御』の字がくっついたものだ」


「地形を尊敬するのですか?」


「うん、海を行くときに目印になるのが岬なんだよ。岬を見て『目的の港が近い』とか『もう少しで目的地』だとか分かる。だからね、日本人は岬そのものを神さまのように感じて、岬の前を通過する時にはお酒を供えて手を合わせたりするんだ」


「そうなのか!?」


 今度はヒルデが感動した。


「岬の前と言うのは岩礁とかが多くて、遭難することが多いので、我々の世界では悪魔が住んでいるというぞ」


「それは……そちらの世界の人たちが冒険心に富んでいるからだろう。日本人は、そういう点では少し大人しいのかもしれない」


「冒険心も度が過ぎると、わたしのように勘当されたりするがな」


 アハハハ……神さま同士の労りのこもった社交辞令なのだろうけど、少しばかりヒルデの傷を見たような気がした。




「おお、これなら距離は半分だ!」


「はい、これならなんとか!」




 阿那賀岬の先に立って、ヒルデもタングニョーストも頷いた。


「のちの時代、源義経が四国に逃げた平家を追って海を渡ったところでもあるんだ」


 イザナギがものを投げるような仕草をすると、阿那賀岬の前を五隻の船で海峡を渡る義経軍の姿が浮かんだ。


「それって、屋島の戦いですか?」


 乏しい日本史の知識と結びついた。


「ああ、一の谷の戦いで海に追い落とされた平家は、高松の屋島に陣地を布いて、海から攻めてくる源氏に備えるんだが、義経は裏をかいて、ここから阿波の国に渡って、陸地から平家を攻めるんだ」


「なるほど……」


 ヒルデはタングニョーストと説明を聞きながら砂浜におおよその地図を描いて納得している。


 さすがはヴァルキリアの姫騎士ではある。


 わたしも、参加してみたい気分になって、乏しい知識を喋ってしまう。


「二十世紀の終わりには、橋が掛けられてね、とっても便利になるんだよ」


「ああ、本四架橋!」


 ケイトが嬉しそうに同調してくれる。


「ここに橋を架けるのか!?」


「うん、神戸から淡路島へも橋が掛けられて、本州と四国は船を使わなくても行き来できるようになる」


「それは……」


「なんか、つまらんなあ」


 どうも、神さまと人間では感覚が違うようだ。


 

 我々は、タングニョ-ストの荷物や装備を分けて持ってやって、右! 左! と、気合いを入れて海の上を走って、対岸の讃岐に渡ったのだった。





 

☆ 主な登場人物


―― この世界 ――


 寺井光子  二年生   この長い物語の主人公

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


―― かの世界 ――


  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

 ペギー         荒れ地の万屋

 イザナギ        始まりの男神

 イザナミ        始まりの女神 


 

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